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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第一章 変わる日常
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訓練開始

 三人は浴場から病室に戻った。待っていた母親とお茶を囲むと、沙耶香が口火を切る。


「とりあえず、今後のことだけれど。

 基本的に、貴女は検診もあるのでこの病院の近郊で暮らすことになります。そして、ご家族もそのためにこちらに越して来ることになりました」


「はい」


 先ほどの話の繰り返しに、彼女は頷く。


「あなたには、さしあたり女性としての立ち居振る舞いや言葉遣いを身につけて貰います。平行して、女性として知っておくべきことを学びます。

 神子としての訓練は、これらがある程度進んでからとします」


「女性として、っすか?」


「ですか」


「女性として、……ですか?」




 昌はそのやり取りを黙って見ている。『知ちゃん』から『知君』が漏れ出ている。


 沙耶香は説明を続ける。概ね昌に説明したことと同様だ。

 やはり彼女も見目が良いだけに、きちんとした所作が出来ていないと、悪目立ちすることになるだろうことも。……半ば脅しに近い。


 しかし、確かに沙耶香の言うとおりだ。

 眼の色は明るい茶色と、日本人では多くはないが、さほど目立つ色合いではない。しかし髪は金髪と言うほどではないものの、沙耶香よりも明るい色だ。亜麻(あま)色と言っただろうか?


 昌は『知ちゃん』の外見を、自身と比べる。

 髪色は、昌の方が珍しいが、目立つという点では大した違いは無いだろう。顔立ちは、童顔だった昌よりも更に幼い。それに反して、身体の線は当時の昌よりも女性的だ。

 やはり目立つことは避けられない。




 沙耶香の説明は続く。神子になったことで、知的能力や身体能力が上昇すること、スポーツ選手やショービジネスが禁じられることにも及ぶ。


「男子高校生の身体能力を知っているから、初めは実感が湧かないと思うわ。でも、女子としてはかなり高い身体能力になるはずよ」


 彼女は黙って頷いた。




「もう一つ、今の話とは少し違うけど……。

 知ちゃんは、『知治』君の通夜や葬儀には出たい?」


「?」


 沙耶香の問いに彼女は怪訝な表情だ。


「言葉は交わせないけど、それが知人との今生の別れになるわ。

 本当は、私個人としては反対なんだけど、それが貴女の心にとって、一つの区切りにもなる。そういう考え方もあるの。


 神子は通常、自分の葬儀には出られません。貴女は事情が事情だから、望むならば特例として認めようと」


「……」


「ただし、親族としては出られないし、さっきも言ったけど、別れの言葉も交わせない。それでも良ければです」


「……」


「通夜は来週の月曜です。

 女性としての基本的な所作が身につかなければ、会場ではなく離れたところから、参列者を見るだけになりますが、それでも行きたいですか?」


「……」


「返事は日曜まで待ちますが、考えておいて下さい。

 一応、出るものとして、礼服は準備いたします」


 沙耶香は、かなり厳しい言い方をしている自覚がある。昌の場合は、日程を急ぐ必要がなかった上、大人の分別があったからそれが可能だった。

 しかし『知ちゃん』にそれを期待できるかと言うと……。

 沙耶香は黙ったままの彼女を見る。きっと、友だち、もしかしたら恋人、あるいは片思いの相手……、いろいろな人の顔が頭の中を巡っているに違いない。




「それでは、女性としての訓練を始めます。

 母親がいると甘えが出るので、別室でお願いします。そうですね、知ちゃんの新しい名前の候補を考えていただければ」


 そう言うと、一旦、お母さんを連れ出した。




「知ちゃん、辛いだろうけど、ここは踏ん張りどころだよ。

 お母さんは何より、貴女に元気でいて欲しいし、そのためには必要なことなんだ」


 昌はフォローに入る。沙耶香は意図して自身を悪者にしている。『知ちゃん』が昌に頼りやすいように。

 ならば、昌のすべきことは……。




「それじゃ、始めるわね。

 まずは、あちらの椅子に、掛けて下さい」


 彼女は怪訝な顔で立ち、七歩進んで掛ける。


「もう一度、元の椅子に」


 元の椅子で掛ける。


「立つときと掛けるとき、両膝を揃えてみて下さい。

 そして歩くときは爪先を進行方向に。一本の線を意識して、そこを親指で踏むつもりで」


 彼女はかなり苦戦する。爪先が外に向く癖だ。

 何だって自分がこんなオネエみたいなことを……。そう思いながら腰を下ろす。


「昌ちゃん。ちょっとお手本」


 昌は立ち上がり、歩き、腰を下ろす。『知ちゃん』はそれをじっと見る。どこが違うか判らないが、無理も無駄も無い動きだ。オネエな動きではなく全く自然なのに、しかし男のそれとは違う。


「昌ちゃんは基本の動作が、特に歩き方がキレイなのよね。こういう動きは、体幹がある程度強くないと、出来ないけど」


「でも、未だにヒールはダメかなぁ。沙耶香さんみたいに颯爽と歩けないんだよね。

 実はね、ヒールを履いたのは披露宴のときだけで、普段はスニーカー。フォーマルな靴も殆ど履いたこと無くて」


「そうなんですか?」


「昌ちゃんは元々脚が長いから、ヒールなんて要らないわね」


「それ言いだしたら、神子は全般に脚長いよね。知ちゃんも膝小僧の高さが普通の人とは明らかに違うし」




 それから二時間近く、ようやく及第点とした。実際は未だ不足なのだが、これだけだと飽きてしまうので、目先を変えるという意味合いが強い。


『知ちゃん』は気を抜いたのか、ソファの背もたれに沈み込む。


「知ちゃーん。その座り方、スカートだったらパンツ見えるよー。私が男だったら、誘ってるの? って思うかもね」


 昌が言うと彼女は慌てて膝を閉じる。


「スカートは、履くつもり無いです」


「でも、礼服も制服も、基本スカートだよ。

 男子中学生なら喜んで視るんだろうけど、そういう喜ばせ方、したくないでしょ」


 昌は更に続けた。

 膝をだらしなく広げるのは男でも格好が悪い。特に電車とかでそうなる人は、インナーマッスルや体幹が弱く、姿勢を維持できないからであることが多い。当然、腰を悪くしやすいし、代謝も落ちているから不健康になりがちだ。


「実際、電車でそういう人って、結構な割合で腹が出てない? ひどいとベルトに肉が被ってたり。

 それは不健康になる座り方なんだよ」




 その日は、食事の仕方で訓練を終える。食べ方自体は問題なく、特に箸の使い方がきれいだった。この辺は両親の躾だろう。


 母親を宿に送ると、昌も沙耶香の運転で帰宅する。


「時間がかかりそうね」


「まぁ、仕方ないですよ」


「そう思うと、昌ちゃんは順応が早かったのね」


「その辺は、覚悟と動機付けでしょう。

 かわいそうだけど『知治』君は、動機が弱いから。

 むしろ、なるべく気持ちを外に向けさせて、抑うつ状態になることだけは避けないと。

 合宿は、どうします?」


「まだ、とても参加はさせられないわね」


「例えば、光紀さんに事情をある程度知ってもらった上で、というのは?」


「それはちょっと違うんじゃないかしら。今だって、かなり無理を通してるのよ」


「ですか。やっぱり」


『格』を抜きにすれば、光紀は比売神子であってもおかしくはないが、基準の第一条件がこれである以上、昌にはどうすることも出来ない。

 これは、長期戦になりそうだ。

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