フラフラ騎士は沫雪に追い込まれる
数有る素敵なお話の内からお読み頂き有り難う御座います。
https://ncode.syosetu.com/n6970hm/に続きを…と有り難くも仰って頂きました。
ご期待に添えるかは分かりませんが良しなに。
フラフラ騎士と声の怖い辺境伯令嬢のラブコメにワケアリ令息が絡んできます。
最近、チョロつく人影がラフリードの周りを彷徨き始めた。
コッソリとしているかと思いきや、2日目で大胆になり、3日目には目の前を遮るように、ピンクっぽい光沢の割に金髪っぽい……説明しづらい色の頭がウロチョロと立ちはだかって来た。
髪の色は兎に角、行動も怪しい。それに、有り体に言って、邪魔だ。
「フラフラ君だよなー?」
「……ラフリード・フラートで御座います」
この科白は何回目だろうか。ラフリードは苛ついていた。
騎士にしては華奢、文官にしてはデカい骨格の青年がこちらの進路を塞いでいる。
先程から、この青年は進路を変えても足元を気にしても、どう避けても避けても邪魔してくるのだ。
子供かバカ野郎が。と、かなりの苛つきを覚えたが、怒鳴るには服装が豪華でどう見ても堪えて何か?と聞く。
すると相手は綺麗な顔を崩して、ゲラゲラ笑い出した。
「知ってるー!ウケるー!
近衛騎士団長の渾名と並んで『フラフラグラグラの双璧』って言われてんだっけ!」
「その渾名は存じておりますが、近衛騎士団長殿と双璧を為した覚えは有りません」
そしてこの科白である。しかも話が碌でもない。
……グラン・ラグラドーム近衛騎士団長の事を持ち出してくるとは、かなり心外だった。
あの男は、騎士学生時代から現在進行形で本気の遊び人だ。自分とは違う。と、ラフリードは奥歯を噛み締めた。
しかし、地味に騎士学校の同級生なのも相俟って、勝手にコンビ化されているのは事実だった。
「アレだろ、百人切り的な」
「彼の事情は知りませんが、私にそんな経験も過去も有りません」
ラフリードは、かなり心外だった。大して仲良くも無い上に、あの取っ替え引っ替え色魔よりはマシで真面目な素行なのに。
と、過去の……少しばかり他人より遊んだ事は棚上げし、ラフリードの眉間は益々深く皺を刻んだ。
「またまたー!」
と言うか、こいつは誰だろう。全く記憶に無い。
不審な目で青年を見やると、美しい顔をニヘラと崩す。変わった目の色だった。黄色のような、赤のような、茶色のような……まるで宝石の遊色効果のようにチラチラと色が変わっていく。
だが、持ち主が苛つくので特に見ていて楽しいこともない。
言い返してもスカッと出来なさそうなので黙っていると、青年は首を傾げた。
「ありゃん?オレ様のこと知らねーの?ステファノ・マゴットー!」
「は?……かんっ……」
まさかの、王家の血を引く美貌を持つ『甘露姫』だったとは。
ゴールドピンクだか、ストロベリーピンクだか褒め称えられていたよく分からない色の髪に、飴掛け細工のように複雑に光る瞳。
……この、青年が……。
成程、顔が綺麗な筈だとラフリードは納得した。
先日、辺境伯令嬢から聞いた噂と、顔が綺麗な事しか知らないのだが。
「その渾名知ってんの?つか、ソレ付けた子を探しててさ。小さい頃、まるであなたの瞳は甘露の姫のようねって言われてなー」
そんなエピソードをラフリードが知る訳が無い。
今すぐ邪険に追い払いたくて仕方ないが、彼は仮にも高位貴族だ。
「まー?褒められて悪い気はしねーけど、其処らに言われると安っぽいよなー」
公爵令息ステファノは美しい顔を憂いに染める一方で、此方の葛藤と苛つきには全く気付いていない。
態とかも知れない?いや、態とだろう。器用にも、チラチラとガン見されているから顔色は見て取れる筈だ。
「丁度あんたみたいな明るい茶色の髪に、靄が宿る紫の目のレディの話したくてなー。
そーだな。抱き付くと、歳の割におっぱいがデカかった。今、育ってんだろーな。どーよ?」
