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吸血鬼×男爵令嬢の異種族間ラブ。
全7話です。
お守り程度のR15と残酷描写タグです。
ゆるい設定でやっておりますので、ご容赦ください。
アネット・ロッツェン男爵令嬢は困っていた。
黄昏時に行われた奇妙な結婚式で、彼女は今日、新妻になった。
アネットはソファに腰掛けている。
目の前には、夫となるシュトガル辺境伯のルーカス・フローシュが同じように座している。
式の片付けも住んで、外はとっぷりと闇夜に沈んでいた。
物悲しい獣の遠吠えと、叫び声のような鳥の声がする。
新婚の夫婦が居る部屋は寝室……ではなく、書斎だ。
石造りの、窓のない書斎。日光は紙を劣化させるので、窓が無いこと自体は不自然ではない。
おかしいとしたら、新婚の初夜に夫が妻を呼ぶ先がなぜ書斎なのか、ということと、書斎の隅に置かれた黒い棺桶。
この棺桶の存在感は半端なものではなく、アネットはいけないと思いつつちらちらとそちらを伺い見てしまう。
そんなアネットに向けて、夫が言い放った。
「ようこそ、アネット・ロッツェン男爵令嬢。凶悪なる人食い男爵の城から、陰気な吸血鬼の城へ。どうですか? この吸血鬼の城は気に入りましたか? 可愛い人狼のお嬢さん」
夫となるルーカス・フローシュが、ルビーのように赤い瞳を細めて訊ねる。
顔色は蒼白で、皮膚は薄く、青い血管が見えるほど薄い。乾いた質感をしていて、体温を感じさせない。
唇はごく薄いピンク色をしていて、合間に覗く舌は驚くほど鮮やかな赤。ときおり覗く歯は真っ白で、コントラストに目が眩みそうだ。
長く伸ばして後ろで括られた髪は、白銀。
壮絶な美しさと、得体のしれない不気味さを合わせもつ青年だった。
「ふふ、ルーカス様が御冗談を好まれるだなんて意外でした! そうですね、このお城もとっても吸血鬼らしいお城ですわ。噂される理由も分かる気がします。でも、私は騙されませんよ! へへへ!」
なぜか胸を張って答えるのは、新妻となったアネット・ロッツェン。
グレーと白のツートーンの髪を、耳の上でハーフアップにしている。下ろされた髪は、ひたすらに真っ直ぐで、鋭利な刃物すら思わせる。
よく動く大きな目は金色で、はつらつとした光を放つ。
健康的な肌色、桃色の頬。口は少し大きめで、笑うたびに白く健康な歯が覗く。
彼女は「へへへ!」と笑うとき、口元を手で抑える。歯を見せて笑うのははしたないと躾けられても、どうしても笑ってしまうのだというように。
彼女の返答を聞いて、ルーカスは眉をひそめた。
「騙されない、とは?」
「ふふん! 私の父はたしかに、人食い男爵なんて恐ろしい渾名を持っております。私も人狼と噂されております。ルーカス様が吸血鬼だなんて噂されているのも、もちろん存じておりますわ! でも!」
バァン!
と音を立てて目の前のローテーブルを叩くアネット。
突然のことに、ルーカスは二ミリほどソファから浮いた。
「前にも申しましたよね! そんな噂に根も葉もないことも、私はしっっっっかり理解しております! ルーカス様も、様々な噂に心を痛めておいでかもしれませんが、大丈夫です! 噂に左右されないコツを教えて差し上げます! まずはですね、これは東洋の格言で、人の噂も七十五日という言葉がありまして――」
「ちょ、ちょっと待った! 一度確認させて欲しい。……君はもしかして、普通の人間なのか?」
深刻な表情で赤い瞳の辺境伯が訊ねる。
吸血鬼と噂されるルーカス。
黄昏時に式をあげ、夜だというのに書斎で仕事をしようとし、そこには棺桶をなぜか置いているルーカス。
彼の顔には、明らかに焦りが浮かんでいた。
そんな彼に向けて、アネットはあっけらかんとこう答えた。
「はい、そうです! もちろん人間ですわ! まったく、噂って困りものですよね〜!」
ゴンッ。
これはルーカスが思わずテーブルに額を打ち付けた音。
その姿勢のまま、彼は問う。
「に、人間の身で、吸血鬼と噂される僕との結婚を受諾したと?」
「だって、噂なんて当たらないって、私は自分の身で知っていますもの」
「……………………」
しばしの沈黙の後、ルーカスはゆっくり顔を上げた。
こめかみに伸びる青い血管が、心なしかぴきぴきと動いている。
彼は、アネットを見つめると、静かにこう切り出した。
「……分かった、君は僕に関わらないで欲しい。君を妻として見ることはない。僕のことを夫として見る必要はない」
「ど、どういうことです!?」
驚いて立ち上がりかけるアネットを、ルーカスは視線だけで制した。
それから、ゆっくりと、幼子に言い含めるように言った。
「仮面夫婦、というものだ。普段は互いに干渉し合わず、対外的にどうしても必要な時だけは妻を演じてくれ。愛人を作るのは構わんが、城内に連れ込むのは止めた方がいい。愛人殿のためにもな」
「え? え? 仮面夫婦って、そんな話聞いておりません! 貴方から求婚して下さったんですよ!」
「こうなったら仕方ないんだ。君のためだ」
「こうなったらって、どうなったらですか!!」
「僕が本物の吸血鬼で、君は人狼と噂のただの人間だったなんて、嘘みたいなことが起こったらだよ! 人狼なら僕が血を吸っても死なないし、吸血鬼化もしない。僕が結婚出来るとしたら人狼の女性くらいだと思ってたんだ! ああもう、僕はやっぱり孤独から逃れられない運命みたいだ! 出ていってくれ!」
そう叫ぶと、彼はアネットに背を向けて、書き物机に向かってしまった。
呆然と立ち尽くすアネットを放ったまま、椅子に座り、ペンを取る。
「聞こえなかったか? 出ていってくれ。僕は夜に仕事をするのでね、夜中書斎にこもって、朝にはここにある棺桶で眠る。屋敷に居る使用人達も、同じく吸血鬼だ。昼は寝ている。君は夜には眠り、朝に起き、忌々しい太陽を浴びて散歩をし、君が連れてきた人間の使用人に世話をしてもらうといい。自由に過ごすことを許す。昼の間はな」
「は、はい……。でもあの、ルーカス様? 私たち夫婦ですし……」
「あくまで、形だけのな。ああ、それと僕のことは前で呼ばないでくれ。フローシュ、もしくは、辺境伯と呼んでくれたらいい。適切な距離を保ちたいのでね」
「かっ、かしこまりました……辺境伯様」
夫から名前で呼ぶことを禁じられた新妻アネットは、がっくりと肩を落として書斎を出ていった。
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