お出掛け
「魔獣が多い....ですか?」
本邸に呼ばれた私たちは、グレフルール公爵とともに、アーサーからの報告を受けていた。
「ああ。原因は分かっていないんだが、騎士団の被害も倍以上だ。今までにも、魔獣の討伐数の増減はあったが、ここまでではなかった」
アーサーが私を見る。
「量産は出来ないと聞いているが、あのお茶を可能な量、騎士団に卸して貰うことは出来ないだろうか」
分かっている。公爵邸にお世話になっている身で、断ることなんて出来ないってことは。それに、役に立つなら協力したい気持ちも、勿論ある。だけど.....ポーションに関する利権絡みの揉め事が起きそうなんだよー。怖いよー。
話を黙って聞いていた奏多が、口を開いた。
「商会を作るので、出資して貰ってもいいですか?」
「...そうか。そうだな、分かった。出資しよう」
ポーション市場にケンカを売る事になる、私のお茶を守る...というより私を守るため、商会を作りたいと奏多は言った。グレフルール公爵家から、野草茶が卸されてるというよりも、グレフルール公爵家が後ろにいる商会から販売された方が、公爵家にも利点はある。
公爵と話し込む奏多。どうやら、商会を作る方向で話を調節している。私は、少し冷めてしまった紅茶を飲むと、アーサーに言った。
「傷薬、体力回復、魔力回復、状態異常解除。この効能があるお茶は分かっているんですけど、どの程度、効果があるのかが分からないです。それと、原料になる野草を育てないといけないので、もう一度、あの森に行きたいです。あ、他に野草がいっぱい生えてそうなところがあるなら、そっちでもいいんですが......」
アーサーは、目を見開いたまま、私を凝視していた。
「あの.....?」
「君たちは...いや、なんでもない」
「?」
次の日、私と奏多はこの世界に来てから、初めてのお出掛けをした。馬車を貸してくれると言ったが、公爵家の紋章が付いた馬車なんて目立つことこの上ないので、謹んで辞退した。しかし、中心街まで歩いていくには、時間がかかりすぎるというので、護衛の方に、乗り合い馬車の乗り場まで、馬に乗せて貰うことになった。
初お馬さん。高くて怖かった。
商業ギルドで商会登録をして、店舗を探す。十歳でもギルドに登録は出来るようだが、店舗を購入する手続きには保証人が必要になるため、公爵邸で執事見習いをしている、エリオさんにお願いした。
これから、候補の店舗を三軒ほど見ていくようだ。
買い物でもしていたら?と言う奏多に、私は首を横に振る。公爵邸で離れた場所にいるのは平気だったけれど、街中で奏多と離れるのは、まだ怖かった。
「おいで」
と奏多の差し出す手を、ギュッと握った。
「お茶なんだけど、メイドのリーナさんに淹れて貰っても、効果が出たよ」
「葵が淹れなきゃ効果が出ないってなったら売り出せないもんな」
「奏多兄が淹れても効果は一緒かな?」
「祈りっていう追加効果は、聖属性だからじゃないか?」
「闇属性効果、ありそうじゃない?」
「呪いのお茶とか?」
クスクス笑いながら歩く。
店舗は三軒とも、馬車の入れない、場所にあるようだ。
真ん中に大きな噴水。そこから放射状に四本の道が通っていて、道と道の間は、色々なお店が軒を連ねている。ハンギングバスケットや鉢植えで花が植えてあり、とても華やかだ。
噴水の周りでは人々が思い思いに過ごしている。走り回る子供たち。ベンチで本を読んでいる老婦人。噴水に腰かけている子。見回りをしている騎士。治安は悪く無さそうだ。
一軒は噴水の周りにあり、他二軒は放射状に伸びた道にある。
奏多は、広場から北側に伸びた道の、広場から二軒目にある店を選んだ。以前は飲食店だったようで、テラスもあった。一階は店舗と水回りと個室が二つ。二階は仕切りのないワンルーム。三階は個室が二つとバルコニーがあった。
「お茶は、騎士団に卸すだけじゃないの?」
ここに商会を作るとしたら、間違いなくカフェがメインになりそうな間取りだ。
「認知度を上げた方が、手が出しにくくなるからな」
「あ。確かに、秘密裏に消しづらくなるかも」
契約書を交わし、内装に手を入れるため工事の依頼をし終わると、大分時間が過ぎていた。
お腹が空いてきたので、商会予定地の近くのお店を、見て歩くことにした。
公爵邸で食べるご飯は、美味しいんだけれど、舌が肥えた日本人には少し物足りないという、テンプレ状態で、やっぱりそろそろ日本食が欲しいな。
「屋台で買ってみるか」
奏多の目が光る。分かる。分かるよ。ジャンクフードが食べたいよね。目指せB級グルメ!
噴水の周りににある広場に出ている屋台を廻る。
奏多兄のお気に入りは串焼き肉。味が濃くて美味しい。なんのお肉なんだろう。
私はピタパンサンドみたいな料理。野菜がいっぱいで美味しい。
食べ歩きしながら、周りを調査。
噴水から、西側に通る道は、職人町みたいな感じ。家具が売っている店もある!後で覗いてみよう。
南側に通る道は食べ物屋さんが沢山ある!どんな食材があるか見てみたいな。
東側に通る道は、宿屋が立ち並んでいた。宿屋でお酒を飲むのが一般的みたいだから、夜は近寄らないようにしよう...。
そして我らが北側は、服飾関係が多い通りだった。おばあちゃんがレース編み得意だったから、私もそれなりに出来る。材料があるか、また見てみよう。
噴水広場のベンチに座り、周りをよく見ると、貧富の差に気づく。ボロボロの服を着て座っている子供。
イメルバに出会えた私たちは、幸運だったのだろう。
視界の中で、走っていて転んだ子供が泣き出した。とっさに走って近づき、立たせてあげる。今の私と同じくらいの背丈の子だ。
「ぐすっ。ありがとう」
「怪我してない?」
「うん。だいじょうぶ...痛っ」
足踏みをしようとした少女は、足首を押さえてうずくまる。
「ひねったのかな?そこのベンチに座って冷やそう」
「それより家がすぐそこだから、家まで手を貸してくれる?」
「うん。分かった。ちょっと待って。兄に支えて貰った方がいいから呼ぶね」
そう言って、少し離れた場所でエリオさんと話してる兄を見ると、こちらを見て笑って手を振ってくれた。
「お兄さん、話してるみたいだし、すぐそこの角の家だから、あなたが連れていってくれる?」
「う、うん。分かった」
強引に話を進める彼女にびっくりしたけど、奏多の目が届くところだからと、聞き入れる。
彼女の腕を支え歩き出そうとしたとき、左手首をグッと掴まれた。
「え?」
振り向くと、ずっと噴水に腰かけていた子がいた。
「いっちゃダメ」
そう言って見つめる目は、片側だけ青かった。