がけっぷち生徒会〜伝説の生徒会長現る〜]
私立崖淵が丘学園の校庭が夕暮れに染まろうとしている時、俺は生徒会室のみかん箱の中で考えを巡らせていた。
「どうすれば支持率が上がるだろうか……」
俺は思わず独り言をもらすほどに悩んでいた。数日前の生徒会総出のティッシュ配り作戦が失敗に終わり俺は更に追い詰められていた。次の定期支持率調査で支持率が20%以下になると俺は生徒会長の座から降りなければならないからだ。俺は中々良い案が思い浮かばず最終手段として一番落ち着くみかん箱の中で考えていた。
「雷電会長お願いですからみかん箱に入るのだけは止めていただけませんか? 会長は困らないでしょうがこの姿を他の人間に見られますと生徒会の品位が疑われますので」
抑揚の無い冷たい声で来栖恵梨香はパソコンで生徒会の書類作成をしながら俺にそんなことを言い出してきた。夕焼けで来栖君の眼鏡のフレームが輝き、俺を威圧してきた。
「来栖君。何もいいアイデアが浮かばないのだが良いアイデアがないだろうか」
「私に聞かれても困ります。ご自分でお考えください」
そう言って来栖君は再びデスクワークに戻った。いくぶんか来栖君の背中が遠く見えるような気がした。相変わらずの冷たさに俺は思わず涙が零れそうになった。見てろよ。必ず良いアイデアをひねり出してやるからな。
何か考える助けにならないかと俺は生徒会室の中を見回した。部屋には椅子と机、それと書類を入れる書棚、ホワイトボードに来栖君の使っているパソコンくらいのもので余計なものは何もない。再び部屋を見ると小さな額縁に入った写真が見えた。この生徒会室には歴代の生徒会の集合写真が飾ってある。生徒会を引退する時に記念に皆で写真を撮るのがこの学園では恒例になっている。その写真が生徒会に飾られていた。昔の先輩なので知っている顔はいない。
しかし、その中で俺は知っている顔を見つけた。俺の兄、貴雷電桐生だ。俺の兄貴は昔、生徒会長をしていた。それも絶大な人気の生徒会長で今では伝説の生徒会長としてこの学園の生きた伝説となっている。兄貴はそのルックスと実行能力で常に支持率80%以上を維持したまま引退した。卒業後はそれほど有名では無いが役者をやっていてCDも出している。俺が生徒会長になり、支持率86.5%たたき出した理由もここにあった。伝説の生徒会長の弟ということで俺は生徒会長に担ぎ出されたのだった。
「そうだ!」
俺は思わずみかん箱から飛び上がった。来栖君が冷たい目線をくれるのを無視して自分専用の机に座って思いついたアイデアを紙に書いた。
『兄貴をこの学園に呼ぼう』
伝説の生徒会長にして役者をやっている兄貴を呼べば俺の支持率がアップするに違いない。俺は直ちに生徒会員を招集させてこの計画を実行に移すことにした。
「次なる作戦が決定した。俺の兄貴の講演会を開くことにした。拒否権は無いからな。さあ準備に取り掛かるぞ」
「ずいぶんと露骨な手段を使われるのですね」
生徒会副会長の千上真布留通称マーブルが口を挟んできた。彼はいつものように自慢の茶髪を払い俺に敵対的な視線を寄越してきた。
「黙れ! 手伝う気が無いのなら出て行くんだな。後でどうなっても俺は知らんがな」
「ぐ。まあ精々足掻くがいいですね。あなたがどうしようと来月には私が生徒会長です。では私は今から選挙に準備で忙しいので。ではまた」
そう言って生徒会室から出て行った。なんてむかつくやつだ。くそ。覚えてろ。後でお前の弁当の箸を一本盗んでやるからな。
「かいちょうさんわたしもせいいっぱいおてつだいしますね。がんばりましょう」
俺がハンカチをかみ締めて悔しがっていると生徒会の良心である書記の江左エサ子通称えさえさが小さなな体を元気いっぱいに動かして俺を励ましてくれた。
「ああ。頼む。それでこれをお願いしたいのだがごにょごにょ」
「はい。はい。はい。おっけーです。らくしょうですよ」
俺は講演会を早期開催させるために情報工作や段取りなどをえさえさに任せることにした。
「お前ら覚えておけ! 勝てば官軍。負ければ賊軍だ。どんなに正々堂々とやろうとも負ければ意味ないのだ。どんな手を使ってでも俺たちは支持率を獲得しなければならない。いいな!」
それから俺たちは各自分担して講演会の準備に奔走した。俺は兄貴を呼ぶことに全力を傾け、来栖君は体育館を借りたり、先生の許可取などの実務的なことをやってもらった。えさえさには新聞部などを配下に収めるために色々とやってもらった。
その結果、なんとか講演会が実現することができた。
『伝説の生徒会長来る』
というキャッチフレーズの下、生徒会主催、新聞部、放送部協賛という形で兄貴の講演会が開催されることになった。放送委員会に会場のセッティングをやらせて司会進行は新聞部にやらせることになった。ありがとう。えさえさ助かったよ。
