裁きの日⑥
ペーターの公開処刑の準備は速やかに行われた。広場にできた即席の処刑台にペーターを引きずり出した。ペーターは拘束から逃れようと必死にもがくが二人の処刑人の手によって力づくで組み伏せられる。
さるぐつわをかまされているせいで声も出せないペーターは苦しそうにむせ返った。ペーターが自由に動かせる顔だけを上げると、その眼下に多くの群衆が取り囲んでいた。皆揃って憎々し気にこちらを睨み、ののしり、恨む声は様々で一つ一つの声は混ざり合ってうまく聞き取れないが、そのどれも怒りと憎悪で満ち溢れていた。
その群衆の奥、簡易的に貴賓席として整えられた場所にヒルデがいた。最もペーターを憎んでいるだろう姪は恐ろしく冷めきった顔で処刑の時を待っている。
「……ああ」
ヒルデの顔を見た途端、命に対する執着があっという間に失った。最期の時を迎え入れるような神妙さとは違う。不思議な感覚だった。
ペーターは悟ったのだ。ヒルデに父の仇と言われたが、本質的にはそうではない。仇という対等な関係とは程遠い。邪魔だったから殺す。相容れないから殺す。およそそこに感情らしい感情はなく、ヒルデの目はペーターが反抗的な領民に向けてきた目と同じ――冷たく心底見下した目だった。違うのは殺すことへの楽しみがないことくらいでしかない。
「悪魔め……」
ペーターは呻くように言った。
仇としてペーターを処刑した後も、ヒルデはペーターの最期を思い出すこともなく過去として消えゆくのだろう。ペーターは何の気力も湧かずただ力なく俯いた。せめて少しでも楽に終わらせてくれとペーターは願った。
もう一人の処刑人が斧を片手にペーターの脇に立つ。罪状を短く告げて、処刑人が斧を振りかぶった。ヒルデが頷いたのを処刑人が確認して、斧が勢いよく下ろされる。血しぶきが飛び、ペーターの首があっさりと落とされた。
ペーターの処刑後、すかさずヒルデは群衆に向かって声を上げる。
「悪しき領主ペーターはその罪によって正しく処刑された!奴の定めた悪法や税は早急に改めるだろう!そしてここに宣言する!今日から私、ヒルデ・シューマッハが当主である!」
ヒルデの言葉は割れんばかりの歓呼の声で迎え入れられた。ヒルデは軽く手を挙げ微笑んで応じると、その場を後にした。
ヒルデはペーターの死体の回収を命じ、すぐに埋葬するように指示を出した。死体を城門に曝さないのかという問いに対してヒルデは興味もなさそうにこう答えた。
「これ以上はただの醜い憂さ晴らしにしかならん。奴はこの世ではその命をもって裁かれたのだ。これ以上はあの世で裁いてもらえばいいだろう」
慈悲から出た言葉ではない。ヒルデなりの美意識からの命令だった。
ただ、その指示が実行されるまでの僅かな間であったが、群衆たちに石を投げつけられ、その顔と胴体は無残な在り様をみせていた。辛うじて本人である原型をとどめていたが、恨みを買ったすさまじさがその体に刻まれたと言ってよかった。
激しい野次の中、ペーターの無残に潰れた顔が運ばれヒルデの前を通り過ぎていった。物言わぬ姿に成り果てた叔父にヒルデは一人呟く。
「地獄で大いに恨むといい。お前の死が悪行の報いだったとしても、その権利くらいは与えられてしかるべきだ」
表向き周囲には己の行いをいかに正当化しようとも、手を汚したことには変わりはない。そしてこれからもっと多くの血を流すことになる。悪人だけでなく、善人もまたヒルデの起こす戦乱に巻き込まれて傷つき、命を落としていくのだ。
だとしても――
「止まるつもりはない。それが嫌なら、己の心を殺し、ペーターにただ黙って従えばよかったのだ」
迷いはない。家族を、家臣を、民衆を殺して何とも思わぬペーターの機嫌を損ねぬよう頭を下げ、悔しさと惨めさに涙を流し必死に耐えるなんて生き方は絶対にできないものだ。
そしてヒルデの本当の仇はまだ生きている。仇を生み出した国がまだ残っている。
「浮かれるどころかまた一つ覚悟を改めた――そんな顔だな」
主の顔をふと覗き込んだラルフが皮肉気に言う。
「確かに始まったばかりだ。我が主よ。お前の野心は未だ遠いところにある。だが、こうも可愛げがないといささか張り合いに欠けるな」
「ほう。それでは喜びで小躍りしている様でも見たかったか?」
「ああ、いいな。実にいい。ぜひとも見たいものだった」
「そうか」
よく言うものだ。仮にその様をラルフが見れば、小娘の反応として愛ではしても、主の反応として眉を顰めたに違いない。本当に皮肉ばかりの面倒な男だ。
ヒルデはラルフに笑いかけた。
「これから忙しくなる。頼んだぞ、ラルフ」
「仰せのままに、我が主」
全てを弁えたようにラルフは頷いた。