2 緊急ミーティング
「第一回!文芸部の緊急ミーティングを行います!」
いつもの文芸部の部室(いかがわしい本がぎっしり詰まった本棚と、格闘技系の本がギッチリ詰まった本棚と、スポーツジムにありそうなトレーニング用具やテレビゲームが置かれた、ここは一体何部ですか?という有様の部屋)に戻ってきた私は、部室にあるホワイトボードの前に立ち、声高らかに宣言した。
その私の目の前に、パイプ椅子に座る女子生徒が二人。そのうちの一人はトウ子。
髪はロングで金々(きんきん)の髪々(ぱつぱつ)(物凄い金髪という意味)で、それをヘアーアイロンで盛り盛りのクルクルにし、元の顔が全く分からないほどにガッツリメイクを施し、耳にはキンキラキンのピアスをして、指先にはド派手なネイル。
その姿を一言で表すなら、キャバクラ嬢である。
トウ子は目鼻立ちのハッキリした美人で、スタイルも抜群なので、実際にキャバクラで働いていると言われても何ら驚かない。
先生達もその校則違反を突き抜けたトウ子のヘアスタイルやメイクのクオリティーにむしろ感心すらしていて、注意される事はない。
そんなカリスマキャバ嬢女子高生(実際にキャバ嬢という訳ではないけど)のトウ子が、どうして私みたいな妄想ネクラ女子の居る文芸部に所属しているのかというと、彼女も中身は私と大して変わらない、いや、むしろ私よりもひどい妄想ネクラ女子だからである。
彼女は生まれつき極度の人見知りだったようで、中学までは友達もロクにできず、私と同じようなグルグル眼鏡をかけ、バッサバサの髪を無理矢理左右に分けてしばるだけのような
『ザ・イケてない女子の日本代表』
のような存在だったらしい。
それを見かねた五歳年上のお姉さん(こちらは本物のキャバ嬢だそうだ)がこれではいけないと一念発起。
自分の持つメイク技術を総動員し、中学卒業とともに、トウ子をまるで別人の、イケてる女子高生に生まれ変わらせた。
が、その趣向がお姉さんのキャバ嬢路線を色濃く反映させたものだったため、トウ子は高校デビューとともに、キャバ嬢としてもデビューしたみたいな感じになってしまった。
しかもそのキャバ嬢メイクが見事にドハマりしてしまった為、
『私達とは生きる世界が違う』
と周りの女子達に誤解され、トウ子には同性の友達ができず、
『どうせ何人もの男をハベらせているんだろう』
と周りの男子達に誤解されたトウ子に言い寄る男もおらず、結局トウ子は高校に上がっても、友達の居ない妄想ネクラ女子のままだった。
ただ、エロい事に対する興味は人一倍、いや、人百倍くらい成長しているようで、そっち系の小説や漫画や写真集を部室で読みふけっては、その妄想を自分の頭の中でモンモンと膨らませているのだった。
その様子はただの変態エロ親父と何ら変わりはなく、そんな変態妹の為に精一杯努力したであろうお姉さんを思うと、私は何とも悲しい気持ちにさいなまれるのだった。
そのトウ子がこの文芸部に入部する事に決めたキッカケは、
『ヒロミちゃんは、私と通じるものがある』
と、直感したからだそうだ。
通じてねぇよ。
と、よっぽど言いたかったけど、部員を確保する為、私は渋々(しぶしぶ)その言葉を飲みこみ、彼女の入部を許可した。
ちなみにクラスメイトや文芸部の外の人間は、私がトウ子の子分で、色々コキ使われたりヘコヘコしたりしていると思っているようだが、この部における私とトウ子の関係は、むしろその真逆である。
私がトウ子を色々コキ使い(コキ使うと言うより、説教する事が多い)、トウ子の方が私にやたらとまとわりついて来るのだ。
世間の認識と現実が真反対という事はよくある事だし、それをあちこちに説明して回るのも面倒なので(どうせ誰も信じないし)そのままにしているけど、私とトウ子の関係は、そんな感じで何とも奇妙なのである。
そのトウ子は、私の言葉にのんきな様子でパチパチと拍手を返す。
トウ子はこの状況の深刻さが本当に分かっているんだろうか?
