珍客
日本の実家が4軒は入りそうな離れに案内された私たちは、二階にある、日当たりのいい、並んだ二部屋を使う事になった。
「必要な物があれば、お呼びください」
茶色い髪の毛を、きっちりとお団子にしたメイドさんが、お茶を置いて部屋を後にする。周囲を見回した奏多は、 「すごい部屋だな」。そう、呟いた。
隣の部屋とは、廊下に出なくても、中にある扉で繋がっていた。夫婦用の部屋なのかな?クローゼットには大量の服。至れり尽くせりすぎて、目眩がしてくる。
「公爵の下心が見える気がする....」
お茶を量産させる為の、賄賂ではなかろうか...。そんなことを、うんうん考えていると奏多が言った。
「この世界の知識が圧倒的に足りないから、俺はしばらく一階の図書室にこもるよ。葵はどうする?」
「私は、野草の効能を確認したい。ちゃんと把握しておかないと、後で困る気がする」
「確かにな。ヨモギ茶は量産が難しいって事で、今のところは退いてくれているけど、必要になるときは来そうだしな。公爵邸から外に出るときは言えよ」
奏多はいつものように、ポンポンと頭を叩いて、隣の部屋に戻っていった。
「MP回復...と」
公爵邸にお世話になりはじめてから、十日たった。
私は、野草手帳に結果を書く。見られても大丈夫なように日本語版だ。
やはり、多言語解析は言語チートで、読むのも書くのも(多分、喋るのも)問題はなかった。奏多は嬉々として、図書室の本を読み漁っている。
森から持ち帰った野草と、公爵邸の庭にあったハーブは大体調べ尽くした。
お茶...というか加工に意味があるようで、採集しただけの野草を鑑定すると、「薬になる」という文言があるだけで、他の効能は出ない。混ぜると効果が高まる組み合わせもあるようで、目下ブレンド茶をお試し中だ。
やることがあって、良かった。
ぐぐっと伸びをすると、身体が固まっている感じがする。
「散歩でもしようかな」
私は、ストールを持って部屋を出た。
サウザード王国の気候は、一年を通して二十度前後。すごく住みやすいが、日本人としては少しだけ寂しい気もする。
庭にはミモザが咲き誇っている。ミモザの花の下にあるベンチで、まったりする息抜き方法を見つけた私は、毎日のように通っている。
庭師のおじいさんに頼んで、リース台を作って貰った。蔓をグルグル巻いて、輪っかを作って欲しいと言ったら、不思議そうな顔されたけど。
ミモザのリースを作って部屋に飾ろうと思っている。クリーム色の壁紙に、黄色のミモザは映えるだろうから。
そうだ。イメルバ様にもプレゼントしよう!体調も全快して、社交シーズンの今は、なかなか忙しいらしい。パーティーに行くためにドレスアップしたイメルバ様を、一度見てみたいと思いつつ、まだ機会に恵まれていない。
兄妹揃って、引きこもり寄りのインドア派だからなぁ。奏多に至っては、邸から出ていないだろう。
「何をしているんだ?」
取り留めもない事を考えながら、リースを作るのに夢中になっていたら、突然声をかけられた。声のした方を見上げると、容姿の整った男の人が立っていた。切れ長な目で私を見下ろしている。
「ミモザのリースを作っています」
「この花はミモザというのか」
「はい。私の中では」
なんだそれと笑う彼は、私の隣に座った。
一つ一つの所作が美しく、絵になるな...と思いつつ、きっと高位貴族だろうから、失礼の無いようにしないとと、気を引き締め、リースを作る手を止め、彼に向き直る。
「.....」
「.....」
なぜか無言で向き合うこと数秒。目を反らしたら負けの様な気がして、反らすことが出来ない。それでも少しだけ首を傾げた私に、やっと彼が口を開いた。
「俺は、クローフェル」
「私は、アオイです。よろしくお願いします。クローフェル様」
ペコリと頭を下げ、顔を上げると、少しだけ不機嫌そうなクローフェルと目線が会う。
「フェルだ」
「フェル様?」
「ああ。またな、アオイ」
そう言って、クローフェルもとい、フェル様は本邸の方に消えていった。イメルバと同じくらいの年頃だろうか?もしや婚約者とか?イメルバ様とフェル様が並んだら絵になるな。色んな想像が膨らむ。
今度は、お茶をご馳走しよう。少し疲れていたようだし。
僅かな時間過ごしただけの珍客に、不思議と、また会って話したいと思った。