下世話になってきた話に、ラフリードは固まった。
その特徴を持つのはただひとり。
その存在を……彼からしたら吹いて飛びそうな伯爵家の娘、十把一からげの女性を、彼のような高位貴族が……知る訳がない、筈なのに。
体が弱かった割には、気の強い……実の妹の顔が浮かんで止まない。
結構寒風吹きすさぶ中、嫌な汗が背中に吹き出してきた気がする。誤解で有って欲しい。何故、彼が妹を知っているのか意味不明だった。害がないなら別に知っていても良いが、嫌な予感しかしない。
「初恋は叶わないって言うけど、ツラい現実に悩み……幼い日の恋心にもう一度縋りたい乙女心も男心も、浪漫だよなぁ」
目の前の甘露姫は、華奢とは言え骨格からして男だ。それなのに、憂いを帯びた表情をしていると無駄に悲劇のヒロインっぽかった。
初対面でも分かる、滅茶苦茶丸分かりの作り物の佇まいなのだが。
顔が良いと人外めいて怖いな、とラフリードはゲンナリした。
「妹ちゃん、オレ様が縁談阻止した甲斐有って未婚だよな?オニーチャマ?」
現実逃避していたかったが、決定打が彼の口から飛び出した。
今となっては特に瑕疵も無い妹の縁談が何故か途中で潰える事に首を傾げていたが……。
オレ様が、縁談阻止した?と聞こえた。
たかが伯爵家の縁談等、軽く握り潰せる階級の者が……。
面識はない筈、なのに。
妹の、フワーシー・フラートが、狙われている!?慌ててラフリードは断りの文句を頭の中で組み立てた。
「マゴット様とは身分が違いますし、妹は歳がとし」
「オレ様、歳・上!だあーい好っき」
星や花が飛びそうな美しいウィンクをバチり、とキメてポーズまで取られて、断り文句を遮られてしまった。
成程、彼こそが……この前ラフリードを惑わせたゲルティールが嫌って止まない、ステファノ・マゴット。
成程、これは嫌う筈だ。
現に、ラフリードも結構嫌いになってきた。
「性悪ゲルテが目を付けた事故物件、アンタだろ?
オレ様にも隠し物件の妹ちゃん、チョーダイ?」
事故物件と隠し物件にとことん突っ込みたかったが、妹の危機の方が先だった。
チョーダイ、ではない。
この短い間で解った彼の素行からして、嫁がせるなんてとんでもない。幾ら玉の輿でも、迂闊に乗ったら炎上しそうだ。
「お戯れを。妹は物品では御座いませんので」
「失せろ!天災系虫狂いが!!ラフリード様によくも絡んだものだ許さん!!」
「え?」
断ろうとしたら、地獄から聞こえてきそうな罵り声が下から響いた。
「げ、天災系粘着ネバ女」
「この心優しき私に暴言と文句を?
貴方のボケお父様に、全ての費用及び利子耳を揃えて返済させてから仰いませ……」
『天災系』を付けるのが最近の若者の間で流行っているのだろうか。と、ラフリードは意味不明が過ぎて、頭が混乱してきた。
だが、派手な衣擦れの音がしたので慌てて下を見ると、世にも美しい令息と令嬢が、互いの胸ぐらを掴み合い、メンチを切り合っている。
と言うかちょっと……本気の蹴り合いが発生していた。
「おおおおおお止めください!!」
慌ててふたりを引き離すと、ゲルティールはラフリードの胸に倒れ込んでしまう。
「きゃっ!ごめんなさい!」
「す、すみません!」
「いえ、逞しいんですのね……。ドキドキしますわ」
「え」
ラフリードの腕に当てられていたゲルティールの細い指は恥じらうかのように、そっと胸に移動した。
ふわりと香る、知らない甘さに脳をやられそうで、身を引こうとすると、余計に寄り添われる。
その俊敏さに、ラフリードはちょっと引いた。
「え、何今の地獄の生き物の首絞めたみたいな鳴き声?……キッショく悪ー……。
間違いなく、痴女……!」
「黙れセクハラ虫狂い野郎が!貴様を絞めますわよ」
「落ち着いてください!!」
「お前みたいな性悪だけ抜け出そーなんて甘いんだよ!!オレ様にもマトモで巨乳でカワイイ癒し系歳上を寄越せ!!」
「……あの、そろそろ職務に戻りたいのですが」