それで俺はというと伝説の生徒会長で俺の兄貴の雷電桐生に最後のお願いをしに控え室に行っていた。
「兄貴。今日は俺の良い所をバンバン言って欲しい。頼む」
「悪いが雷太。俺は嘘を吐くことができない。正直お前のいいところはそのルックスだけだ。すまん。許せ」
俺の兄貴の桐生は高そうなスーツに身を包んで俺に侘びをいれた。こうしてみると俺は兄貴と兄弟ということが疑わしくなってきてしまう。学校を卒業して役者になってから一人暮らしを始めた兄貴は殆ど家に帰らないので俺も会うのが久しぶりだ。会うたびに変貌していくので兄弟なのだが有名人オーラを露骨に発散している兄貴は別な人間になったんじゃないかと思ってしまう。
「分かった。それなら仕方がない。じゃあよろしく頼む」
「すまんな。できる限りはするつもりだ」
「会場10分前です。雷電さん準備してください」
運営をやっている新聞部が呼びに来た。どうやらそろそろ始まるらしい。俺は兄貴に一礼して控え室から出た。俺は生徒会員用の特別席に着き、この講演会を見守ることにした。兄貴頼んだぞ。
「えさえさ。あれはばっちりだよな?」
「はい。ばっちりですよ。えさえさにぬかりはありませんよ」
「OKだ。さすがえさえさ」
そう言って俺はえさえさの頭を撫でてやった。エサエサは嬉しそうに笑みを浮かべた。そうしているうちについに講演会が始まった。講演会だが2部構成になっていて第1部はライブパートで第2部がトークパートになっている。体育館に大音量の音楽が掛かり、その音楽と共に兄貴が出てきた。スーツにサングラスでとても舞台に映えていた。歌う曲は兄貴の持ち歌の「黄昏ディスタンス」だ。
作詞 KJI
作曲 弾打弾
歌 雷電桐生
黄昏で僕と彼女が歩き出す。
僕はもう彼女の手は取れはしないだろう。
僕は最後に言うだろうこれが最後だと
黄昏ディスタンス
太陽が沈み始める
この太陽が沈めば終わりだ。
なぜこの距離は縮まないのだろうか
僕たちの距離は再び開き始める
僕は再び言うだろうまた明日と
黄昏ディスタンス
太陽が再び昇り始める
この太陽が昇れば僕は新たな人間だ
黄昏ディスタンス
太陽が輝き始める
始めよう新たに
この太陽は僕の味方だ。
演奏が終わり、会場は異様な盛り上がりを見せた。正直あまり売れなかった曲だったがオーディエンスはどうやら有名人が歌を歌っているならなんでもいいらしい。
その後のトークパートでは新聞部の部長の進行の下、生徒会長の俺と兄貴とでトークが繰り広げられることになった。大体の流れとしては学院の生徒会長をしていた時のこと、卒業後の苦労話などを兄貴が語った。その後に俺がえさえさにお願いしていた今回の進行の台本に家族に関してとりわけ弟である俺のことに関しての質問を入れるようにとのことをお願いしていた。
「それで家族のことをお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ。いいですよ。なんでもお聞きください」
微かな動きだったが俺には兄貴の右眉がピクッと動いたのを見逃さなかった。これは兄貴のイライラ度のパラメーターだ。兄貴は昔から訓練して感情が余り表にでないようにしていて基本表情は常に微笑というスタイルを貫いていた。ただ、家族と一部の人間だけ知っているのだが兄貴は顔に出ない代わりに怒りが眉毛に出る。兄貴の怒りが増すごとに眉毛が揺れる回数が増え最終的には両眉が激しく揺れるのだ。そこまでは見たこと無いのだが聞いた話ではあれは夢に出てくるほど恐ろしい光景だという。今見た感じではマックスを10とすれば今兄貴の怒り度は2くらいもものだった。
進行の新聞部部長は何人家族なのかということや親父の仕事に関してなど当たり障りの無いことを聞いていた。俺は早く俺の話題にならないかと大分イライラしていた。そして、ようやく俺の話題に移った。
「それで弟さんについてお聞きしたいのですが、今こちらにいらっしゃいますが弟さんも生徒会長をしていらっしゃいますがこのことについてどうお考えでしょうか?」
「弟……。そうですね。初めに聞いた時には驚きましたが雷太は昔からやるときにはやるやつなので雷太ならなんとかできるだろうとは思っていましたよ」
俺は殆ど兄貴の話など耳に入らず兄貴の眉毛だけに集中して見ていた。今、弟の話題に触れられた瞬間に両眉で合計6回ほどピクついた。怒り度で言うと4くらいだろうか。
「弟さんは昔、どんなお子さんでしたか?」
「弟さんはお兄さんを尊敬しているとのことですがこれについてお兄さんはどうお考えですか?」
「弟さんは……」
