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08 はじめての女の子

08 はじめての女の子


 ゴブリンたちが去ったあとには、ひとりの少女が残されていた。


「た……助かったぁ……!」


 少女は手投げ弾を握りしめたまま、へなへなとへたりこむ。

 しかし安堵のため息をついたのも束の間、さらなる衝撃が彼女を襲った。


「ぎょっ!?」


 ファンファーレのような音が聞こえたので見やると、そこにはさっきまでは影も形もなかった宝箱があった。

 しかも普通の宝箱ではなく、底にはちいさな四つ足が生えており、その足でちょこちょことこちらに向かって歩いてきていたのだ。

 鍵穴のあたりに『ひろってください』などと奇妙なプレートを掲げているのがいちだんと不気味だった。


「な……なに……あれ……!?」


 歩く宝箱など初めてだったので、少女は腰を抜かしたまま後ずさろうとする。

 しかもよく見ると宝箱のフタは半開きになっていて、その奥にはよっつの無邪気な瞳がらんらんと光っている。


「ひっ……!?」


 少女は叫び出しかけたが、目をすがめてさらに観察してみると、光る目の正体は小さな子供と黒猫だというのがわかった。

 動く宝箱の中に入っているものなんて不気味なモンスターに決まっていると思っていたら、そこにいたのは想像とは真逆のかわいいもの。

 少女は恐怖心や警戒心をあっさり忘れ、砂漠のオアシスを見つけたように嬉々として宝箱に駆け寄っていた。


「かっ……かわいいーーーーっ!?!?」


 フタを開け、転がる鈴のような声とともにミックとロックをまとめて抱き上げたのは、はつらつとした印象の少女であった。


 大きなリボンで結わえたポニーテールは馬というより犬のしっぽのようによく動き、彼女の旺盛な好奇心を表しているかのよう。

 ぱたぱたと揺れるのに合わせ、金色の光をあたりに振りまいていた。


 額にはパイロットゴーグル。小柄な身体をパイロットスーツで包み、ショートパンツからは健康的な太ももが露わになっている。

 年の頃は14~5歳くらいで、顔立ちは整っているが子供っぽい印象のせいでだいぶ幼く見えた。


 しかしそれが彼女の無垢な美しささらに引き立てており、男ならば誰もがお菓子をあげたくなってしまうほどに愛らしい。


 非モテのシンラだったら、ポニーテールのうなじの後れ毛を見ただけでサイフごと差し出していたに違いない。

 こんな風に真正面から抱き上げられた日には、全財産を投げ打っていてもおかしくはなかった。


 しかし今は子供のミック。

 前世の記憶はあれど精神的にはまだ未熟なので「元気なお姉さんだな」くらいの感想しか抱いていない。


 そして宝箱から全身が出ているとわかるや、ミックは抱っこを嫌がる猫のように身体をよじらせる。

 まとめて抱っこされていたロックもいっしょになって、イヤイヤくねくねしていた。


「い、いきなりなにするの!? はなして!」「うにゃーっ!」


 すると少女はポニーテールをハテナマークにして、意外そうな顔をする。


「えっ、拾ってほしいんじゃないの?」


「違うよ! なんでそんなことを……!」


 反論しかけて、ミックは宝箱の看板がそのままだったことを思い出す。


「と、とにかく降ろして!」


「あ、うん」


 少女は危害を加えるつもりはないようで、頼むとすんなり宝箱に戻してくれた。

 住まいに戻って落ち着きを取り戻したミックは、怪しむような上目で尋ねる。


「……お姉ちゃん、誰?」


 ミライはポニーテールをピョコンと立て、人なつっこい笑顔を浮かべた。


「わたしはミライだよ! あなたは?」


「ミック。ミライお姉ちゃんはヒート族だよね」


 『ヒート族』とはこの世界でもっともポピュラーな人種である。

 他にも『エルフ族』や『ドワーフ族』などが存在しているが、それらをまとめて『人間』と呼ぶ。

 ミックのピクシー族は最小サイズの人間であるが、人間のなかではかなりのレア種族とされている。

 そのせいかミライがミックを見つめる瞳は好奇心に満ち、立てたポニーテールを猫のしっぽのようにゆらゆらしていた。


「実を言うとわたし、ピクシーさんに会ったのって初めてなの! かわいすぎるから、思わず抱きあげちゃった!」


「かわいい? 僕が?」


 「うん!」と元気いっぱいに笑い返すミライ。

 自分の容姿といえば、前世の根暗なオッサンの印象しかないミックは首を傾げるばかりであった。


「そんなことより、ミライお姉ちゃんはなんでこんな所にいるの?」


 ミライが「あれ」と、ポニーテールとともに指さした先は森の片隅。そこにはプスプスと薄い煙をあげる、巨大な金属製のカイトが埋まっている。

 それはハンググライダーをヒントにシンラが開発した、空を飛ぶための機怪『フライングライダー』だった。


「ある人を探すために、この山のまわりを飛んでたんだけど、ハーピィに襲われて墜落しちゃって……」


「ふぅん、そうだったんだ。ケガもしてるみたいだね」


「落ちたときに足をくじいちゃって……。それよりもミックくん、大人の人たちはどこにいるの?」


 あたりを見回すミライに、気のない返事を返すミック。


「大人? そんなのいないよ?」


「え? いないってどういうこと? まわりに大勢いたでしょう? みんな帰っちゃったの?」


「元からいないよ。ゴブリンなら、僕らふたりで追い払ったから」「にゃっ」


 ミックは隣にいたロックの首輪に付いているタルを外していた。

 とうてい信じられないミライは、キツネにつままれたような表情になる。


「う……うそだぁ。だって四方八方から攻撃があったし、大きな声もあっちこっちから……。って、なにそれ?」


 ミックはタルの中から、最高級の香水じみたガラス瓶を取りだしていた。


「ポーションだよ、ちょっとじっとしててね」


 ミックはガラス瓶を開栓し、ミライに向かってひと振り。

 すると光の雫がこぼれ、ミライの身体をやわらかな光で包み込んでいた。


「えっ……な……なに、これ……?」


 いままで体験したことのない心地良さが全身に広がるのを感じ、瞳孔が膨らんでいくミライ。

 しかし次の瞬間には、さらなる驚きにポニーテールまでもをぶわっと膨らませていた。


 なんと、くじいて腫れ上がっていた足が、落下の衝撃で受けたアザや擦り傷が、まるで時間を巻き戻すように消え去っていくではないか。


「えっ……えええっ!? な、なにこのポーション!? こんなに速くてキレイに治るポーションなんて、ありえないんだけど……!? ま……まさか……!? 伝説の秘薬『エリクサー』っ……!?」


「うん」「にゃっ」


 事もなげに頷き返すふたりに、ミライの衝撃はついに天井を迎えた。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」

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