王都の噂
ペーターが処刑されて数日もしない内にその事実がラーザイル中、貴族や民衆問わず広まった。それは出所の知らぬ噂という形で広められたが、その内容がペーターの悪行やヒルデの挙兵に至る経緯も含めた詳細な内容だったこともあり、ただの噂として笑い飛ばせるようなものではなかった。
シューマッハ公爵領周辺の貴族たちは噂を聞きつけるや否や、信じられぬと顔を青ざめさせて、その噂が事実なのかどうか家臣を急ぎ確認に向かわせた。噂が真実だとして、いかにペーターが民衆にとって悪で、ヒルデが善であろうと、一大貴族であるシューマッハ公爵家当主が殺されたという事実は大事件そのものであり、民と一緒になって喜べるような話ではない。
もしヒルデが暴君であれば、傭兵をかき集めていきなり侵略行為に出る可能性だってありうるのだ。ペーターがラーザイルを裏切っていたという事実にしても本当かどうか怪しいところである。西部貴族たちの動きとしてはまずは用心を兼ねて様子見というところであった。
ラーザイル西部ではそのような対応だったが、一方で東部ともなれば話が違ってくる。
西部と東部の間には森林や山岳地帯が広がり、交通の便は良くない。ゾルタート大森林。通り抜けるだけでも数日を要する。東部の人間からすれば西部はちょっとした飛び地のようなものであり、基本的に西部はシューマッハ公爵家やジンドルフ辺境伯に任せっきりということもあって、戦争でも起こらない限りは関心が薄くなりがちだった。しかし、ペーターが殺された事件は彼らにしてもやはり無視できないことであった。
噂がラーザイル東部に広まった二日後のこと、東部の貴族たちはミランダ王国の王宮に集まった。王宮の廊下で立ち話をし始めた貴族たちが何か知らないか互いに情報を求めあったが、噂以上の情報を持つ者はいなかった。
「民のため立ち上がったというが、シューマッハ公爵は何か問題でもあったのか。いささか欲にまみれた男ではあったが、取り立てて非難するようなことでもあるまい」
「いや、そうではないようだぞ。なんでも公爵閣下はガラック王国と通じていたそうだ。それを止めるためにヒルデ様は立ち上がったという話だと聞いているぞ」
「それも怪しいものだぞ?確かに奴ならば通じていてもおかしくないが、ヒルデ嬢にとって都合のいい話が多すぎる」
「それを言うなら、そもそもがおかしな話だと思わないか?十五、十六歳の少女が何もなくいきなり挙兵するなどあり得ぬ話ではないか。いくら『英雄』ローベルトの娘とはいえ一連の流れができすぎている」
「ほう?というと?」
「私ならば裏で糸を引いている者がいると考える。それこそあのヒルデという小娘がガラック王国に通じていてもおかしくない」
「「「おお……!」」」
ある一人の意見に貴族たちは感心の声を上げた。確かに一つの筋が通る。他にもガラック王国ではなく、その他有力貴族が介入したのだ。後で婚姻関係を結び勢力拡大を狙うに違いない、など似たような考えが何度か出て大いに盛り上がった。
結論から言えば、事実は全くの別物だったのだが、ヒルデを知らない貴族たちからすれば最も納得のいく推論だった。
いつしか話題は何があったか、ということから、ヒルデの是非を論ずることに移っていった。
立場には同情するが、公開処刑はやり過ぎではないか。女であるにも関わらず、武器を取るばかりか領主の座を奪うなど言語道断。ガラック王国の傀儡になるようでは親が泣く、復讐が終わったのならば自決してはどうか等々。およそヒルデへの批判的な意見や人格否定に終始した。論じるだけで満足し、自身の行動に結び付けて考えないあたり、東部貴族たちの他人事の精神が透けて見えている。
そうした貴族たちの立ち話とは別に、ペーターが殺された噂はミランダ王シルヴェスターの許にも無論、届いていたのだった。