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たらこのホラー小説作品集

窓の隙間からタスケテとつぶやく不気味なお姉さんに恋をした話

 皆様は動物を飼っていますか?


 お猫さまやお犬さまはとってもかわいいですよね。

 可愛くて仕方なくて、それはもう愛でまくりたくなっちゃう。


 彼らの一挙手一投足に気を配り、どんな仕草も見逃すまいと凝視してしまいますよね。


 ……え?

 そこまでしない?


 失礼しました。


 あっ、でも。

 たまーに彼らがおかしな挙動を取ることはありませんか?


 何もない空間をじーっと見つめていたりとか。


 彼らは人間よりも優れた感覚を持ち合わせていると聞きますが、何もない虚空を眺めているとき、一体何を察知しているのでしょうね。


 人には見えないもの、聞こえないもの、知ることができないもの。


 彼らは我々にとって未知の情報を察知しているのかもしれません。



 (=^・・^=)



 僕は一人で学校に通っている。

 友達が少ないのだ。


 クラスに顔を出せばみんなと話すし、休み時間は一緒に筆記用具でゲームをしたりもする。

 今クラスでは定規を使ったゲームが流行っていて、休み時間はみんなと一緒に夢中になって遊んでいるけど。


 みんな塾や習いごとで忙しいみたい。

 僕は学校へ行くときも、帰る時も、いつも一人。


 だから……あの道を通るのが怖い。


 僕が使っている通学路は住宅街の裏路地。

 近所の人をぽつぽつと見かけるくらいで、人通りもそんなにない。


 大きな通りなら人はいるのだけど、車が危ないからこの道を使えってママが言う。

 だから仕方なく……。


 この道には怖い家がある。


 昔ながらの古いお家で、”しょうわ”なテイストの瓦屋根の家。

 その家の前を通ると……視線を感じるのだ。


 気になってじーっとその家を観察してみると、カーテンがかかった窓の隙間から、誰かがこちらを覗いているのが見えた。


 髪の長い、色白の女性だった。


 彼女は僕の方をじーっと見つめながら動かない。

 何か用があるのかなと思っていたら、こんな声が聞こえて来た。



「タスケテ」



 聞き間違いではないと思う。

 確かにそう聞こえた。


 だって……何度も、何度も同じように言うんだもん。



「タスケテ タスケテ タスケテ」



 繰り返される抑揚のない言葉。

 人間の声だとは思えない。


 僕は怖くて、怖くて、駆け足で通り過ぎる。

 早く誰かに会いたくて、一人でいるのが嫌で、校門を通り抜けてからようやく生きた心地がした。


 クラスのみんなにそのことを話すと、大いに盛り上がったのだけれど……誰も一緒に帰ろうとは言ってくれなかった。


 僕は友達が少ないのだ。



 ‎⁦(ᐡ ᐧ ﻌ ᐧ ᐡ)



 その日も、その通学路を通って、一人で帰宅していた。


 誰一人すれ違わないので、不安になってきた。

 だから……あの家の前を通る時、僕は猛ダッシュで走り抜けようとした。


 それがいけなかった。


 僕は前を向いていなかったので、誰かにぶつかってしまったのだ。


「いてぇな! このクソガキ!」

「ごっ、ごめんなさい!」


 目の前にいたのは小太りの中年男性。

 はげた頭に、よれよれのワイシャツ。

 裾が擦り切れただぼだぼのジーパン。


 まるで浮浪者のような見た目だった。


「おい、てめぇ……服が汚れただろ。

 弁償しろよ」

「え⁉ 弁償?!」


 もともと汚い服がどうしたら汚れると言うんだろうか。

 そのオジサンの言っている意味が理解できなくて、僕はパニックになった。


「お前、スマホ持ってるか?

