魂の銃
「世界最高の銃を造る」
そんな妄執にガンスミスの男が囚われたのには訳があった。
ガンスミスの男には見習い時代の若造の頃からの親友がいた。自分が最初に手掛けた銃を託し、その後もずっと自分の銃を愛用し、メンテナンスもすべて請け負ってやっている保安官の男だ。
幼い頃の悪童時分から、ずっと行動をともにし、この町の治安のためと、命を張る友人のため、ガンスミスの男は常に腕を磨き続けた。
そんな男のもとにいつものようにやって来た保安官の男はぼそりと言った。
「この銃を息子に託して、俺はこれを使おうと思う」
そう言った男は愛用のホルスターの中のガンスミスの造った銃を指差してから、次に新式のスライド式拳銃を取り出した。
「なんでそんなことを」
ガンスミスの男は自分の銃を差し置いて、他の銃、それもスライド式拳銃を使うというのに困惑したが、親友の言葉を待った。
「歳でな、色々と鈍くなっちまった。お前の銃は最高だが、シングルアクションを使いこなすにゃ、腕のほうが衰えちまってな」
そんな言葉にガンスミスの男は呆れた。
「もう、いい歳なのはお互い様だが、そう思うなら引退しろ。子供も成人したんだ。畑でも耕して余生を生きろ」
そう諭すガンスミスに保安官の男は苦笑いで答えた。
「今更、ベットの上で死ねるなんざ思ってないんだ。たくさん殺してきた。末路は路上がお似合いだろうさ」
「なら、俺の銃を使え、体が効かなくなっても銃の性能でなんとかなる。孫の顔くらいは見てやらんと」
そう笑ったガンスミスに、保安官の男も「そうだな」と笑ったが、そのあとぼそりと、「お前の銃を道連れには出来んさ」と言ったのはガンスミスには届かなかった。
保安官の男が死んだのは、それからそう遠くない日のことだった。
呆気ない最期だとガンスミスは聞いた。
新式の自動拳銃がジャミングし、その隙をつかれて殺されたと。
保安官は万が一に備えて2丁差しが常だが、ガンスミスの銃の性能を信頼していたため、保安官の男は常に一丁差しだった。
銃を替えても癖が抜けなかった。いや、そのあたりの勘も鈍っていたのかもしれない。
保安官の男の息子は身重の妻とともに喪主をつとめて、葬儀を静かに執り行ったあと、ガンスミスの男に「父をありがとうございました」と頭をさげた。親友によく似た男だった。
ガンスミスの男はひとり墓前に参ると、酒を振り掛け、自分も浴びるように飲んだあと、散々に罵倒した。
「死ににいくようなもんだ。なんであんな出来損ないを使った。なんで引退せんかった。孫も産まれるというのに、なんで、死に場所を……」
ガンスミスの男はわかっていた。親友が悪さをしても、生来真面目で、誠実な男だったと、悪人を手にかけることと、町の治安を守ることを天秤にかけても、殺したことを正当化できない不器用な奴だったと。
だからこそ、死に場所を求めていたと。
それでも、自分の銃を使ってくれていれば、本当に体が効かなくなり、周囲の反対を押し切れなくなる頃には折れてくれる。
それまではあいつの腕ならむざむざ死ぬことなんて無かったはず、新式の銃も、それでいて一丁差しで出向いたのも、ただの自殺行為だったはずだ。
あいつは敵前に倒れても、後ろで奴の息子が何とかしてくれると安心して逝ったのだ。
悔しくて悔しくて、ガンスミスの男はそこから、じわじわと狂っていった。
「世界最高の銃を造る」
ガンスミスとしては当然の願いだろう。
だが、男はすでに熟練の当代一の職人だった。男の願いは自覚の有無に拘わらず、ただ友の死を思い出さないための執着でしかなかった。
男は青年期に両親を亡くし、早くに娶った妻も子供諸ともに流行り病に奪われていた。
男にとって繋がりと言えば保安官の男しか残されていないと、そう思う程度には大切なものを失い過ぎていた。
だからこそ、友の死は、そして、それを防げなかった自分は、到底許せるものでも、受け入れられるものでも無かったのだ。
それは間違いのない破滅の片道切符だった。
老境にいた男は死期を悟って尚、その手を止めることは出来なかった。そんな男に悪魔が囁きかける。
「願いを叶えてやろう」
男はただ一言答えた。
「最高の銃を、世界一の銃を」
悪魔は笑顔で答えた。
「いいだろう、魔界でも類を見ない銃を創らせてやる」
男はこれを罠と気付かぬまま、いや、気付いて尚、首を縦に振った。
契約は成立し、ひとつの銃が完成する。
その銃は大口径の弾丸も射出でき、それでいて、精密な射撃は千分一ミリのズレもなく狙いを貫通し、誤作動など皆無の傑作だった。何よりも、あの日、保安官の男が自らの息子に託した相棒とそっくりであった。
銃の完成と同時に男の魂は銃に縛られ、悪魔により、その意識を保たれたままに取り憑くことになる。
「魔界でも類を見ない」
その銃は命を天秤に願いを叶える銃になった。
悪魔は強欲で、そして己に根拠なく自信を持つ者に呼び掛けては銃を使わせた。
摩訶不思議な力を見せては悪魔であると信用させ、銃について、願いを唱えると弾が装填され、自らの頭に向かい発砲して生き延びれば、どんな願いも叶うと説いた。
実際、回転式拳銃のこの銃で願いを唱えて、自らを的に生き延びれば、願いは叶う。
願いを唱えると、装填されていなかった筈が一発装填される。
