兄弟
辺りが眩い光に包まれ、浮遊感に襲われる。
「クッ・・」
少しすると浮遊感の消失と共に暗闇の中へ着地した。
「ふぅ・・ここはどこだ?」
周囲を見渡すと遠くの一箇所だけが行燈の様に薄ぼんやりと灯る場所がある。
足元の見えない中、近づいてみるべく一歩踏み出してみる。
「落ちることはないのか」
歩いて行けることを確認し少し安堵した。
一歩一歩と灯の方へ進むと輪郭がはっきりし声をかけられ、灯の正体に気づいた。
「ここにお客さんなんて珍しいな、よく来たね、素戔嗚」
夜を統べる神、月の化身、月読命だ。
「これはこれは兄上ではございませんか!」
月詠が保食神を刺し殺した後、天照との関係が悪くなって以来容易に会える存在ではなくなっていた。
「ふむ、太陽の影響を多く受ける他の神々は来れないが神格も同格で海原の支配者である君ならここにいても影響を受けないのも納得といった所だけど・・・、一体どうしたのかな?」
高天原のことは伝わっていない様子で問いかける。
「姉上に面白おかしく楽しんでもらおうと思ったのですが上手くいかなかったようでお叱りを受けて飛ばされてしまったのです」
反省の色もなく自分の行いがさも正当であるかの様に言ってのける。
「そうかい、・・っとちょっと待ってね」
相槌を打つと月詠の手の上に巻物が出現する。
「ふむふむ、そう言う事か」
巻物には高天原での所業が書き連ねてあり、なんとかならないものかと言う内容だった。
「ちょうど姉上から文書が届いたよ、ここには君のことは僕に任せると書いてあるね」
「そうでございますか・・・、兄上、我はどうなるのでございましょうか?」
「姉上は君のことを嫌いになったわけじゃないみたいだし、君の姉上への愛情も良く分かっているよ」
少し考え言葉を紡ぐ。
「このまま返すわけにも行かないし君には試練を与えよう」
「ほぉ、試練でございますか」
「うん、ちょうど実験途中の世界があるんだ、君にはそこに一人の人間としていって貰うことにした」
「人間でございますか!?」
「そう、神ではなく、地上で母上の制約を受けた造形物と同じ人間だね」
「何故人間にならねばならないのでございましょうか?」
「君は強すぎる力に影響されすぎている、だから君の力を制限して強さとは何か、優しさとは何かを学ぶといい」
そう言うと月詠の少し上に浮いていた満月が欠け、上弦の三日月となり、素戔嗚の胸へと刺さった。
「ぐっ・・、っと痛くない?」
胸へと刺さった三日月は溶け込むように胸の中へ吸い込まれた。
すると大柄で筋骨隆々だった体は細身で華奢な中性的な体つきへ縮み、蒼色だった神は黒く染まり、元の力強さは見る影も無くなった。
「これで良しと、最後の忠告になるけど、これからいく世界は今の君より強い生物だらけなんだ、実験段階の世界だから死ぬと戻ってこれない可能性もあるからくれぐれも死んだりしないように頑張って生きてね」
「なんと御無体な!」
「まぁ生き残ってまた会えることを楽しみにしているよ、それじゃ楽しんでおいで」
そう言い残し柏手を打つと素戔嗚が消える。
「これで楽しみが増えたし少しの間は退屈しなくてすみそうかな・・」