 電子決済にいくら入ってる?」

「え? え? え?」


 ママからもしもの時のために、スマホの電子決済アプリには3000円ほど入れてもらっている。

 無駄遣いしないように言われているので、誰かにお願いされてもそのお金を使うことはできない。


「コンビニにいって、タバコを買ってくれよ。

 それでチャラにしてやる。

 もちろん、俺も一緒について行くからよ」


 オジサンはそう言って僕の腕をつかんだ。


「いっ……痛い!」

「うるせえ! こい!」


 あまりに強く引っ張られるので、痛くて怖くて、泣き叫びそうになった。


 このままではどこかへ連れていかれて、酷いことをされるかもしれない。

 逃げ出したかったけど……力が強すぎて無理だ。

 爪が肌に食い込んで痛い。


 誰かに助けを求めようにも、周りには誰も――



「その子になにをしてる! 手を放せ!」



 女性の怒鳴り声が聞こえた。

 あたりを見渡してみると……あの家!


 あの家の窓が開いて、中から女性が現れたのだ。


 彼女は下着が透けて見れる白いTシャツにぴっちりとしたジーパンという、なんとも地味な服装をしていた。

 でも黒くて長い髪が綺麗で、美人なお姉さんだった。


 ずっと怖かったのに、一目見て好きになってしまった僕は、なんて単純な男なのだろう。


 お姉さんは、はだしのまま僕たちの方へ駆け寄って来た。

 そしてスゴイ形相でこういうのだ。


「その子から手を放せ! じゃないと通報するよ!」

「うっ……うるせ――」

「もしもし、警察ですか? 暴行事件が発生しました。

 すぐに来て下さい!」


 有無を言わさずスマホで通報するお姉さん。

 オジサンはたまらずに僕の腕から手を放し、走って逃げて行ってしまった。


 そして……すぐそこの家に駆けこんでいったのだ。


「大丈夫? 怪我はない?」


 優しい顔になって身をかがめて顔を近づけながら尋ねてくる。

 恥かしくなって俯くように小さく頷いた。


「良かった。とりあえず家の中に入って」

「……え?」

「大丈夫、怖いことなんてなにもしないよ。

 あのおじさんに後を付けられたらいやでしょ」

「うっ、うん……」



 キィ……。



 扉が開く。


 僕はお姉さんの言われるままに、家の中へ入ってしまった。



 ₍ᐢ。•༝•。ᐢ₎



 長い廊下の奥に階段が見える。

 両脇には引き戸があって、別の部屋に繋がっていた。


 清潔なお家で埃一つ落ちていない。

 玄関の上には豪華なシャンデリアみたいな照明がぶら下がっている。


「あっ……あのぅ……」

「心配しないで。

 おうちの人に迎えに来てもらおうか。

 あと、警察も呼ぶ?

 さっきのは追い払うための演技だったけど、

 心配だったら本当に来てもらうよ」

「え? いや……いいです」


 首を横に振って、呼ばなくていいよとお姉さんに伝えた。


「そう……お迎えは?」

「一人で帰れると思います」

「気を付けてね。

 あの男、近所でも有名なの。

 弱そうな人を見つけたら自分からぶつかって、

 お金をせびるんだよね。

 昔、逮捕されたこともあるって」

「えっと……もしかして……」


 僕は思い切って、お姉さんが窓から覗いていた理由を尋ねてみた。


「うん……怖がらせちゃったかな?

 だとしたらごめんね。

 あの人が君に酷いことをしないように見張ってたの」


 お姉さんは僕を見守ってくれていたのだ。

 ちょっと嬉しくなる。


 でも――


「あの、声は?」

「声って?」

「タスケテって……」

「ああ、それか。聞こえちゃったんだね」


 お姉さんは眉を寄せて困った顔をする。


「話すつもりはなかったけど、聞こえたら仕方ないよね。

 気になるなら教えてあげるけど、どうする?」

「え? ううん……」


 聞かなかったらずっとモヤモヤすると思った。


「お願いします」

「分かった、じゃぁついて来て。

 ランドセルはそこに置いていいよ」


 僕はお姉さんに誘われるがまま、靴を脱いで上がらせてもらった。


 お姉さんは向かって右側の引き戸を開いて、中へと入っていく。

 その部屋はリビングでカーテンは全て閉ざされていた。


 広々とした部屋の真ん中に大きなベッドが置いてある。

 そこに一人のお年寄りが寝かされていた。


 お年寄りは作務衣のような服を着ていて、とっても太っていた。

 腕も足もパンパンに腫れているように見える。

 顔もぶくぶく。


 意識がないのか、ぼーっと天井を眺めていた。

 僕のことを見ようともしない。


 キッチン脇のテーブルには沢山の箱が置いてある。

 中には液体が詰まった袋がたくさん入っている。

 難しい字が書いてあって、それが何なのか僕にはよく分からない。



「タスケテ タスケテ」



 不意に声が聞こえた。

 そっちの方を見ると、茶色い籠の中に黒い鳥がいるのが見えた。


「え? タスケテって言ってたのって……」

「私じゃなくてこの子。

 ほら、人の声をマネする鳥っているでしょ?

