現状を整理
「とりあえず現状を整理して落ち着こう」
少しだけ涙目の私の頭をポンポンと軽く叩くと、奏多はスーツケースと私のバッグを近くに寄せた。
バッグを受け取って、中からスマホを取り出す。電源は入っているけど、やはり電波は圏外だった。
カメラを起動させて、奏多の隣にピタリとくっつく。
「ん?」
カシャッ
「どうして写真?」
「だって自分がどうなっているのか気になるじゃん」
私たちはスマホの写真に目を落とした。そこには銀髪の少年少女が写っていた。顔の造形は変わってないけれど、違和感はあまり感じなかった。元々、奏多は私と違って、二重のぱっちりな目に、スッと通った鼻。学生時代はなかなかモテていたくらいだから、銀髪も許容範囲内だろう。
私は、二重ではあるけれど少したれ目で子供っぽい顔をしている。顔も丸いのがコンプレックスだったのに、小学生に戻ったせいで更に丸いんだけど...グスン。
「葵は意外と違和感はないな」
「そうかな。顔が更に丸い.....」
「大丈夫。可愛いから」
クスクス笑いながら、奏多は私の顔を覗きこむと、少しだけ目を細めて言った。
「瞳の色も違う?」
私はすぐにスマホを見た。
「深い海の色...」
隣にいる奏多の瞳を覗く。紺碧の瞳。
私たちの光彩の色は、良くある焦げ茶色だったはずだ。
子供に戻った事、髪と瞳の色が変わった事は、何か意味があるのだろうか。そんな答えの出ない疑問が、グルグルと頭のなかを回り始める。分からないことだらけで不安が募る。
奏多は空を見上げて言った。
「暗くならないうちに森は抜けておきたいな」
そうだ。日本でだって森の中で、くまさん他野生動物に出会ったら命の危険があるのに、どこなのか、謎に包まれた森に、どんな生き物がいるのか想像もつかない。
私は慌ててスマホをバッグの中に入れた。
「スーツケースがパンパンなんだけど、一体何が詰めてあるんだ?」
「お母さんからの仕送りだよ。中身は知らない」
「この危機的状況で使えるものが入っているのか...。まぁ、確認するのは安全がある程度保証されてからだなぁ」
奏多の提案で、風上に向かって歩き始めた。森の中は静かで、風が木の葉を揺らす音が時折聞こえる。スーツケースは、さすがに森の中をゴロゴロ出来なくて、奏多が持っている。足元を見ると、ローヒールのパンプスを履いていて、少しだけ歩きづらいが、落ち葉を踏む音が2つ。サクサクと同じリズムで聞こえる。
奏多兄は、いつも私の歩調に合わせてくれていた。
1つ年上の奏多兄は、小さい頃から遊びに行くときはいつも一緒。奏多兄がクラスの友達と遊ぶ約束をしていても妹同伴。ずっと私の面倒を見てくれていた。
「女の子だから」という思いがあったのか、両親に言われたのかは分からないけれど、奏多は私に対してとても過保護で、登下校はなるべく一緒。用事があってもわざわざ時間を合わせていた。中学生時代の、私の友達の間の奏多の評価は、「シスコンで残念なイケメン」だった。
女子高に進学した私は「葵にはまだ、彼氏は早いからな。」といつも言われていた。中学からの友達に「葵には絶対に彼氏は出来ない。あんな極甘な兄がいたら他はいらないでしょうよ。」と宣言されていたけど、その通りだった。兄より私の事を大切にしてくれる人はいるんだろうか?と思ってしまえば、もう現実には、憧れる人すら出来なかった。
社会人になって、お互い仕事で忙しく、同じ家に住んでいてもなかなか会えない日々が少しだけ寂しくて、やっぱり私の方が、ブラコンを拗らせていたんだなと気づいた。
一人暮らしを始めた兄は、きっと私のお守りに疲れてしまったという気持ちも少なからずあったんだろうと思って、「兄を解放してあげよう。」そう思っていたのに...。
私はそっとひとつため息をついた。
「水の音が聞こえる」
奏多はそう言って、私の手をとった。少しだけ歩くスピードをあげて進む。
奏多の、私より少しだけ低い体温を感じながら、もう少しだけ甘えることを許してくださいと、心のなかで祈った。