どんどんヒートアップしてきたので、双方を剥がすと、美青年は口を尖らせ、美女はしなだれ掛かってくる。
通行人(侍女や騎士)はそんな変わったサンドイッチ具合をジロジロ見ていた。
明日の通勤が……いや、新聞が怖い。さっき、ペンを走らせている男が居たような気がする。
「お仕事を頑張ってくださいませね。未来の妻としてお支え致しますわ」
「いえ、ですから」
「フラート伯爵様から釣書は届きましたもの。とっても、喜んでおいででしたわ。頂いた肖像画は額装屋を呼んで早速飾ってありますのよ」
実家に釣書を出せと言った覚えはない。肖像画なんてここ最近描かせても居ない。
何故だ。
この前の騒動から、1週間と経っていないのに。
「あ、釣書か。オレ様も出しとこ。フラート伯爵って、今どこ?領地?」
「まあ、知らない公爵家からの釣書ですって?パワハラでビビられてフラレてしまうわね、ほほほほほ」
「本性出てんな、フラレろ」
えげつないのに気に入られてしまったようだ。
ラフリードは膝の力が抜けて、思わずたたらを踏んだ。
「あ、フラフラ騎士の本領発揮」
取り敢えずこの目の前の青年はとても気に食わない。妹を何処で見初めたんだか知らないが許せない。それだけは確実だった。
「そうだわ、ラフリード様。私の差し上げた沫雪草を騎士団のお部屋に飾ってくださったのですってね。愛を感じましたわ」
「何故ご存知なのですか……」
持って帰るにもどうしようもないので、花瓶を探して水を変えていただけなのだが……何故知れているのか。
関係者以外立入禁止の場所の筈なのに、恐ろしすぎる。
「げ、ネバ地獄なんて贈りやがったのか、イカれ女」
「ネバ地獄!?沫雪草ですよね?」
何だそのネーミングは、とラフリードは戦いた。滅茶苦茶嫌な予感しかしない。
「軍人の割に知らねーの!?あれ、そんなローカル草か?いやでも王宮に生えてたよな?どゆことだ」
「そ、それも問題ですがどういう事ですか、ステファノ殿!」
「毟ってその辺にばら蒔いとくと、遠征荷物込みでフル装備のデケー騎士でも動けねえ代物」
「……それでは、若い牛位の重さになりますが?」
「剥がすには、辺境伯領特製の激マズ汁を」
「……お待ちください、それは辺境伯家の軍需機密なのでは」
「うふふふふ、あ、これは今日のお花ですわ」
「げぇ……」
聞きたくない。そんな事を知っては、辺境伯領へ行かねばならぬのでは。
反射的に受け取ってしまった沫雪草が禍々しく見える。ゲルティールは何処から出したのだろうか。
「いや受け取るなよ、律儀か」
「誠実な事故物件なんですのよね?其処の崩壊間近のクズい物件と違って」
「新築苦情無しだっつーの!」
ステファノは美しい茶色が揺らめく目を瞬かせ、ゲルティールへ舌を出している。
……いや、本当に何故だ。何故こんなことになったのだろう。今にもまた蹴り合いそうなふたりを離してラフリードは天を仰いだ。
「花言葉は、『あなたにぴっとり!離れない!』ですわ!」
「……いや本当に、どうして私を。仰せの通り、少しばかり事故物件なので諦めて」
「思い出さなくても、好きですわっ!ネタバレは我が領地で!」
「続きは明日の新聞で!みたいな悪徳商法過ぎでは……」
「言うねえ、フラフラ騎士!」
「そもそも私は嫡男のような立場ですし」
「オレ様が継いでやんよー」
「本当にやめてください!」
「……昔のまんまだな」
「ねえ」
「その昔の知り合いムーブも心当たりが無いので、本当に諦めて頂けませんか?」
「まあ酷い。私の想いを分かってくださらないなんて!」
頬を膨らまされたが、ラフリードだって引けない。大体忙しさは少しマシになったものの、何があるか分からない。
「良いですかゲルティール嬢」
「良いお返事が届くまで沫雪草を贈りますわね」
「逆では……」
それから本当に沫雪草が届きまくり、外堀がガンガン埋まっていくのだった。
知り合いムーブが効かないパターン、あまり見ませんね……。お読み頂き有り難う御座いました。