山賊かヒーローか
「綺麗な水!」
辿り着いたのは、小川だった。サラサラと流れる川は、無色透明で、川底に沈む石もキラキラ光って見えた。普段使いの小さめの水筒は、もうほとんど飲み干してしまっていたので、水を満たしてみる。
「飲めるかな?」
「大丈夫じゃないか?リスみたいな小動物が飲みに来ている」
「え?どこ?...本当だ。可愛い」
少しだけ休憩して、また二人で歩き出す。風上に向かって歩いていた私たちは、川の流れも風上に向かっていっているので、そのまま川沿いを歩いていく事にした。
「ヨモギ?」
歩いていると、見慣れた葉っぱを見つけた。近寄って匂いを確認してみる。葉っぱの裏は白い。
「奏多兄、ヨモギ生えてた!採りたい!」
「お茶にするのか?」
「うん。上手く乾燥出来たらいいな」
都会と呼ばれる所から、特急で2時間かかる私たちの実家は、のどかな田園風景が広がる田舎で、周りには野草が生え繁っている環境だった。おばあちゃんが小さい頃に教えてくれたこと、意外と大人になってからも覚えてる。さすがにキノコは怖くて手が出せないけど、野草や山菜、木の実なんかはある程度見分けがつくようになっていた。
ヨモギを少し長めに採って、カバンに入っていた髪用のゴムでまとめて、川の水で洗う。
見慣れたものを見たせいか、気持ちも少しだけ浮上して、奏多より少しだけ前を歩いていく。
「あ、これはハコベかな?一応持っていこう」
キョロキョロと周りを見渡しながら、知っている野草だと思うものを採取している私を見て奏多は呟いた。
「まぁ、葵が楽しそうで良かったよ」
姿形の変化から、異世界に転移してしまった可能性が高いと思っていたけど、見たことのある野草がたくさんあるということは、どういう事なんだろう?野草の成長具合から考えると、春っぽいんだよね。日本は冬も目前って時期だったけど...。
森の果てにはまだ着きそうもなく、森の中を歩き続けるには向かない靴と、小さくなった身体には、限界が近づいていた。
その時、ふと遠くに何かが見えた気がした。
「奏多兄!煙!」
少し低い落葉樹の上に、灰色の煙がうっすらと揺らめいて見える。人がいるかもしれない。そう思って駆け出そうとする私を、奏多兄は制止した。
「こういうときは、山賊的なやつに遭遇するか、俺たちのピンチを救ってくれるヒーローに会うか...が王道ってところだけど」
「そうだね。悪い人に出会ったら奴隷として売られるパターンもあるよね」
「お前、思っても口に出すなよ。フラグ立ったらどうするんだよ」
こそこそと話ながら、煙の方に向かって、なるべく音を立てないように歩き出す。スーツケースは逃げるとなったら邪魔だからと、川の畔にあった針葉樹のそばの茂みに隠した。一本だけ高かったから、少し離れても目印になるだろう。はぐれてもそこで落ち合う約束をした。
煙が上がっている場所に近づいて来ているものの、焚き火ではぜる木のパチパチした音以外、聞こえない。焚き火の近くに人はいないのか、建物があって中にいるから人の音が聞こえないのか...となるべく音を立てないように木々の間をゆっくり進む。
「葵はここでちょっと待ってて。見てくるから」
そう言って、奏多は藪の中の枝の間の空間に私を押し込む。私は黙ってコクリと頷いた。鳥の巣のような小さい空間に、膝を抱えてじっと待つ。かくれんぼで、こういうところに隠れるのが好きだった。奏多にすぐ見つかってしまうのだけれど。
「葵!来て!」
突然、奏多の大きな声が聞こえ、ビクッとして枝が腕を掠めガサッと音が立つ。枝に引っ掛からないようにソロソロっと抜け出すと、煙の方向に向かって走り出す。日本にいた頃の私と同じで、この身体も走るのは苦手そう。
何があったのかと、少し不安になりながら近付くと、しゃがんだ奏多のそばに、人が倒れているのが見えた。
「山賊でも、ヒーローでもなく、病人?」
近付くと、茶色...というかミルクティ色の髪の女性で20代くらいだろうか、すごい美人さんだけど顔色が悪く震えている。濡れてる?よく見ると深紅の高級そうなドレスがビチャビチャだ。川にでも落ちたのだろうか。
彼女の上には軍服の様な上着がかけられているけど、他に誰かいるのだろうか...。助けを呼びに行ったのかな?
一先ず、濡れた服を脱がさなきゃと奏多に伝える。
「スーツケース持ってきて。中に着るものが入ってるかもしれないし」
「分かった」
奏多は来た道を戻って行く。軍服は濡れていないようなので火のそばに広げて暖める。横を向いて震えている彼女に、
「大丈夫。私は貴方の敵じゃないですよー」
と声をかけながら仰向けにする。子供の身体は思ったより力がなくて四苦八苦しながらやっとドレスを脱がすと、
出た!コルセット!
異世界お馴染みのコルセットにワクワクしながら、もう一度横を向かせて紐をほどこうとするも、濡れているせいか、美への執念か、全然ほどける気がしない...。怖い...コルセット...。
申し訳ないと思いつつ、カバンから取り出した小さいハサミでコルセットの紐を一本一本切っていく。
奏多が来たときには、コルセットまで脱がせ終わっていたので、さすがに奏多に見せる訳にはいかないと、少し離れた木の根本に座っていて貰う。スーツケースを受け取りに行くと、眉根を寄せた奏多に言われる。
「葵も濡れたんじゃないか?一緒に暖まらないと」
「着替えがある事を祈ろう...」
そう言って、スーツケースを開けると、私が乱雑に詰め込んできた紙袋が2つ見えた。
「もうちょっと丁寧に入れてこいよ...」
奏多は呆れたと言いながら紙袋の中を覗く。
「お。チェックのシャツが2枚ある。母さんが買ったやつ?......センスが微妙だから、俺は絶対に着ないと言っているのに買ってくる、そんな勇気が今は助かる」
「あはは。お母さん、これは絶対に奏多の好み!って言いながら買ってたやつだ」
少しだけ母を思い出し、目頭が熱くなる。
「ほら。頑張れ」
そう言って奏多兄は私の頭をポンポンと叩くと、シャツを2枚私に握らせた。