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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第一章 変わる日常
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揺れる

 母親と比売神子の二人が病室を出て、彼女は独り、病室のソファに掛けていた。

 小さくなった手を見る。そして、視線を窓に向ける。カーテンを引いたが、暗くなった外は何も見えない。

 窓には、以前と違う自分の姿が映っているのみだ。


 多分、大抵の人から見て、美少女なのだろう。

 以前の自分――一ヶ月前の自分でも、この姿を見ればそう思うに違いない。しかし……。




 彼女はカーテンを閉め、窓に背を向けた。


 自分は、今までだったらこの時刻、何をしていただろうか?

 スマホは手元にない。戸籍と養子縁組の処理が終わり次第、新しいものを準備するそうだが、実際は、連絡する相手もいない。


 沙耶香から渡されたタブレットを見る。

 暇つぶしにと渡されたものだが、ゲームは出来ない。

 以前のアカウントの使用はもちろん、新規取得も禁じられている。


 ブラウザのブックマークをタップすると、ネット小説だ。あらすじによると、自分と似た境遇の主人公。でも、読む気になれない。


 視るでもなくテレビをつけると、見慣れたバラエティ番組。しかし、何も入ってこない。

 画面の向こうの笑い声や大げさなリアクションが空々しく、それが却って孤独感を深くする。


 テレビを消して、ため息を一つ。

 気づくと、彼女の頬には涙が伝っていた。




 翌朝、彼女が朝食を終えると、母親が姿を見せた。


「お早う、(とも)


「お早う、母さん」


「知の新しい名前だけど、昨日、お父さんと相談……」


 彼女はそれをどこか遠くのことのように感じた。母さんはなんか一生懸命話してるけど、別にどうだっていいじゃないか。


「……と言うのよ。知はどう思う?」


「どっちでもいいよ。どうでもいい。どうでもいいから、部屋から出てってくれないか! 今は構わないで欲しい!」


「知」


 荒げた声に母親の表情は凍り付く。それを見た目元に後悔の色。


「……ごめん、母さん。今は何もしたくない。考えたくない。

 とにかく、一人にして欲しい」


 数秒か、十数秒か迷ったが、彼女は病室を後にした。




「どうされました? お母さん」


 沙耶香の声で上げた顔は、目の周りのメイクが崩れている。


「お母さん、こちらに。昌ちゃんもお願い」




「訓練は、一旦、中止した方が良いかも知れませんね」


 沙耶香は迷いながらも告げた。

 訓練は、彼女にとって不可欠ではあるが、それは同時に『知治』を否定することかも知れない。少なくとも彼女はそう受けとめている可能性が高い。そんなときに改名の話題が出れば、この反応は、あるいは当然かも知れない。

 救いがあるとすれば、声を荒げた後、言い直していること。それが出来るだけの余力が残っている。




「私、ちょっと見てきますね」


 昌が立ち上がると、「でも……」と小声で止めようとする。


「お母さん。

 ここは昌ちゃんに任せてみましょう。今の今じゃお母さんには気まずいし、私じゃ訓練のイメージが強すぎるから」




 昌は病室をノックした。返事は、落ち着いている。


「お早う」


「お、お早うございます」


「いいよ、座ったままで」


 昌は止めたが『知ちゃん』は立ち上がる。その躯は、当時の昌よりは女性らしさがあるものの、背は一五〇センチに届くかどうか。昌より一五センチほど低い。

 泣き腫らしてはいるが、大きな潤んだ瞳に演出された幼い顔立ちは、庇護欲をそそられる。


 昌は自然に足を進めると、彼女を抱きしめた。顔の下半分を自身の胸に埋める。

『元男子高校生』の照れがあるのだろう。彼女はそこから逃れようとするが、昌はそれを許さない。またも柔術の技を駆使して彼女の動きを封じ続ける。

 もがいていたのは一分足らずだろうか、彼女はそれを諦めた。


 昌は背中を抱く力を強め、頭を撫でる。


「泣きたいときは、泣いちゃっていいんだよ。

 貴女の辛さは、同じ立場じゃなきゃ、うぅん、同じ立場だったとしても、正確には解らないもん」


 彼女は肩を振るわせる。嗚咽が漏れる。昌は抱きしめたまま撫で続けた。




「済みません」


 一頻り泣いた後、彼女は恥ずかしそうに一言発した。

 泣くことで、一時的にスッキリした様だ。昌は少し安心する。


「気にしないで。泣きたいときは泣けばいいし、今度はお母さんに抱っこしてもらって泣くといいよ」


「え? でも」


「その方が、お母さんも嬉しいと思うよ。

 なんて言うか、貴女の辛さが溢れたのを、ちょっとでも受けとめられたら、母親冥利に尽きるって思うよ。きっと。

 今のこと知ったら、お母さん絶ぇーっ対、ヤキモチ妬いちゃうよ」


「そうなのかな?」


「そうだよ。

 あと、涙は我慢しなくていい。昔から言うじゃない。男は(こら)えた涙の分、女は流した涙の分、強くなるんだよ」


「なんだか、演歌みたいですね」


「そうかもね。

 と言っても、私は演歌なんて紅白ぐらいでしか聴かないから、分からないけど」


「……でも、女、ですか」


「客観的にはそうだよ。これだけは変えられない。

 とにかく、今はより良く生きることだけを考えて欲しい。

 家族もそれを望んでいるだろうし、貴女も家族と暮らすことを選んだんだから、それは人としての責任というか……。上手く言えないけど。

 とにかく、頑張りすぎない程度に、頑張ろ。疲れたら、休んでもいいし、甘えてもいいし」




「今日の、訓練は?」


「今日はお休みにしましょう。沙耶香さんには私から言っておきますから。

 何か、欲しいものとかある? 買って来れるものなら、買ってくるし」


「そしたら……」




 昌は大凡の所を伝え「お母さん、側にいてあげて下さい」と促す。

 母親を見送った後、沙耶香が口を開く。


「どんな感じ?」


「ひとまずは、小康状態ってとこでしょうか」


「揺り戻しは?」


「来るでしょうね。

 むしろ、幼児退行してベタベタに甘えてくれた方が、安心です」


「やっぱり?

『元男子高校生』の意識がそれを?」


「そう。男の沽券ってやつです。

 まぁ、ボチボチ行きましょう。長期戦を覚悟です。

 とりあえず、買い物してきますね。本屋さんと電気屋さんに行ってきます」


 そう言うと、昌は白衣を脱いで、バッグを肩に掛けた。

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