裁きの日②
ゲールバラ城が目に入る距離までたどり着いた。城郊外にあるヒルデの屋敷から出てから二時間ほど。すでに日は高く上りつつある。
さて、と言ってラルフはゲールバラの城を見上げる。
「こうしてみると実に大した城だな」
ラルフは顎を撫でて、感心したように言う。
「さすがはラーザイルの誇る西域の牙城というべきか。城の規模、城壁の高さ。分厚く頑丈な城門。城の防備と言う意味では一城塞都市と比較にならないな」
実際、ゲールバラの城塞は西域の要という名にふさわしく、幾度となく他国の侵攻を跳ね返してきた実績がある。数万の軍勢すら物ともしない城と相対するとその威圧感は否応がなしに増すというものである。
ラルフは隣のヒルデの方に視線を送った。ヒルデがかつての生活を過ごした居城である。それを復讐すべき仇が居座っているのはどういう心境だろう。
視線に気づいたヒルデが問う。
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。久しぶりの実家はどうだ?」
ヒルデは目を細めた。
「懐かしいな。だが、随分と変わったようにも感じる」
「仕方ない。五年も経てば変わるだろうさ」
城壁の上で衛兵がざわめいているのを見て、ラルフが鼻で笑う。
「どうやら向こうも気付いたようだ。警戒をしているとはいっても、城外のことまでは頭が回っていなかったようだな。結構目立ったと思うが、随分と対応が遅いものだ。まさかここまで素通りだとは、奴らは目を開けながら寝ているに違いない」
「夜の警戒に人を回したことが大きいな。しかし、寝不足の極みとはいえ、いささか情けないものがある」
辛辣な言葉を交わし合う。そうしていると城壁に小太りの男が姿を現した。
「どうやら叔父殿がお出ましのようだ」
趣味の悪い無駄に豪奢な衣装を見れば誰がこの城の主か一目でわかる。そのペーターは顔を驚愕で歪め、固まっている。その間の抜けた様子はいっそ喜劇的でラルフは嘲笑を禁じ得ないでいた。
ヒルデが挑発的な笑みを浮かべると、硬直が解けたペーターが唾を飛ばして言った。
「な、なんだ、ヒルデ⁉どうしてここにいる⁈この薄汚い者どもはなんだ⁉この状況はいったいどうしたというのだ⁉」
叔父の極度の狼狽を前にヒルデはここ一番に快活に笑って、尋ねた。
「いったいどうしたと言われても……見て分かりませんか、叔父様」
「分からぬ!どういうことか説明せよ!」
やれやれとヒルデは首を横に振る。
「叔父様――いや、ペーター・シューマッハ。私はあなたを討ちに来ました。今日があなたの命日となります」
「な……⁈」
ペーターは驚愕で目を大きく見開いた。未だ状況が呑み込めぬという様子で声を張り上げる。
「何を言うかと思えば、私を討つ⁈ふ、ふざけるな!なぜ私がお前に討たれなければならん⁉」
「あなたの犯した大罪のため」
淡白にヒルデが答える。
「た、た、大罪……?なんのことだ?」
演技か素か。ペーターは思い当たる節がないというように素っ頓狂な声を上げる。
ペーターの本性を知るヒルデは動揺しなかった。奴に罪の意識があろうはずがない。それがあれば、少しは謙虚になるというものだ。なんと救い難く醜悪な罪人であることか。ただ氷のような冷たい瞳の中に憎悪の炎を燃やすだけである。
「一つ、あなたは私腹を肥やすばかりで民を虐げ、飢え殺した。領民の上に立つ者としてあるまじき姿だ。違うか?」
「あるまじき姿だと?そんなわけあるか。そもそも、それが一体どうしたと――」
ヒルデは最後まで聞かなかった。己の罪すらも理解できない者の戯言など聞く意味がないからだ。
「そして一つ、あなたが領主の座に就くと同時に、気に喰わぬ家臣を追放し、殺した。大した罪もなく、多くの者があなたに殺されたのだ」
「それは違う!私が領主の座に就いたとき、生意気にも反旗を翻そうとしたのだ!目を見れば分かる!放置をすれば――」
「そして何より――お前は私の家族を殺した仇だからだ」
「……!」
最後のあまりの怨の籠った言葉にペーターは思わず腰を抜かしてへたり込んだ。先代を殺したというヒルデの言葉に兵士たちがぎょっとした顔をペーターに向ける。
「五年前、お前は父を、母を、弟を殺した!私の家族を殺した!領主の座を奪うために、ヴェルナー男爵を唆し、護国の英雄を殺したのだ!これほどの大罪が他にあるか⁉」
「な……いや……」
ペーターはパクパクと口を開くが声にならない。彼がまだ冷静であれば、反論の一つはしただろう。その証拠はどこにある、と。だが、あまりのヒルデの気迫に呑まれて呆然としてしまった。それは己がやったと認めたも同然だった。そういった噂も昔から陰で囁かれていただけに、その醜態を多くの兵士たちの目に曝したのは致命的だった。
もはや叔父に対する表面上の敬意も捨てて、ヒルデは語気鋭く迫る。
「これ以上お前がゲールバラの主として居座ること断じて我慢ならん!亡きローベルトが長女!ヒルデ・シューマッハがお前に引導を渡してやる!」
ヒルデがさっと手を挙げる。その合図にラルフは大音声で号令をかける。
「開門せよ!」
同時にゲールバラの城が内側から重々しく開いていく。予め城内に潜ませていたラルフの手の者の手際であった。ヒルデに注目していた兵士たちは不意を突かれて地面に転がっている。
城壁の兵士たちはもちろんペーターはその光景を唖然とするばかりだった。だが、ヒルデ率いる狼藉者の凶刃が脳裏に過って、ペーターは己を取り戻した。
「お、お前たち!何をしている!早く!早く!門を守らんか!絶対に門の内に入れさせてはならん!」
迫りくる死の恐怖から逃れたい一心でペーターがしっ声を飛ばす。周囲の兵士たちが弾かれたように門に向かって行った。
門を開かれはしたが、まだ人数は守備兵の方が多い。そうペーターは自身の心を励ましたが、無慈悲なまでに状況は悪化していく。
「突撃!」