第三話
丘で不審者の気配を感じロゼを守りながら逃げ帰った俺はその後、自室にて治療を受けた。
治療をして貰ったとはいえど未だ左肩と足が痛い……。
それでも初めて運び込まれた時に比べれば遥かに我慢出来るレベルだ。
ベッドの上で上体だけを起こし身体の具合を確かめていると、ドアがノックされそこからロゼがメイドのセラと共に部屋へと入ってきた。
そして気を利かせたのかセラはロゼを置いて部屋から出てゆく。
そのタイミングでロゼが口を開いた。
「具合はどう、リド?」
「良くも悪くもないな」
「普通ってことね……なんでそんな回りくどい言い方をするのかしら」
「似て非なる言葉だぞ?普通だったらちゃんと普通って言うしな」
「はいはい。それよりも……また助けてくれてありがとう」
「別に……ロゼを守るのが俺の役目だしな」
改めて感謝され、俺は照れ臭さのあまり素っ気ない態度を取ってしまう。
けれどロゼは気に障った様子もなくニコニコと笑顔を浮かべていた。
「怪我の方はどう?どれくらいで治るの?」
「ん〜……医者の話ではそうはかからねぇだろうってさ。あ〜、治ったら休んだ分、また修行のし直しか〜」
はっきり言って他の師匠はともかく、サクヤの修行は鬼であるとしか言えない程厳しいものだった。
しかし追いつけそうで追いつけない……常に俺の実力に合わせてくれているので、ついていけない事はなかった。
「そんなに大変なの?」
苦笑いしながらロゼがそう問いかけてくる。
「意外と楽しいからいいんだけどな」
新しいことを学び覚えるのは心から楽しい。
昨日の自分よりも多くのことを得ているのだという自覚があるから〝次はどんな事を教えてくれるのだろう〟という期待感が勝っているのだ。
サクヤから〝実に筋がいい〟と言われた時は本当に嬉しかったっけ。
「それじゃあリドが元気になったら、今度は修行をしている所を見学したいな♪︎」
「見てて楽しいか〜?俺が一方的にコテンパンにされる光景しか見れねぇぞ?」
「いいの〜。リドが頑張っている姿を見たいだけなんだから♪︎」
男である俺としてはそんな姿を見られるのは大変恥ずかしいのだが、まぁロゼがそう言ってくれるのだから頑張らねばならないだろう。
まぁ先に身体を万全にする方が先か。
それから完全に回復したのは二日後の事であった。
この世界には魔法が存在し、当然ながら治癒魔法も存在するのだが、一瞬にして傷や病を治す程の治癒魔法の使い手は限りなく無いに等しいらしい。
なので今回の傷が癒えるまでに二日かかったのだが……。
「いでっ────!」
二日間の休養による弊害からの身体の鈍りは治癒魔法では治らなかったらしい。
本日、朝からのサクヤの修行は稽古試合だったのだが、俺は掠ることすら出来ずに、予想通りコテンパンにされていた。
大の字になって地面へと転がっている俺に見学に来ていたロゼが声をかけてくる。
「だ……大丈夫?」
「割といつもの事です……」
「ははは、いくら休養により身体が鈍っているとはいえ、休養前とそうは変わっておらぬから安心しろ。むしろ良くなった方ではないか?」
う〜む……サクヤからそう言われても説得力が感じられない。
あの後、ロゼがスカーレットと共に帰った後にサクヤから聞いたのだが、どうやら俺は非常に〝当て勘〟に優れているらしい。
銃の師匠であるバレットから俺の投げた小石が茂みに隠れていた奴の眉間にクリーンヒットしていたと聞かされたのだが、当然のように見えてなかった俺にはそう言われても受け入れられない。
そもそも小石が当たった程度ならその場からいなくなったはずだろうし、どうしてその場にいなかったバレットが眉間にクリーンヒットしていたなどと知っているのだろう?