新聞部部長の執拗なる俺についての質問に今や兄貴の眉毛は崩壊寸前だった。眉毛がピクピクというかガクガク揺れだして俺は冷や汗が止まらなかった。部長もその異変に頭では理解していないが本能的に危険を察知したらしく青い顔をしていた。しかし、えさえさのお願いが利いているらしく質問を止めようとしなかった。やがて終了時間が迫ってきたようで部長は最後の質問を兄貴に聞いた。これも俺のオーダーだった。
「最後になりますが今弟さんは生徒会長でかなり苦労しているようですが何かエールのようなものをいただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「え。ええ。そうですね。弟は本当に不器用なやつで何をやらせてもダメなやつだったけどとにかく一所懸命なやつなのでまあ生徒会長も一所懸命にやってほしいですね」
「ありがとうございました。今日はわざわざありがとうございました。それでは最後に盛大な拍手をお願いいたします。伝説の生徒会長雷電桐生さんでした!」
兄貴は部長と俺に握手をして舞台から降りた。兄貴は割れんばかりの拍手と「黄昏ディスタンス」のBGMをバックに生徒たちで作られた花道を通って体育館から消えて行った。ありがとう兄貴。俺は兄貴のエールに少し泣きそうになっていた。
次の日の放課後、俺は生徒会の公式HPを見ていた。生徒会のHPでは昨日の感想と現時点での支持率が出ていた。
「さあ。来栖君今の支持率は何%だ。はっきり言ってくれ」
「雷電会長……。驚きです。80.4%……ですよ」
「うお! マジか。うおしゃあああ」
思わず来栖君を押しのけてパソコン画面を見た。確かに80.4%だ。バグでも何でもないぞ。
「いや。まあまあかな。やっと相応の評価を得られたそれだけだ」
「かいちょうさん。すごいです〜」
「そんなに褒めるな。よし。せっかくだからなダルマに目を入れよう」
俺とえさえさでさっき買ってきたミニダルマに目を入れることにした。一回やってみたかったんだよな。これ。
「雷電会長。よくできた茶番でしたね」
「何が茶番だ。……おい。マーブルそれは何だ」
見るとマーブルのYシャツには兄貴のサインがしてあった。こいつサイン貰ってやがる。
「なんだその目は貴様の兄だということはさておいて伝説の生徒会長だと言うことには
違いない。我々の手本となる存在だ」
「それで思わずサインを貰ったのか!?」
「その通りだ。このサインが俺を次期会長へと導いてくれるだろう。桐生さん効果もおそらく今日限りだろうしな。くわっはははは」
そう言って生徒会室から出て行った。いったいあいつは生徒会に何をしに来ているのだろうか。
「それよりも来栖君。感想のメールを読んでくれないか。今回もいっぱい来ているのだろう?」
「ええ。いつもよりも多くのメールが寄せられていますよ」
そう言ってパソコンのマウスを操作してメールを読み上げてくれた。
「お兄さんかっこいいですね。カムカムカモンさんより」
「雷電桐生さんの後輩であることを誇りに思います。今日の講演会最高でした! ヨーロピアン大福さんより」
「雷電会長……もう少し頑張りましょうよ。フリードリヒ2世さんより」
全体的に今回の講演会を褒めるメールがかなり多かった。これは成功と言ってもいいだろう。これで俺は会長の座を守れると思った。
生徒会の仕事が終わって帰る所で掲示板の周りが人だかりになっていたのが見えた。どうやら新聞部の新聞が発行されたらしい。俺は隙間から新聞の記事を見た。
『伝説の生徒会長来る!
我々はその偉大さを肌で感じた―
なぜ同じ世代に生まれなかったのか
それに比べて今の生徒会長は……いやいやそんなことは言うまい
彼も精一杯頑張っているのだ』
なんだ。この遠まわしの俺の批判は精一杯フォローしている所が余計に惨めに思える。俺は新聞部にどうやら裏切られたらしい。俺に気づいた他の生徒は俺に「会長頑張りましょうね」「生きていればきっといいこともありますよ」などと言って去っていった。なんだか分からないが無性に泣きたくなった。
次の日の放課後、生徒会のHPを見ると支持率が20%を下回っていた。たぶん昨日の新聞が支持率下落に拍車を掛けたみたいだ。
「大衆は熱しやすく冷めやすいものです。あなたは所詮その程度なのですよ」
マーブルの一言が身に染みて俺はみかん箱の中で泣いた。まだ時間はあると自分に言い聞かせてその日は涙が枯れるまで泣いた。
最終投票日まで後 15日!
ご拝読ありがとうございました。
久しぶりにがけっぷち生徒会の続編を書いてみました。非常に書きやすかったので数時間ほどで書いてしまいました。雷電会長はこれからどうなるのか。次回がいつになるか分かりませんがよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。