いや、分かってない。絶対に分かってない。
そんな中もう一人の女子生徒がガバッっとパイプ椅子から立ち上がり、やけに熱いテンションで口を開いた。
「部長っ!自分、さっきの部長の雄姿に感動したッス!生徒会室に一人で乗り込んで、あの凶悪凶暴の生徒会長に、堂々とモノ申すなんて!」
彼女はアカネ。
耳が見えるくらいのショートカットで、背が高くて細身で、トウ子とは違う意味で抜群のスタイルをしている。
そしてメイクは一切しないながらも目元は切れ長でカッコよく、鼻筋はシュッとし、宝塚で男役なんかをやった日にゃあ、ファンのマダム達のハートを鷲掴みにする事は間違いない。
そんな彼女を一言で表現するなら、『白馬に乗った王子様』である。
その証拠にアカネは男子よりも女子によくモテて、そのせいか、普通の女子の友達は一人も居ない。
そしてさっきもチラッと言ったけど、彼女はとある古武術の正統な後継者で、その腕前は師範代を務めるほど。
しかも噂によると、アカネはこの学校の空手部や柔道部といった格闘系の部活に道場破りに乗り込み、それぞれの部の最強といわれる部員を打ち負かしてしまったらしい。
それほど腕っ節も強いので、彼女に言い寄って来る男なぞ一人もおらず、トウ子とは違う意味で、アカネはこの学校で浮いた存在なのだった。
そんなアカネがどうして私みたいな何の取り柄もないゴミクズ同然の人間が部長を務める文芸部に入ったのかと言うと、アカネいわく
『武芸部と思って入部したら文芸部だった』
との事だった。
アカネはルックスも身体能力も群を抜いて優れているけど、オツムの方はあまりいいとは言えなかった。
天は二物を与える事もあるけど、三物目はロクな物を与えてくれないようだ。
ちなみにクラスメイトや文芸部以外の人間は、私がアカネの舎弟で、パシリに使われたり身の回りのお世話をしたりしていると思っているようだけど、実際のところは正反対で、アカネが私を勝手に『心の師匠』と仰ぎ、勝手に尊敬して、勝手につきまとってくるのだ。
トウ子もアカネもこの学校じゃあ指折りの人気者のはずなのに、どうして私のような箸にも棒にもツマヨウジにもかからないような人間と一緒に居るのか理解できない。
一緒に居ると、私の方が金魚のフンみたいに付きまとっているように見られても仕方ないと思う。
私だってそう思うし、この二人と一緒に居るのは、正直ツライ。
でも、この学校では最低三人部員が居ないと部活動や愛好会の活動ができない事になっているので、この二人を追い出す訳にもいかないのだ。
世の中は思い通りならない事だらけだ・・・・・・。
それはともかく、私はトウ子とアカネに言っておきたい事があったので、まずそれを言う事にした。
「感動してくれてる所悪いんだけど、私、別に好きで一人で生徒会室に乗り込んだ訳じゃないからね?あんた達が私一人を生徒会室に放り込んだんだからね?」
ちなみに私は他の人達の前ではロクに話す事ができないけど、トウ子とアカネに対しては普通に会話ができる。
その事だけが唯一この子達が一緒に居て良かったと思える事なのかもしれない。
そんな私の言葉に、トウ子とアカネはそれぞれこう返した。
「だってぇ、あの会長さんとっても怖いんだもん」
「そうそう、あの人に面と向かってモノ申せるのは、部長しか居ないッスよ!」
やっぱりそれが本音かよ。
まあいいけど。
私は大きくため息をつき、気を取り直して切り出した。
「もういいわ。それよりも、その天道院会長の計らいで、今度の文化祭までに私達三人が協力して一冊の小説を書き上げれば、この文芸部の廃部の話を撤回してくれる事になったわ。じゃあそれをどんな作品にするのか?三人それぞれひとつずつ作品を書くのか、それともひとつの作品を三人で書くか、それをまずは決めましょう」
私の言葉に、トウ子はすかさず右手を挙手して声高らかにこう言った。
「はいはいはい!ひとつの作品を三人で書くのがいいと思う!タイトルはもう考えてるの!
『散らされた団地妻の花弁』!これで決まり!」
「却下ぁっ!」
私がトウ子の申し出を〇・五秒以内に却下すると、トウ子は頬を膨らませながら不服そうな声を上げる。
「何でぇ?まだタイトルしか言ってないのにぃ」
「どうせエロい内容の小説でしょ!そんな作品を文化祭の場で発表できる訳無いでしょうが!」
私が怒りの声を上げていると、アカネが至って真剣な顔で口を挟む。
「団地妻がマズイなら、頑固親父にしたらどうッスか?