その辺りの事を訊ねてみても、サクヤもバレットも顔を見合わせるだけで何も話してくれなかったしな。
謎だ……。
「当て勘が良くても当てられなきゃなぁ……」
「そう急く事もあるまい。お前はまだ子供だ……焦らず少しづつ、確実に力を身につけていけば良いのだ」
「そういうもんなんですかね?」
「〝急いては事を仕損じる〟という言葉がある……焦りのままに動けば碌な結果しか生まん。強くなりたいのならば一歩一歩確実に成長してゆけば良い」
〝急いては事を仕損じる〟か……。
元日本人であった俺としては非常に分かりやすい慣用句である。
〝諺〟とも言うが、何にせよ強くなるためには焦らず日々努力ということか。
「さて、今日はここまでにしておこう。午後からはライオットの修行があるのだろう?」
〝ライオット〟とは、俺の格闘術の師匠である〝ライオット・ローアイン〟の事である。
元は裏社会ではその名が轟くほどの喧嘩師だったらしく、恐れ知らずもサクヤにも勝負を挑んだという話がある。
まぁサクヤ曰く秒で返り討ちにしたらしいが……。
ライオットの修行は主に組み手が多い。
初日から〝どこからでもかかって来い!〟と言って組み手が始まったっけ。
当然、惨敗したけどな。
大の大人が子供相手に本気などと大人気ないと思ったが、その後に拳の打ち方や蹴りの放ち方などを丁寧に教えてくれたので、デカい図体の割にはちゃんとした人物であった。
「今日はぐっすり眠れそうだなぁ……」
そんな事を呟いてみる。
いや、これは割と本当の話で、午前はサクヤとの稽古試合、午後はライオットとの組み手を行うと気を失うように眠れるのである。
本当に修行を始めた頃は夕食中にうたた寝しているのがしょっちゅうであった。
その時は母さんに本気で心配された。
「ところでリドラ。お前、〝コレ〟を覚えてみる気はないか?」
急にサクヤがそう言いながら、俺にあるものを見せてきた。
それは針のような形状の、しかし〝針〟と言うよりはどちらかと言えば……。
「……串?」
バーベキューでよく使われるような、けれども長さは焼き鳥用の竹串程のソレを見て俺は思わずそう言った。
それを聞いたサクヤが可笑しそうに笑みを浮かべる。
「これは〝苦無〟の一種で、まぁ要は暗器の一つだ」
〝苦無〟と言われると妙にしっくりした。
そういえば前世で通っていた高校の社会科の教師が大の忍者好きで、よく授業の合間に忍者談義をしてたのを思い出した。
その中で忍者が使っていたとされる武器の一覧を描いた一つに、確かこのような形のものがあったような気がする。
「こいつはな?相手と距離がある時に使うものだ。例えばそこにある木を敵と想定して、その敵がこちらに気づいていない場合、こいつをこうして使うんだ」
サクヤはそう言って敵と想定した木に向けて苦無を投げ放った。
投げ放たれた苦無は一直線に飛んでいき、そして吸い込まれるようにしてその木に深く突き刺さった。
「これを使えばわざわざ近寄らずとも敵を仕留められる。当てる場所を選べば逃走を阻むことも可能だ。どうだ、面白そうだろう?」
そう言って俺に苦無を差し出してくるサクヤ……どうやら試しに投げてみろと言っているらしい。
俺は徐ろに苦無を手に取ると、サクヤの真似をして木に向けてそれを投げつけた。
ドスッ────
「「「……」」」
投げられた苦無の行方を見ていた俺とロゼは、その結果に思わず絶句していた。
本当に無意識で……決して〝そこに当てよう〟などとは思わずに投げた苦無は吸い込まれるように、先程サクヤが投げた苦無に〝刺さった〟。
もう一度言おう、サクヤが投げた苦無に〝刺さった〟のである。
何故二度も同じことを言ったのかというと、サクヤの苦無は、持った感じでは子供の俺でも持てるような重さの苦無は柄の方も鉄製で、そこに布を巻いているだけの作りである。
つまり柄の末端は鉄であり、決して当たったとしても刺さるはずなどないのである。
特別、俺が投げた苦無の切れ味が当然良かった訳でもない。
だというのに、サクヤが投げた苦無は俺が投げた苦無が刺さったあと、綺麗に真っ二つに割れてしまった。
だからこそ俺とロゼは絶句してしまったのである。
しかしサクヤに関しては絶句してはおらず、それどころか逆に何か納得したかのように数回頷いていた。
「やはりな……」
「何が〝やはり〟なんですかね?」
「リドラ……お前は無意識下において、〝身体強化〟を使っている。しかも今のに関しては物質の強化も行っていたな」
マジかよ……。
〝身体強化〟や〝物質強化〟は魔法によるものであり、当然この世界に転生したばかりの俺は魔法なんて詳しくは無い。
しかしサクヤに言わせれば先程の結果がそれを物語っているのだという。
「先日はあえて黙っていたが、リドラがあの日投げた小石は隠れていた敵の眉間にめり込んでいたそうだ」
本日二度目の〝マジかよ〟が脳内に浮かび上がる。
サクヤの話を要約すると、俺は無意識に身体強化と物質強化の魔法を使用している。
そして非常に当て勘が優れており、狙わずともそこに当てられるのだという。
これは射撃においても有能なものらしく、力さえつけば百発百中……匹敵必中も可能なのだとか。
転生物には付き物の〝チート〟ってやつだろうか?
「まぁともかくだ。無意識でソレを使用するのはとても危ういことだ。ほんの少し力を込めただけで何でも壊してしまう恐れがあるからな。しかしその辺りについてはルキウス殿に考えがあるようなのでひとまずは安心しても良かろう」
流石は父さん、仕事が早い。
まぁそんな事もあってか、次の修行では苦無についても教えるということで、本日のサクヤとの修行は終わりとなった。
午後からはライオットとの修行……まぁ言わずもがな、俺はコテンパンにされ、またしても地面に大の字になる羽目になったのだった。