 この子も少しだけどお喋りできるの」

「お姉さんがタスケテ欲しかったわけじゃないんですね」

「うん……」


 お姉さんはどこか暗い表情で返事をする。


「でも……どうして?」

「この子がタスケテって言う理由が知りたい?」

「……うん」


 声真似をするのは、普段からよくその言葉を聞いているからだ。

 お姉さんが「助けて」と言わない限り、この鳥がその言葉を発することはない。


 僕はそう考えたのだけれど……。


「この子ね、勝手にしゃべり始めたの。

 タスケテ、タスケテって」

「どうして?」

「分からないよ、私には。

 でもね……」


 お姉さんは部屋の中央のベッドへと視線を向ける。


「おばあちゃんが、こうなってしまってから。

 急にタスケテって鳴くようになったの」

「おばあちゃん?」


 僕はここで初めて、ベッドに寝かされている老人がお姉さんの祖母であることに気づいた。


「おばあちゃん、脳の病気で倒れてしまってね。

 まったく動けなくなっちゃったんだ。

 それからずっと私が介護しているの」

「大変なんですね……」

「うん……すごく大変。

 両親はすでに事故で死んでるし、

 協力してくれる親戚もいなくて。

 おまけに私は一人っ子。

 仕事も辞めなくちゃいけなかった。

 はぁ……やりたい仕事だったんだけどなぁ」


 お姉さんは心底残念そうにため息をついた。


 僕にはお姉さんがしてきた苦労が分からない。

 だから簡単に慰めの言葉をかけてはいけないと思った。


 じーっと彼女を見て黙っていると、僕の方を向いて救いを求めるような表情を浮かべる。

 それこそ「助けて」と訴えるかのように。


「あのね……聞いて欲しいことがあるの」

「……はい」

「私ね……この子が言う言葉。

 おばあちゃんの声じゃないかって思うんだよね」

「どういうことですか?」


 籠の中の鳥の言葉が祖母の声?

 でも――


「あの、この人って喋れるんですか?」

「ううん、話すどころか表情も変えられない。

 ずっとこのままだよ」

「じゃぁ……どうして?」

「猫や犬がさ、何もない場所を眺めてることってあるでしょ?

 動物って私たちが知ることのできない情報を察知して、

 反応してると思うんだよね。

 だから……もしかしたらこの子も……」


 彼女の祖母が発している、人間には分からないシグナル。

 それを察知して「タスケテ」と訴えているのだろうか?


 ちょっと僕には理解しがたい話だった。


「それが本当だとしたら、どうしてタスケテって?」

「こんな状態になったら、助けだって呼びたくなるでしょ」

「そうですね……」

「でもね」


 お姉さんはじっと自分の祖母の顔を見つめる。

 感情を感じさせないガラス細工のような顔つきで。


「多分だけど……助けて欲しいって言うのは……」


 彼女が言いかけた、その時だ。



「グ……クルシイ……」



 籠の中の鳥が呟いた。


「……え?」

「タスケテ以外にも、こんなことを言うんだよね。この子」

「ええっと……つまり……」

「もう、終わりにしたいって、思ってるのかもね」


 お姉さんはそう言ってため息をついた。


「私は頑張って介護してる。

 できるだけ苦痛を感じさせないように注意して。

 でも……その行為ってさ。

 無理やり命を長らえさせてるだけなのかもしれない。

 何もできずに苦痛だけ感じる命を。

 私のしてることって間違ってるのかな?」


 僕は答えられなかった。



「タスケテ タスケテ クルシイ」



 籠の中の鳥が呟く。



 (•⌔•)



