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 場所を改めて腰を落ち着けると同時にラルフが口火を切った。

「計画の話の前にうちのことを話しておこう。直接的な戦闘ができる人数は千人弱。非戦闘員を含めると三千人といったところだな」

 ヒルデは目を見張った。兵力だけでもちょっとした町一つならば容易に落とせるほどの数だ。義賊の枠組みに収まらない大勢力だった。

「それほど多いか。さすがだな」

「そうだろう?自分で言うのもなんだが、よくやっていると思う」

 ヒルデの賛辞をさも当然という風に受け取り、ラルフは自分の持ってきた酒瓶をかかげ「いるか?」と尋ねた。

「折角だが、遠慮しておこう。叔父から全てを取り戻すまではな」

「そうか。ならば、俺だけでいただくとしよう」

 と言って、片頬を歪めたラルフは自分のグラスに酒を手酌で入れて、うまそうに飲んだ。

「だが、これはラーザイルや近隣諸国を含めた数字だ。今すぐに実働できる兵力は百そこらだろう。無論必要であれば、ある程度は集めることは可能だが、千人丸ごとというわけにはいかない」

 それでも一盗賊の頭が持つには多すぎる兵力だ。ただ、その兵力で公爵領を奪還できるかと言われれば、多くの者は笑い飛ばすだろう。

「なるほど……」

 ヒルデは少し考えるそぶりをしたが、すぐに頷いた。

「いや、百もあれば十分だろう。下手に兵力を増やして、真っ向切って戦えば規模も被害もそれだけ多くなる。そういう事態は避けたい」

「ほう?」

「まず、私たちの目的は叔父を殺し、シューマッハ公爵領を取り返すことだ。だが、そのために多くの犠牲を出せば私が支配したときに支障が出る。私が支配したとき使える兵力はできるだけ多い方がいい。これはお家騒動に過ぎないのだからな。できるだけ巻き込みたくはないのだ」

「まあ、外聞と言うのもあるか。いきなりぽっと出の野盗千を率いて攻めたともなれば悪目立ちすぎる。しかし、数を絞ればそれだけ成功する可能性は低くなる。どうしても犠牲を出したくないのであれば、そうだな。暗殺が早いかもしれないが……」

 自分で口にしながらラルフは顔を渋らせると、ヒルデが苦笑した。

「安心しろ。暗殺などはしない。その手段を取るならば、最初からそうしている。第一にそれは私の理想とは真逆だ」

 ラルフは皮肉気な微笑を返す。

「とすれば別の案か。やれやれ苦労する」

 ラルフは地図を広げた。ラーザイル西部で最も広大な支配域を持つシューマッハ公爵領とその周囲の貴族、そして隣国の位置を目で確認し、自身の考えを言葉にした。

「ただ、少数の戦力で行うのは無理だという俺の意見は変わりない。しかし、一方でだ。何も俺たちで全てをやる必要はない。外からは有力貴族――そうだな。例えば隣のジンドルフ辺境伯だ。ラーザイル西部ではシューマッハ家に次ぐ勢力の後押しとともに、兵を借りる手もある。あるいは内に手を回すのもありだな。ペーターの有力な配下、もしくは守備兵を束ねている者にこちらに付くよう声をかけるのだ。他にもあるが、過小な力を持つ我らとしてはおおよその方針としてはこの二つになるだろう」

 ヒルデは僅かに目を見張らせた。

「意外だな。そのような考えがお前の口から出るとは」

 力押し一辺倒ではないにしろ、もう少し直線的な思考をするものとばかりヒルデは思っていたのだ。そしてラルフの案はペーターを殺した後のことをも見据えている。ヒルデが領主の座に就いた後、認めてもらう存在を予め作っておくという意味合いもあった。政治的な感覚がないと出ない発言である。

「不思議なものか。これくらい誰にでも考え付くし、逆に気づかねばならない。俺はお前の家臣となったのだ。主人の勝利のために考えを巡らすのは当然だ」

 ラルフは憮然として言った。

「それは悪かったな」とヒルデが軽く謝ると、ラルフは気にした様子もなくあっさりと「いいさ。我が主の鼻を明かすのも悪くない」と言って説明を続けた。

「話を戻そう。さっきは二つ言ったが、二つ目の内側から内応――これを頼みにするのはやめておいた方がいい」

「その理由は?」

「なに。信頼に足る人物が残っていれば別だが、骨のある奴はペーターにほとんど殺されているからな。確かに、まだお前に忠を誓う者もいるだろうが、数は多くあるまい。誰が敵か味方か分からない状況での不特定多数の接触は危険だ。ふとした拍子に露見されて終わり、となりかねない」

「……一人当てがある。が、確かにその通りだ。腹芸のうまい奴ではないからな……」

 ヒルデは懐かしむような感傷に目を細めたがすぐに抑えて尋ねる。

「ならば、ジンドルフ辺境伯に援助を請え、とそういうのか?」

「そうだ。大きな後ろ盾があれば、それだけ安心がある。ジンドルフ辺境伯は武人としての力量はともかく、徳望はそれなりにある人だ。それにペーターの圧政やお前の現状に対しても憂いている、という話も聞いている。お前の窮状を訴えて助けを請えば無下にはされまい」