『ハゲ散らかされた頑固親父の頭頂部』」
「そんなモノを散らかして何が楽しいの⁉」
私は再び怒りの声を上げたが、トウ子とアカネは負けじと言い返す。
トウ子「それなら女子高生にしようよ。『散らかり放題の女子高生の部屋』」
私 「片付けろ!」
アカネ「未亡人ならどうッスか?『縮れた未亡人の鼻毛』」
私 「抜け!」
トウ子「『なかなか治らない目バチコ』」
私 「眼科に行け!」
アカネ「『全然下がらない尿酸値』」
私 「生活習慣を見直せ!っていうかあんた達真面目に小説を書く気あるの⁉
目バチコとか尿酸値とかの小説なんかダメに決まってるでしょうが!」
トウ子「えぇ~?エロい内容はダメだって言うから他のにしたのにぃ・・・・・・」
私 「エロくなければ何でもいいって訳じゃあないのよ!未亡人の鼻毛でどんな小説を書くって言うのよ⁉」
アカネ「大丈夫ッス!私達三人が力を合わせれば、どんな困難もきっと乗り越えられるッスよ!」
私 「力を合わせる方向性を間違ってるのよ!絶対ロクな小説にならないから!」
トウ子「じゃあタイトルはヒロミちゃんが考えてよぉ」
私 「どうせそうなると思って、もう考えてあるわよ。
タイトルは『騎士と姫様』。とある王国の騎士とお姫様の、許されない恋の物語のお話」
トウ子「それいいかも。『騎士と姫様。王宮にこだまするあえぎ声』」
私 「勝手に変な副題を付けないでくれる⁉王宮に何をこだまさせてんのよ⁉」
トウ子「淫猥な営みの声」
私 「やめなさい!言い方もやめなさい!」
アカネ「『騎士と姫様。覇王降臨編』」
私 「何か格闘少年漫画みたいになっとる!違うからね⁉これはラブロマンスだからね⁉」
アカネ「覇王は降臨しないッスか?」
私 「しないわよ!そういう話じゃないから!」
トウ子「わかったよぉ。それで、私達はどういう風にお話を作っていけばいいの?」
私 「お話には『起承転結』ってモノがあるでしょ?
『起』でお話の世界観や登場人物を説明して、
『承』でそのお話を進めて、
『転』でクライマックスがあって、
『結』でめでたくハッピーエンド。
私が『起』と『結』の部分を担当するから、『承』と『転』の部分を、トウ子とアカネにそれぞれ担当して欲しいの」
トウ子「なるほどぉ、じゃあ私が『淫』の部分を担当すればいいんだね?」
私 「『淫』の部分なんてねぇよ!何勝手にいかがわしい部分を作ってんの⁉」
トウ子「だって今ヒロミちゃんが、お話には『起承淫結』があるって言ったじゃない」
私 「起承転結って言ったのよ!『淫』はあんたの脳内に充満してるヤツでしょうが!
このお話はそういう要素は全くないから!
純粋なラブストーリだから!トウ子は『承』の部分を担当してちょうだい!」
トウ子「わかった~」
私 「本当に分かったんでしょね・・・・・・」
アカネ「じゃあ自分は『転生・鳳凰編』を担当すればいいッスね?」
私 「だから格闘少年漫画じゃねぇっつーの!起承転結の『転』はそういう意味じゃないからね⁉」
アカネ「えっ⁉鳳凰は転生しないんですか⁉死んでそのままですか⁉」
私 「死ぬも何も鳳凰自体が出てこないから!これ!そういうお話じゃ!ないから!」
アカネ「覇王も鳳凰も登場させないで、お話が成立するんスか?」
私 「するわよ!逆に覇王や鳳凰が出てくるお話の方が少ないわ!」
トウ子「じゃあヒロミちゃんがまず『起』の部分でお話の世界感と登場人物を説明して、
私が『承』の部分でそのお話を進めて、
アカネちゃんが『転』の部分でお話のクライマックスを描いて、
最後にまたヒロミちゃんが、『結』の部分でハッピーエンドにするって事だね?」
私 「そうそう!これなら三人でうまくひとつのお話を作る事ができると思うのよ!
私が最初にちゃんとお話の設定を作るから、トウ子はそれを崩さないようにお話を進めて、
アカネがクライマックスでうまくお話を盛り上げるようにして欲しいの!いい⁉できる⁉」
トウ子「バッチリだよ!私、うまくクライマックスにつなげられるように、お話を盛り上げちゃうよ!」
私 「いや、あんたが盛り上げると変な方向に行くから、普通にお話を進めてくれればいいからね?」
アカネ「うぉおっ!自分がお話のクライマックスを担当するなんて燃えるッス!
最高に熱いシーンを描いて見せるッス!」
私 「うん、まあ、その心意気はいいんだけど、これ、ラブストーリーだからね?
過剰な格闘シーンとか要らないからね?」
アカネ「任せてくださいッス!」
私 「本当に、大丈夫?」
こうしてミーティングでの話し合いはまとまったものの、私の不安は膨らむ一方だった。
それは文化祭までに作品を完成させる事ができるかどうかの不安ではなく、完成した作品が、天道院会長に見てもらえるような内容にできるのかどうかという不安だ。
だけどここまで来て引き返す事はできない。
私達文芸部はもう、前に進むしかないんだ。
私達文芸部が生き残れるかどうかの戦いの幕が、切って落とされた。