墓参り
二人が午前中にアタリをつけていた洋服を買いに行こうとしたところで、母親からの連絡があった。あと十五分ほどで迎えに来るらしい。
知子にとっては、気乗りしない買い物から解放してくれる、救いの連絡だった。
お土産の会計を終えたところで合流する。時刻は昼下がりと言うにはやや遅い時間だが、それでも駐車場は上下から炙られる暑さだ。
自動車が動き、エアコンが効き始めてようやく一息つく。
「ところで母さん、この辺で美味しいお茶って知らないかな? 白か空色の缶に入ってるらしいけど、ここにはそれらしいのが無かったんだ。
昌さんには随分お世話になってるから」
母親は三秒ほど考えて知子に向き直った。
「もしかしたら、あそこのお茶かしらね」
父親に一軒寄り道することを連絡する。更に二十分ほど待たせることになりそうだ。
着いたのは古い町家の通りだった。格子戸や格子窓の店舗がチラホラ見える。その一軒の前に車を駐めた。駐車場は無い。
知子は、駐禁取られないかな? と少し心配になる。
店舗に入ると薄暗い。店内には、煎茶とほうじ茶、抹茶、そして茶道具がいくつかあるだけだ。
昌さんが言っていたのはこれかなぁ?
白と明るい青の缶がある。白は並で青い缶が上等らしい。意外と安い値段に、これが正解かどうか疑ってしまう。
母親は、特級の青い缶を五つと、家用に袋入りを二つ買った。知子も特級を二缶買う。
「心配なら、今度、味見してもらえばいいんじゃない?
そこまで高くないから家でも使うだろうし、違ってても、これはこれで美味しいから」
父親と合流後、家族は墓掃除に向かう。とは言え、墓地は舗装されているため、草むしりの必要は無い。周囲を掃き清め、墓石の汚れを落とすだけだ。
掃除を終え、迎え盆には早いお参りをする。
対外的には初盆ではあるが、実際に亡くなっているわけではない。法要も最低限のものを引っ越し先で儀礼的に行うだけで、親族を集めることもしていない。昨年までとほとんど変わらないお盆だ。
お参りを終える頃には、墓石にかけられた水も乾いていた。
家族は駐車場に向かう。
その四人の後ろ姿を見送る姿があることに、誰一人気づくことはない。
「知子ちゃんがどうして、知治の家族と……」
あの髪の色を見間違えるはずが無い。親戚――従姉妹とか――だろうか?
自転車に跨がったまま驚きの視線を四人に向けていたのは、武田 信哉だった。
両親ともに昼食がやや重たかったからか『軽め』ということで、量を調整できる寿司だ。回りそうな名前だが回らないファミリー向けの寿司店である。奇しくも、沙耶香と昌が『知治』の家族と対面した日に入った店だ。
父親は既に呑んでいたものの、ここでも揚げものを肴にビールを呷る。母親もホテルまでは代行と割り切ったらしく、冷酒を注文した。
美貴と知子は、例によってサーモンマヨからノドグロ炙りへと箸を進めた。このレベルの寿司、都市部ではこの値段で食べられない。
二人は女子にあるまじき食欲を発揮していた。
ホテルに帰り、二人は交代でシャワーを浴びることに。知子は美貴が浴室にいる間に、武田と笠井にメッセージを送る。今日のお礼と『お休みなさい』の挨拶だ。
笠井からは即座にメッセージが返ってきたが、武田から返ってきたのは『既読』から一時間あまり経ってからで、内容も簡単な挨拶だけだった。
翌日の観光を挟み、明けて早朝、やはり早い送り盆をする。
迎え盆は墓掃除もあったため平服だったが、今回は礼服。知子も制服は納品時の確認以来だ。やはりスカートはひらひらするし、むきだしの脚では、草が生えたところに踏み込むことにも躊躇する。
知子は墓誌に一瞥を送った。そこには新たに『知治』の文字と没年月日、享年が彫られている。
なぜ、一昨日は気づかなかったのだろう?
『知治』は、客観的には既に故人だ。
今、ここに立っている自分は、誰なんだろう?
なぜここでお参りをしているんだろう?
なんだろう? 自分が薄まっていくような気がする。
暑さに当てられたのだろうか? 思考に霞がかかる。
理由も判らないまま、涙が一筋流れた。立っている感覚が怪しい。 知子が墓を背に石段を降りようとしたとき、足を踏み外した。
「知子、こんなところで転んだら縁起悪いよ」
美貴に身体を支えられ、脱げかけた靴を履き直す。
なんだろう。やはり疲れが溜まっているのだろうか? そう考えながら、怠さの残る身体で車に乗り込んだ。
その後ホテルで着替え、客のまばらなフロントでやや遅いチェックアウト手続きをした。
インターチェンジやホテルの立地は、市街地や高校への通学路からも離れているため、車窓からの景色にはそれほど馴染みはない。が、その地名からだろうか、知子は郷愁に似たものと同時に。言葉にし難い居心地の悪さを感じていた。
お盆に差し掛かってはいるが、帰省と逆方向だからだろう、北陸道は往路よりやや混んでいる程度だ。本線では一度もブレーキを踏むことなく賤ヶ岳のサービスエリアに着く。
ここで遅めの昼食をと考えたが、南条と同様に混んでいる。いくつもある店舗はいずれも待ちが長そうだ。
「どうする?」
父親が訊くが、女性三人はまず手洗いへ向かう。自動車専用道での旅は、女性にとって不便が多い。
こういうところは、男の方がラクだったなぁ。
列の最後尾に並びながら、知子は埒もないことを考えた。
三人が手洗いを出ると、父親が一人で所在なげに待っていた。
「どうする? 名神に乗ってしまったら、もっと混んでいるだろうし、こっちで食べてしまった方が良いと思うぞ」
「そうね、まだ時間もかかるから」
父親の言に母親も賛成し、まだしも早く食べられそうなおろし蕎麦を選んだ。
知子には麻婆丼も気になるところだったが、この姿でそれは……、という意識もはたらく。美貴とともに、選択肢の乏しくなった惣菜パンを選んだ。
名神に乗り換えると、車は一気に増える。ときに車列が停止することもあり、高速を降りたのは夕刻も近づいてからだった。
外を眺める知子は、この数ヶ月で見慣れた町並みに、ようやく帰ってきたという安堵を覚える。
大荷物を抱えて帰宅すると、母親は夕食の買い物へと慌ただしく出かけた。知子と美貴は洗濯機を回す。旅程で溜まった洗濯物は多く、干す場所が足りないかも知れない。
詰め替え用のパックから洗剤を補充すると、知子は見るともなく洗濯槽を眺めた。ドラムの中では、洗濯物が半回転しては落下している。
高速道に乗る前と降りた後の気持ちを思い出す。
結局、北陸は知治が居た場所であって知子の居る場所でない。それに思い至ると、悲しいのか寂しいのか判然としないものが澱のように心に積もる。そんな自分を、別の自分がどこか冷静に見ている。
しかし、思考はぐるぐると回り、それを止めることが出来ない。
「知子ぉ、洗濯機回したらこの問題教えてー」
美貴の呼び声に我に返り、知子は洗濯室を後にした。




