浴場
昌が二人に少し遅れて浴場の脱衣所に入ると、『知ちゃん』は未だ服を着たままだった。そりゃそうだよね。昌は心の中で肩をすくめる。
沙耶香は既に脱ぎ始めている。昌はあえてそこから離れて脱ぎ始める。どちらかが彼女の視界に直接か、あるいは鏡越しに入る位置取り。
昌は脱いだ白衣を『使用済』の籠に入れる。パンツとブラウスは、たたんで籠に入れる。背後で『知ちゃん』が息を呑んだらしい気配を感じた。
彼女は顔を赤くしているに違いない。昌の想像は果たして正しかった。
彼女は、恥ずかしさで俯いていた視線を上げた。鏡越しに見る二人はいずれも背を向けている。
沙耶香の大柄で肉感的な躯は、『そういう媒体』でもなかなかお目にかかれないだろう。
一方の昌は、背丈自体は沙耶香よりも小さいのに、腰の高さが同じぐらいかむしろ……。白衣を羽織っているときには分からなかったが、日本人離れした体型だ。その鍛え抜かれたと思しき後ろ姿に、思わず見入ってしまう。
視線に気づいた昌が振り向き「ん? 何?」と訊かれ、再び俯いてしまう。
昌はあえて下着姿になってから側に行く。
「知ちゃん。いずれ学校に通えば嫌でも見ることになるし、今のうちに免疫つけとかないと」
「いえ、あの、見てたのはそういう意味じゃなくて、すごい鍛えてるなって」
「あー、私の場合、体脂肪率がちょっと低いからそう見えるよね。今はさすがに十六パーぐらいあるけど。
知ちゃんは今の私より低いだろうから、後ろ姿は私と似た感じだと思う。多分、主治医から少し太るように指導が入ると思うよ」
昌は、意外と自分の下着姿に動じていないなと、変な感想を持ちつつ、下着も脱いで籠に入れた。
振り向くと、彼女はまだ服を脱ぎ出せずに、籠と睨めっこをしている。
「ほら、知ちゃんも脱いだ脱いだ! 裸のお付き合いだよっ」
昌が力尽くで――柔術の技も併用して、動きを封じながら――脱がすと、満足な抵抗も出来ないまま下着姿に。
脱がされて顔どころか首筋まで赤くした彼女は、少しふくらみ始めている胸乳を両腕で隠す。
その反応、女の子らしい。それに、顔は幼いのに体つきは……。昌はそう思ったが、口には出さない。
「なんだか、イケナイことしてる気分。
パンツはどうする? 自分で脱ぐ? それとも私が脱がせる?」
「じっ、自分で脱げるから!」
そう言うと、昌を上目遣いに睨む。が、迫力不足で逆効果だ。
そして視界に入った、昌のそれなりに自己主張の強い胸に目を奪われる。後ろ姿とは異なり、高校生のそれとは明らかに違う完成された胸。その大きさにしては控えめなトップは上を見上げている。
同級生達とは違う。直に見たことは無いけど……、多分。
浴場に入ると、かけ湯の仕方から昌のレクチャーが始まる。
先に入っていた沙耶香は、湯船からその様子を眺め、既視感を覚える。あれからおよそ五年半か……。随分前のことのようにも思えるし、ほんのこの間のことのようにも思える。
確かに昌ちゃん、身体は成長したけど、顔などはお互い全くと言っていいほど変化が無い。だから、時間の経過に鈍感になるのかしら、と感慨に耽る。
三人揃って湯船につかる。『知ちゃん』の顔が赤いのは、湯に浸かっているからだけではないだろう。
「あの……、他の患者さん、来ない、ですよね?」
「心配無いわ。とりあえず、我々が出るまでは、関係者以外立ち入り禁止になっています」
『知ちゃん』の質問に沙耶香が応える。
「この病棟は個室だけで各部屋にシャワー設備があるから、あえてこちらにという患者さんは、もともと少ないのですけどね」
沙耶香の言葉に彼女は安心したようだ。
「さ、次は身体の洗い方だよっ。雑に洗うと後で大変だからね」
それを横目に、沙耶香も身体を洗い始めた。
未だ髪は短いので、洗髪後の処理は改めてとなる。が、これまでの神子達の例から言って、それも遠いことではないだろう。
「あの、変なことを訊くのですけど……」
「何? 知ちゃん」
「昌さんって、そこ、手入れでもしてるんですか?」
「そこ?」
「……」
彼女の顔は真っ赤だ。昌も分かっていて訊き返している。
「何故か、生えないんだよね。
手入れが要らないからラクでいいんだけど、中学生のときは、泊まりの行事でお風呂とかは、正直、恥ずかしかった。
さすがに子どもが出来てからは、開き直ってるけどね」
「自分はどうなるんでしょう?」
「どうだろうね? 神子は全般に薄めだけど、それは何とも言えない。でも、脇が生えなかったのだけは、みんな羨ましがるよ」
女の子は大変そうだな、と考えてしまう。自分は上手くやれるんだろうか?
風呂から上がると、沙耶香と昌は手早く下着を着け、髪を乾かし始める。が、もう一人はバスタオルを巻いたまま、籠の前で恥ずかしそうにしている。
「どうしたのですか?」
先に髪を乾かし終えた沙耶香が訊く。
下着姿の沙耶香に、彼女の心拍は更に上昇する。
「あの、これ、女性用、なんだけど」
「うん。女性用ね」
「なんか、抵抗が、すごくあるんだけど」
「でも、男性用は勧められないわよ」
「徐々に慣らすとか」
「どうしても、って言うなら、これ履いてみる? 勧めないけど。下着が男女で違うには理由があるのよね」
沙耶香はトランクスを見せつつ、小声でその縫製の違いと、結果として何が起こるかを話す。
「やせ我慢して履くと、シャレにならない結果になるわよ」
沙耶香の、やや低いトーンでの忠告。彼女の上昇していた心拍や、増していた血流が、その一言でトーンよりも低下する。
「湯冷めするから、早く着ちゃいなさい」
その言葉に背を押されたか、黙って、少し躊躇いながらも下着に脚を通した。そして、今度は普通の入院着を着け、新たな病室へと向かう。
彼女はしかし、談話室横を通過したとき、自分と同じ色の検査着を着ているのが女性だけだということに、気づいていなかった。