強欲な獲物たちはその様をみて、たった一発、六発装填のこの銃で六分の五を引くなど容易い、むしろ六分の一を引く間抜けなどいないと、また、年代物の回転式拳銃が誤作動で弾が出ないんでは無いかと馬鹿にして自信満々に挑み、死んでいった。
悪魔はそういった性質の者ばかり選んでいたのだが、そもそも、強欲な願いを唱えるほどに当たりを引き、そしてこの銃は確実に魂を奪い取るようになっていた。
自らの強欲が招いた惨事だが、殺された魂は銃を恨み、その怨嗟はガンスミスを苦しめた。
それこそが悪魔にとって、最上の贄だったのだ。
友の死を嘆き、ただ悲嘆にくれて「死を乗り越える銃を」造り続けた木訥とした男の魂が騙されて殺された者たちの怨嗟に苛まれ続けることが無上の快楽を悪魔に与えていた。
永劫にも続くと思われた、この悪魔の余興はある時、呆気なく終わるのだった。
悪魔が次の獲物に選んだ男に、ガンスミスの男は違和感を覚えた。
何ぞ、見覚えのある顔をして、聞いたことのある声をしている。遠い過去に忘れてしまったものを思い出しながら男は違和感を加速させる。
男は誠実そうであり、強欲なこれまでの獲物と違い、その顔に欲の色は無かった。
何故、悪魔はこの男を選んだのだ。
この時悪魔は男にだけ呟いた。
「不真面目な人間ばかり殺しても仕方ない。お前ならば、こんな純朴な人間が騙されるほうが堪えるだろう」
そんな言葉にガンスミスの男はとっくに底をついたと思っていた絶望に更なる深淵があると心を砕かれた。
この青年の命をも奪ってしまうと思った矢先、装填された弾は今までにない五発だった。
ガンスミスの男は安堵する。
流石にこれでは挑戦をやめるだろうと、しかし、青年は凛々しく勇敢な顔立ちをピクリともさせず、こめかみに当てた銃の引き金を引いた。
カチリ。
発砲音ではなく、空弾倉を叩く乾いた音が静かにする。
悪魔は悔しがり、そんなバカなと捲し立てたが、ややあって青年へとぶっきらぼうに言う。
「これで願いは叶う。よかったな」
そう言った悪魔に、青年は始めて笑顔を見せると、手にした銃を悪魔に向けると引き金を引き、トリガーを引きっぱなしにして撃鉄を四度起こした。
シングルアクションの銃で連射をするための保安官たちのテクニックを駆使し、ほぼ同時に思える銃声で五発の銃弾が悪魔を襲った。
普通であれば銃で撃たれたところで悪魔は滅しはしない。
だが、青年の願いは、この悪魔の消滅であった。
かろうじて息のある悪魔が反撃しようとしたが、腰の空ホルスターに手に持った銃をしまった青年は反対の腰元にあるホルスターから素早く、とてもそっくりな銃を目にも止まらぬ速さで抜くと、またしても一発にしか聞こえない銃声で六発の弾丸を早撃ちして見せた。
青年は引き抜いた銃を腰元に戻すと、悪魔に手渡された銃を再び抜いた。
「お前を殺す」
そう宣言して回転式の弾倉から空薬莢を排出すると、弾倉にはすでに新しい弾が装填されていた。
青年はそれを確認してシリンダーを戻して早撃ちすると、その後はそれを繰り返した。
「やめろ、やめてくれ、もう撃たないでくれ」
無数の怨嗟が悪魔に絡み付き、その力を奪っては強欲な魂たちは地獄へと堕ちていく。
そうして、悪魔をも引き摺り込もうと手を伸ばして自由を奪う。
反攻しようにも、自らが破滅させた魂に絡み付かれた悪魔はただ青年に撃たれ続け、そして消滅した。
青年はゆっくりと銃を見た。
悪魔に縛られることがなくなり、ガンスミスの魂は天に召され、あとに残ったのは代々受け継がれた家宝の銃にそっくりの世界一優れた「ただの銃」だった。
ガンスミスの男は黄泉路をトボトボと進んでいた。
若い頃の姿になっとるのはどういう加減かと訝しがったが、道の先が二股に分かれているのが見えてくる。
分岐に立つ水先案内人は一言だけ告げる。
「右に進め、そちらが天国だ」
これに男は左へと進もうと足を運び、案内人に止められる。
「お前が行くのはそちらではない」
男は案内人に顔を向けると静かに抗弁した。
「儂は悪魔に騙され、多くの人間の魂を苦しめた。そも、儂の仕事はガンスミスだ。地獄が相場と決まっておろう」
柔和な顔で、まるで朝の挨拶でもするように話す男に案内人は困惑するが。
「騙されたのはお前の責任ではなかろうし、ガンスミスといえ、私利私欲のために造っていた訳でもあるまい」
何とか説得しようとする案内人だが、頑固な男は折れそうにもない。
そんな時だった。右の道の奥から一人の男が歩いてくる。
「いつまで待たせる気だ。いい加減、思い出話に花でも咲かせないか」
その男は遠い昔に面影も忘れた、保安官の男であった。
「お前、天国へ行ったのか、そうか、良かった」
知らず涙を流すガンスミスの男に、友は盛大に吹き出しながら答えるのだった。
「俺だって、死んだじーさんに引っ張られてこっちの道を進んだんだ。『俺は地獄にいかんとあいつにあえんっ』って叫びながらな、だから早くこっちに来い、ルイさんとお前の娘も待ってるから」
案内人が見守る中、一段と背中を小さくした男が、肩を叩かれながら天国へと歩んでいった。
この作品の元々の構想部分をアンサー作品として投稿しました。「銃護の誓い」https://ncode.syosetu.com/n2048jc/ よろしければお読み頂ければ幸いです。
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