17 はじめての横取り
17 はじめての横取り
シンラは火山の上空を遊覧するように旋回しつつ、最後は火山の中腹にある、勿忘草の草原にゆっくりと着地。
その頃にはミライはすっかりシンラに懐いていて、抱きついたまま離れなくなっていた。
「さ、着きましたよ…………ここで降りてくださいね……」
噛んで含めるように諭されて、ミライはしぶしぶシンラから離れる。
「もう終わり? わたし、もっと飛びたい! シンラお兄ちゃん、わたしをお城まで飛んで連れて帰って!」
「このフライングライダーはひとり用で、ふたりだと長距離は飛べないんです……。それにまだ試作品なので、トラブルがあったら大変ですから……」
シンラはミライの頭をなだめるようにミライの頭を撫でた。
「それに……すでに連絡はしてありますから……もうじき助けが来ると思います……」
「えっ、もう行っちゃうの!?
「ええ……外回りの仕事がまだ残ってますので……」
助走をつけようとするシンラの足に、ミライはひしっとしがみついた。
「そんな!? せめて、助けが来るまではいっしょにいて、お願い! じゃないとわたし、離れないから!」
「しょうがないですね……では助けが来るまでは、いっしょにいましょう……」
「やったーっ!」
シンラとふたりきりでいられるのはあとわずか、そう察したミライはドレスのポケットから指輪を取りだした。
「これ、あげる! 助けてくれたお礼だよ!」
「ああ、そういえば……アルテッツア王国では、感謝の気持ちを表すのに……指輪を交換するんでしたね……」
シンラはローブのポケットをまさぐる。ポケットはたくさん付いていたが、木の根っこや動物の骨など出てくるのは色気のないものばかり。
ボリボリと後ろ頭を掻くと、内ポケットからあるものを取りだした。
それは、子供用の小さなパイロットゴーグルであった。
「かわりに、これをあげます……同じ輪っかということで……」
「これは、目に付けるもの?」
「ええ……。フライングライダーに乗るときに付けるものです……」
「これは、シンラお兄ちゃんが子供の頃に付けてたもの?」
「いえ……。このあとの……新しい生命のために、作ったもので……」
ミライはてっきり、子供でもできたときにプレゼントするのだろうと勘違いした。
「ふぅん、じゃあ、いつかは返さないとだね!」
「ええ……次に会うまでに……指輪を用意しておきますから……」
「うん、わかった! それまではこれが指輪がわりってことだね!」
ミライはさっそくゴーグルを被り、ニカッと笑う。
子供用だけあって、サイズはピッタリだった。
「わたしの国では指輪を交換するんだけど、それは感謝の気持ちだけじゃないんだよ!」
「はぁ、そうなんですか……? 他にはどういう意味が……?」
自分で話題をふっておきながら、ミライは急に照れだした。
手を後ろに組んで、靴の爪先で地面をもじもじと掘り返しながら、そっとつぶやく。
「それは、結……」
「ミライさまぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
野暮な野太い声が駆け上がってきて、ふたりの時間を暴力的に奪っていく。
見やると山の麓のほうから、1台の機怪馬車が花を蹴散らしつつこちらに向かってきていた。
「あっ……」
ミライが振り向いた時にはすでに、シンラは空に飛び去った後。
「ま……待って、シンラおにいちゃ……あっ!?」
最後の呼びかけは、駆けつけた中年男に抱き上げられたことで遮られてしまう。
中年男は天に拳を掲げると、麓に向かって声高らかに喧伝をはじめる。
「このドリヨコが、ミライ様をお救いしたぞぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
ドリヨコの名が、あたりにこだました。
遅れて、アルテッツア王国の騎士や記者たちの馬車がやってくる。
彼らはドリヨコを囲み、これでもかとドリヨコをもてはやした。
「いやぁ、さすがは国連魔法局平和維持室のエース、ドリヨコ様だ!」
「ありがとうございます、ドリヨコ様! 邪教団から無傷でミライ様をお救いくださるなんて!」
「えっ、ちょっと待って! わたしを助けてくれたのはシンラお兄ちゃんだよ!?」
ミライは記者たちに向かって本当のことを言ったが、ドリヨコは脂ぎった手で彼女の頭を撫でた。
「どうやらミライ様は、誘拐のショックで混乱されているようだ! シンラは我が国連魔法局でも外回りしかできない下っ端だというのに!」
「シンラ? ああ、魔法研究でしょっちゅう事故を起こしてるっていう、あの無能ですか!」
「そんな無能のことはほっといて、ドリヨコ様、ミライ様をどうやって助けたのか教えてください!」
「よかろう! 我が輩は冴えわたるカンで邪教団を突き止めると、苦み走った攻撃魔術で邪教団をバッタバッタとなぎ倒したのだ!」
「さ……さすがは魔法局随一の魔術師といわれるドリヨコ様! 今回のお手柄で、主任への昇任は間違いなしですね!」
「ち……違う! わたしを助けてくれたのはシンラお兄ちゃんなのにぃぃぃぃぃーーーーっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ミックたちは手投げ弾の爆発を利用し、一気に洞窟を抜け、岩山を出ていた。
「とうちゃくー!」と、青い花の咲き乱れる尾根に着地する。
「ここからならどこからでも飛べるから、すぐにでもアルテッツアに帰れるよ! よかったね、ミライお姉ちゃん!」
「えっ……ミックくんは、一緒に来てくれないの? お礼がしたいから、いっしょにアルテッツアの王都に来てほしいんだけど」
「お礼なんていいよ! フライングライダーに乗せてもらったから、僕も助かったし!」
ミックは眼下に広がる山々を眺め回していた。
「王都にはいずれ行くと思うけど、その前に、この山がどうなってるのかをちゃんと見ておきたいんだ! 僕が暮らした、この山を!」
「じゃ、じゃあ、わたしもいっしょに……!」
「ミライさまぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
デジャヴのような野暮な野太い声が降り注ぎ、ふたりの時間を暴力的に奪っていく。
見やると、高く登りつつある太陽を背に1台の飛行船がこちらに向かってきていた。
飛行船のデッキには、初老の男が身を乗り出して手を振っている。
「ああ、よかった、ミライ様! この山にはハーピィがいるから近づき過ぎてはいけませんとあれほど申したではないですか! 速く、こちらに戻ってきてください!」
ミライは顔をしかめながら、男に向かって言い返す。
「わかったー! すぐに行くから、もうちょっとそこで待っててーっ!」
ミライは宝箱の前にしゃがみこむと、ミックとロックをまとめて抱きしめた。
「ごめん、もう行かなきゃ……! もしアルテッツアの王都に来ることがあったら、必ずお城に寄って……!」
「うん、わかった!」「にゃっ!」
屈託のない笑顔を返すミックに、ミライの胸は張り裂けそうなほどに痛む。
胸の前で握り拳を固めると、勇気を振り絞って尋ねる。
「ミックくんは……シンラ様……なの……?」
「えっ」
虚を突かれたような声のあとに、少しの沈黙。
「えっと……」
そして少しの逡巡の後に、ミックはゆっくりと口を開いた。