第二話
ロゼリアがセラと共にリドラの元へと向かっているその頃、母親であるスカーレットはルキウスの書斎へと訪れていた。
「失礼するよルキウス」
「これはこれはお待ちしておりましたボス」
スカーレットの登場にルキウスは椅子から立ち上がってお辞儀をする。
スカーレットはそれを手を振りながら頭を上げるよう指示をした。
「それで……捕らえた者からは何か聞けたか?」
娘の前では優しい母親であるスカーレットだが、仕事となると一変して真剣な表情となる。
ルキウスはそんな彼女をソファーへと促しながら、先に来ていたサクヤと共に向かい側へと座った。
「尋問に関してはサクヤから話して貰おうと思っています」
ルキウスがそう言ってサクヤへと顔を向けると、サクヤは了承するように頷いてからスカーレットの質問に答えた。
「残念ながら未だ詳しい事は聞き出せておりませぬ。しかし斬り捨てた奴らの一人からこのようなものが……」
サクヤはそう言いながら懐から布の包みを取り出し、それをテーブルの上で広げる。
そこには襟につけるピンバッジが血で鈍く光っていた。
「ふむ……これはレガロファミリーの紋章をあしらったものだな」
「やはりそうでしたか……確かレガロファミリーは昔、うちと縄張り争いをしていた組織でしたな?」
「そうだ。今は亡き父がボスだった頃に度々抗争をしていた相手だが、既に壊滅していたはずだ」
「ならば此度お嬢様を狙ったのはその残党と見るのが正確であろうか?」
サクヤの問いにスカーレットは首を横へと振った。
「それは無いだろう。確かに残党だろうが、今更我がファミリーを狙ったところで再興など出来はしない」
「ならば何故………………いや、待てよ……」
何かを言いかけて直ぐに考え込むルキウス。
そして答え合わせをするかのようにスカーレットへとこのように訊ねた。
「もしや黒幕がいる、と……?」
その質問にスカーレットは頷いて肯定した。
「今のレガロには再興出来るほどの力は無い……であれば可能性としては我々に敵対している組織が裏にいて、レガロの残党を唆したのだろう。どうせ娘を誘拐すれば再興を手伝ってやろうなどと言われたのだろうな」
「ふん……いつの世も、そう宣う輩が約束を守った試しなど無いというのにな」
「そんな口約束をしてでも再興したかったのだろう。ルキウス、とりあえずレガロの残党がまだいる可能性を考慮し、警戒レベルを引き上げておけ。不審な者が見受けられた場合は拘束しても構わん」
「かしこまりました」
「それでは報告は以上かな?」
スカーレットが最後にそう訊ねた時、何故かルキウスとサクヤが顔を見合わせて何やら神妙そうな顔をしていた。
「まだ何かあるのか?」
「一つだけ……リドの事に関してです」
「リドの?」
リドラに関する報告があると言われたスカーレットは焦燥の表情となる。
自身の娘を二度も救ってくれた恩人であるリドラは、スカーレットにとって息子同然のような存在であった。
そんな彼の事に関するとあって、彼女は悪い報せなのかと不安を抱いたのである。
しかしルキウス達からの報告は悪い報せなどではなかった。
ルキウスはスカーレットの前でサクヤにアイコンタクトを取ると、それを受けたサクヤが徐ろに部屋を出ていく。
そして暫くして一人の男性を連れて部屋へと戻ってくる。
その人物はスカーレットが見知った顔であった。
「久しぶりだな〝バレット〟」
「お久しぶりです姐さん。いえ、今はボスって呼んだ方がいいんですかね?」
「別に構わないよ。お前は今でも私の舎弟だと思っているしな」
バレット……バレット・ウィンチェスター────
かつてスカーレットの父親がボスであった頃のレオニードファミリーの幹部の一人で、射撃を最も得意としていた人物。
マフィア社会にて〝鷹の目〟の異名で知られており、他のマフィアから〝一度でも狙われれば逃げることは出来ないと〟恐れられていた。
そんなバレットは恭しくスカーレットへと頭を下げる。
「しかし……突然、旅に出ると言い出してファミリーを出たお前が、まさかこんな所にいたとは思わなかったよ」
「いえ、旅に出ていたのは事実なんですがね。その途中でルキウスの旦那から手紙が届いたんですよ。そんで今は若に銃を教えてる身でして……」
「なるほど、リドの銃の師匠というわけか!それで、もう一つの報告とやらはバレットが関連しているのかい?」
スカーレットがルキウスに顔を向けてそう訊ねると、ルキウスは大きく頷いてそれを肯定した。
「それでどうだったバレット?」
「へい、確かに若の言う通り丘の付近の茂みに一人おりやした。まぁ生きてはなかったんですがね」
「まさかリドが?」
「その可能性が高いとみて間違いなさそうですわ。なにせそいつの眉間にゃ小石がめり込んでましたからね。いやぁ、それを見た時にゃ、あっしは思わず腰を抜かしそうになりやした」
「小石?いったい何の話だ?」
「ボス、実はリドが運び込まれた時、彼は茂みに誰かいたのに気づいて小石を投げたそうなのですよ。命中したとも言っていたのでサクヤが捕らえた者達を確認したのですが、そのような者は見られなかったので、もしやと思いバレットに向かわせてたのです」
「しかし小石がめり込むなどと……そんな事が有り得るのか?」
「どうやら我が愛弟子リドラは無意識に〝強化魔法〟を使用したのではないかと推察する」
サクヤが会話に混ざり、そのような考察を述べた。
「リドラは未だ幼く、自らの力のその大半を自覚しておりませぬ。故に無意識下にて身体強化を発動し、それにより投げた小石がめり込むといった結果を生んだと見た方が筋が通りまする」
「しかし、あんなにも綺麗に眉間に当たるもんなんですかね?」
「〝当て勘〟に優れておるのだろう」
「「「アテカン?」」」
サクヤの言葉に三人の声が重なった。
それを見たサクヤは咳払いをしてから三人に分かりやすいように説明する。
「コホン……〝当て勘〟というのは、自身が狙った箇所に必ず命中させる事が出来る、いわば才能とも言うべきものにございまするな」
「つまり姿が見えてないレガロの残党の眉間に、その〝アテカン〟ってやつで見事に小石を命中させたって事ですかい?」
「私は度々、リドラと剣を合わせている時それを強く感じていた。まぁ、確信できたのはバレットの話を聞いた時だったがな」
一連の話に、スカーレットとルキウスはゴクリと唾を飲み込んだ。
ルキウスに至っては、まさか養子として引き取った子供にそのような才能があったと知って鳥肌が立っていたくらいである。
「とは言っても未だ未熟な子供……これからの成長に大いに期待するばかりだな」
「師匠として腕がなりますなぁ」
サクヤとバレットは実に愉快そうにそう話している。
その傍らでルキウスは一人、顎に手を当てて深く考え込むのであった。
「まぁリドに関してはサクヤ達に任せることにしよう。では先程も言った通り、暫くの間は警戒レベルを引き上げ、他からの襲撃に備えておくように。私は今日のところはロゼを連れて帰ることにする」
「お忙しいところ来て頂き誠にありがとうございました。誰か、直ぐに表に車を回すように伝えろ!」
これにて四人による密談はひとまずは終わりを迎えた。
しかしリドラの本当の実力が判明するのは暫く先の話であり、その実力に四人が更に驚愕することを、この時の彼女達は知る由もなかった。