 それから僕はお姉さんの家を通る時に、挨拶をするようになった。


 おはよう、こんにちは、さようなら。


 ただそれだけのことなんだけど、僕が挨拶をするたびにお姉さんが明るくなっていくような気がした。


 毎日、毎日、挨拶をする。

 雨の日も、風が強く吹く日も。


 相変わらずあの鳥は「タスケテ」とつぶやいていたが、ある時を境に聞こえなくなった。

 お姉さんにわけを聞いたら、死んでしまったと。

 亡骸は庭に埋めたそうだ。



 その後も、『俺』は同じようにその家の前を通って学校へ通った。



 月日が流れて俺は小学校を卒業し、中学生になり、やがては高校に進学することになった。

 小学校と中学校は同じ方向に学校があったので、通学路も同じだったのだが、高校からは駅で通学することになり、その道を通る必要はなくなった。


 それでも、あえて遠回りをしてその家の前を通って駅へと向かう。

 向こうも俺がわざとそうしていることに気づいているみたいで、挨拶するたびに申し訳なさそうな顔をする。

 好きでしていることだから、気にしなくてもいいのに。


 ある日、家の前を通ると救急車が停まっていた。

 中から救急隊員たちが彼女の祖母を担架に乗せて運んでいるのが見えた。

 お姉さんも一緒について行く。


 彼女は落ち着いていた。

 俺が見ていることに気づいて、軽く会釈をしてから救急車に乗った。


 ついにその時が来たのかと思った。


 それからしばらく、その家の前を通るのをやめた。

 色々と忙しいだろうなと思ったから。


 一月ほどして、久しぶりに家の前を通った。

 雨戸が閉められていて、ひと気がない。


 引っ越してしまったのかなと、すこし寂しい気分になっていたら、後ろから猫の鳴き声が聞こえた。


「にゃーん」


 猫はじっとお姉さんの家の二階を見つめていた。


 灰色と黒のしましま模様の猫。

 右の耳が少しだけ切れている。


「なんだ、どうした。なにか見えるのか?」

「にゃーん」


 俺が近づいても無視するように、二階を見上げる猫。

 まるで何かを感じ取っているかのように――


「まさか⁉」


 俺は門扉の隣にあるインターホンを連打する。

 反応はない。


 仕方なく敷地に入り、玄関をどんどんと叩いた。

 やはり無反応。


 試しにドアノブに触れると……開いてる!


 俺は家の中へと入り、階段を駆け上がって二階へ向かう。


「おねぇさん! おねぇさん⁉」


 呼びかけに応じない。

 片っ端から部屋の扉を開いて行く。


 トイレ、物置、空き部屋――


「お姉さん!」


 ベッドの上で力なく横たわっている彼女を見つけた。

 呼びかけても返事がない。


 床には大量の包装シートと錠剤。

 彼女が自殺を試みたことが一目見て分かった。


 スマホを取り出し、緊急通報をする。

 119番をタップすると、不意に彼女の言葉が頭をよぎった。


『その行為ってさ。無理やり命を長らえさせてるだけなのかもしれない』


 ここで彼女を救えば、人生を終わりにしようとした彼女の意に反することになる。

 無理やり生かした俺を彼女は恨むかもしれない。


 ほんの一瞬だけ逡巡した。

 しかし――


「救急車! 救急車をお願いします! 場所は――」


 迷いはなかった。



 ~(=^・・^)



 結論から言うと彼女は助かった。

 医師が適切な処置を施したおかげで、意識を取り戻すことができたのだ。


 俺は毎日、病室へと足を運び、お姉さんの様子を見に行った。


「また来てくれたんだ。うれしい」


 病床に横たわりながら優しく微笑む彼女に、俺は小さく頷いて答える。


「着替え持ってきたよ。他に何か必要なものはある?」

「ちょっとだけお話したいな。……ダメかな?」

「ううん、全然ダメじゃないよ」


 俺はベッドの隣のスツールに腰かけ、彼女と世間話をする。


「どうして私を助けてくれたの?」

「それは……」


 あの時は必死で冷静に物事を考えられなかった。

 ただ赴くままに、自分の感情に従った。


「俺が沙耶さやさんのことが好きだから」

「そっか……ありがとう。

 でも、私なんか好きになってどうするの?

