姉弟
駆ける足音が遠くから聞こえる。
足音が少しづつ近いづいて来ると勢いよく扉が開いた。
「またでございます!」
威勢よく駆け込んでくると全身白一色の羽織袴姿の男が跪いてそう声を挙げる。
「はぁ・・・全く、あの愚弟は・・・」
高座より呆れたような声を漏らし、窓の外を眺めた。
「あの阿呆は私が丹精込めて育てた田畑を荒らし、私の部屋に排泄物を撒き散らしたとしても許してやったというのにもかかわらず次は何をしでかしたのだ」
苛立ちを含んだ声で尋ねる。
「なぜだかわかりませんが馬の皮を剥ぎ始めました!」
と言い切ると同時に窓の外で大きな物が射す日を遮った。
ガシャンという物音と共にガラス窓は粉々に砕け散り、巨大な物体と共に高座へと降り注いでくる。
しかし高座には届かない。
否、届く前に燃え尽きたのだ。
「・・・」
跪いた男は動くことができない。
なぜならばそこに怒気を含んだ熱が動くもの全てを焼き尽くさんと漂っていたからだ。
「素戔嗚!!」
熱波を周囲に撒き散らしながら怒号をあげた。
扉が吹き飛ぶと着崩し上着は腰の位置まで縦さがり膝まで捲し上げた袴姿の筋骨隆々とした大男がいた。
「おぉ、姉上!どうであったか!」
騒動の張本人、三貴子の一柱、素戔嗚尊がそこにいた。
「どうも何もないわ!この戯けが!」
怒気を荒げ叱責するこの方こそ、高天原の主、八百万の神々の中心である天照大神だ。
「お前はいつもいつも騒ぎを起こして、何がしたいのだ!」
「姉上は分かっておられぬ、この高天原は安穏としすぎておる、だからこうやって面白おかしくしているのではないか」
「分かっておらんのはお主の方じゃ!一度ならず二度三度と繰り返す所業、もう我慢ならん、カケラも残さず燃やし尽くしてくれよう!」
天照大神の背にある日輪が輝きだす。
「やれやれ、姉上の癇癪もどうにかならんのだろうか」
一言呟くと片手を突き出し胸の前で縁を描く。
するとそこから天照を覆い隠すように大量の水が噴出する。
熱と水が鬩ぎ合い両者の中央にて拮抗し空中で水が消えて無くなり続ける光景がそこにあった。
「姉上、このまま続けていても無駄でございます、我は海原の支配者、姉上は太陽の化身、力は対等にてございますれば、勝敗など着くはずもありましょうか?」
すると日輪の輝きが収ったので、水を噴射するのを止める。
「はぁ、分かっておるわ」
「なぜ父上は此奴を私の元へ送ったのだろうか、支配できなければ面倒ごとが増えるだけだというのに・・・」
「何をおっしゃるか!私は姉上を敬ってございます」
「であればもう少しだけでもいいから大人しくできんのか」
「それは無理なご相談にございます、我は姉上に楽しんでもらうための試行錯誤は怠れません故」
「大君、奏上仕りたき儀がございます」
天照大神と素戔嗚尊の争いを傍でじっと見守っていた男が提案した。
「大君と素戔嗚様は対等な関係にあります」
「そうじゃが?」
「であれば月詠様を頼るのはいかがでございましょうか?彼のお方でありますれば良きに計らえましょう」
「それは名案じゃな、奴の権能であればそれもできよう、すぐに此奴を飛ばせ」
「仰せのままに」
すると素戔嗚の足元に円陣が広がる。
「おい!何を勝手に進めてやがる!」
陣の中から出ようとするが見えない何かに阻まれる。
「素戔嗚!おぬしの事は月詠に任せることにした、所業も伝えてある故、しっかり絞られてこい」
「姉上ぇぇぇ」
陣の輝きと共に光となって消えた。
「弟よ・・・」
子の未来を憂う母親のような表情でそう呟いた。