 そこまで言ってラルフは肩を竦めた。

「まあ、本来はお前の母方の家から助力を請うのが筋なのだがな。だが、お前の母方は――」

「先々代ミランダ王の王女だ。まさかすべての元凶である王に援助を求めるわけにはいくまい」

「ああ。しかし、当代ミランダ王と従兄妹の関係か。改めて思えば、骨肉の争いだな」

「あれと血の繋がりがあると思っただけでも腹立たしいものだが――話を戻すとしようか。お前の言う援助を求める考えはよいと思う。が、その手を使うつもりはない」

「なに?」

 ラルフは眉を顰めた。ヒルデは地図に付いていた駒を弄びながら言う。

「ジンドルフ辺境伯には確かに声をかけるつもりだった。だが、それは事が成ればだ。私の兵力はお前の百で全てだ。それ以上はない」

「……まさか、ガラック王国に手を借りるだとか、ミランダ王に当主の座をねだるということはないだろうな」

「ひどい冗談だ。それこそ破滅の道でしかない」

 からからとヒルデが笑った後、改まって言った。

「私たちはあくまで自分の力のみで勝利を手に入れる。だからこそ価値がある」

「……ラーザイルで孤立するぞ」

 ラルフは厳しく追及するように言った。

「百の兵でもうまく機を掴めば確かにペーター一人殺すことは可能かもしれない。だが、問題はその後だ。どんな事情があれ、叔父を殺せば悪名は免れない。その後正当な後継者であることを宣言したところで、内外から認められないことには早晩潰れる。それくらいは分かっているはずだが」

 少なくとも、ラーザイル連邦のミランダ王はペーターを領主に据えた張本人だ。そのペーターを殺したとあれば、ほぼ確実にヒルデを非難するだろう。そしてヒルデに抗弁する機会はない。多くの貴族にとって、肉親を殺すこと、主君を殺すことはこれ以上ない悪行だ。

「そうだな。そして有力者の後ろ盾がなければ、その悪名を理由に内では反乱が、外から兵が動いてシューマッハ家は粛清されるだろう。大義名分は向こうにある」

「そこまで分かっているならばなぜ……」

「援助を請わない理由は二つある。一つは、援助を頼むには私の身動きが取れない。一応見張られている私は下手に動けば叔父に勘づかれる。お前から連絡してもらうにも、お前の義賊という立場ではやり辛いだろう」

 その指摘にラルフは難しそうな顔をした。

「……確かにな。それはその通りだ。ここを出奔していきなりジンドルフ辺境伯に泣きつくという手はあるが……」

「それをすれば、成否にかかわらず私の立場があるまい。女である私がただ担ぎ上げられただけの存在になってしまう。所詮はお飾りと侮られるに違いない。それでも失敗するよりはよほどいいが、結局そこどまりだ。理想どころの話ではない」

「……そうだな」

「もう一つは、連携の難しさだ。私のいる場所は居城ゲールバラのすぐそこ。シューマッハ公爵領の中心だ」

 そう言ってヒルデは地図を指し示した。

「見ての通り、ジンドルフ辺境伯とは距離があり、連絡に時間がかかる。私が仕掛けるにしても、ジンドルフ辺境伯の出兵いただくタイミングを合わせるのは困難になるだろう。綿密な連携なしではうまくいかない」

 他にもまだあるだろうが、ヒルデはそこで説明を終わりとした。それ以上の理由はあろうとなかろうと関係はない。

 ラルフは大きなため息を付いた。

「さすがに気落ちするな。自分ではもう少し頭の方でも役立てると思ったのだがな」

「おいおい、そんなに落ち込むことはない。普通ならば、悪くはない策だ。それに、何年も考えてきた分、私に一日の長があるのは当然だ」

 それでも十五歳の少女よりは年長である己の方が戦略をうまく立てられるとラルフは思っていたのである。黎明の狼の棟梁としてやってきた自負もあった。だが、どうやら自分は増長していたらしい。あるいはどこかヒルデを無意識に下に見ていたか。ラルフはプライドの高い男ではあるが己を顧みるくらいの度量はあった。

「そうか。ならばここは素直に教えてもらうとしようか。で?どうする?独力で戦うと言っても、まさか何もないというわけではないだろう?」

「それは――」

 その後、ヒルデは己の考えを説明した。最後まで聞いたラルフが面白そうに頷いた。素直に称賛するつもりはないが、確かに実行不可能というわけではない。ヒルデの気質あっての作戦で、都合がよすぎるのではないかと思いさえした。

 だが、確実な作戦なんてそもそもない。下手に安全策を取って、後が苦しくなることもままある話だと思えば、第一案としては悪くないかもしれない。

「それを作戦と言うにはあまりに不確定要素が大きいな。が、成功すれば悪くはないだろう。やれやれ、無茶ばかり言う主人を持てば部下は苦労する」

「そう言うな。お前には苦労を掛けるだろうが、私はこれが最善だと信じている」

「そういうことにしておこう」

 ラルフは薄ら笑いで応じた。その是非を論ずる気はないようで、話を進める。

「せいぜい、いい出目を期待する、か。とはいえ、さすがに祈るばかりではどうにもならん。お前の案を主軸に据えつつ、もしものための第二案、第三案くらいは用意する、という方針でいいな?」

「それはもちろんだ。私の案を神の気まぐれに任せて、無駄に被害を増やすことになっては本末転倒もいいところだからな」

 ラルフは酒を飲み干すと同時に立ち上がった。

「とりあえず、俺の方である程度の準備は進めておくとしよう。姫殿下におかれては、ここでごゆるりとその時を待つがいいさ」

「ああ、待たせてもらおう。ゆっくりできるとしたらこの時を措いて他にないからな」

 ヒルデは片頬で笑う。そう言いながらも彼女自身無為を過ごすつもりはない。考えるべきことはいくらでもあった。

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