 年だってすごく離れてるのに……」

「それでも好きなんです。

 初めて出会った時から、ずっと」

「…………」


 俺の言葉を聞いて、瞳を潤ませる沙耶。

 ああ……なんて可愛いいんだ。


「俺、責任を取ろうと思って」

「責任って?」

「沙耶さんを生かした責任。

 俺と結婚してくれませんか?」


 本気だった。

 高校を卒業したらすぐに働いて、彼女を養う覚悟がある。


 どんな答えが返ってくるのか分からない。

 不安で、不安で仕方ない。


 でも――


「私の命の責任なんて取らなくていいよ。

 君は、君の人生を生きて。

 だから――」

「嫌です、俺とずっと一緒にいて欲しい。

 沙耶さんはもう俺の人生の一部なんです」

斗真とうまくん……」


 俺は何を言われても、引き下がるつもりはなかった。

 彼女を……沙耶を幸せにすることが、俺が生まれた意味だと思った。


 そっと彼女の手に自分の手を重ねると、向こうも握り返してきた。


 このつながりを放したりはしない。

 俺は人生の全てを彼女に捧げる。



 (*ˊᵕˋ)ˊᵕˋ*)♡



 高校を卒業してすぐ、俺は家を出た。

 地元の企業に就職して、それなりに稼いでいる。


 沙耶とはすでに二人暮らしを始めた。

 彼女のお腹の中には新しい命が宿っている。


 表向きは両親も俺たちの関係を応援してくれてはいるが……やはり年の差がネックだったのか、母親は良い顔をしなかった。

 普通の相手を見つけろとまで言われたが、カチンときて普通ってなんだよと逆に食ってかかったりもした。


 色々と問題は山積みではあるが、しっかりと彼女を支えていくつもり。

 沙耶にはずっと笑顔でいて欲しい。


「にゃーん」


 二人で散歩していると、目の前を猫が横切った。


「あっ、あの猫……」

「知ってるの?」

「沙耶の危険を知らせてくれた猫だよ」

「え? 本当に?」


 忘れるはずもない。

 灰色と黒のしましま模様の猫。

 右の耳が少しだけ切れている。


 猫は俺たちのことなんて気にしないでスタスタと前を歩いて行く。


 何気なく後をついて行くと……沙耶の家があった場所にたどり着いた。

 今はもう更地になっているが。


「あのさ……命ってなんだろうね?」


 かつて祖母と住んでいた家があった場所をぼんやりと見つめながら、呟くように沙耶が言った。


「沙耶? 急にどうしたの?」

「いやなんか、昔のことを思い出して」

「そっか……」


 俺は命をつながりだと思っている。


 過去から現代にいたるまで、多くの命が結び合った結果、俺たちが生まれた。

 俺たちのつながりもまた未来へと続いて行く。


「死んでいい命なんてないんだよ。

 少なくとも俺はそう思ってる」

「私のおばあちゃんも……」

「うん、幸せだったんじゃないかな、きっと」

「だったらいいな……」

「にゃーん」


 前を歩いていた猫が立ち止まった。

 あの家は確か……。


「あのオジサンが住んでた家だね。

 まだあそこに住んでるの?」

「ううん、私は知らない」

「そっか……」


 猫はじっとその家を見つめている。

 まるで何かを訴えかけるかのように。


 あの時と一緒だ。

 沙耶が自殺しようと薬を飲んだ時も、あの猫は同じように二階を見つめていた。

 もしかしたら――


「帰ろうか」

「え? でも……」

「いいんだ、行こう」


 俺は沙耶の手を引いて、その場を離れた。


 命は一人に一つ与えられる。

 しかしながら、その全てが平等に扱われるわけではない。


 俺は大切な人の命を守る。

 しかし、それ以外の命については干渉しない。

 関わろうとも思わない。


「にゃーん」


 猫が俺たちを見て呟く。


 その中に怨嗟の声を聴いたような気がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  おおう。なんとも言えない複雑な読後感が……いろいろと考えてしまう以前に、情感に訴えてくる力が物凄く強い、興味深い作品でした。 [一言]  幸福について……掌の上にあるものを守るだけで、人…
[一言] やっぱ人は、自分の周りが一番大切だよね☆
[良い点] 愛に歳の差なんて関係ないなーい! だからワシも女子高生と付き合ってもいいのです。 (いいことあるかぁ!)
感想一覧
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