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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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将来

 今日も知子は勉強だ。その向かいでは、珍しく昌がノートPCで何か作業をしている。普段持ち歩いている三十センチ足らずのそれではない。幅は五十センチ程あり、厚みに至っては何倍だろうか?


「何してるんですか?」


「夫の手伝い。工場で使う道具の段取り」


「ん?」


「こういうの」


 昌がノートPCをこちらに向けた。機械と言うより……、なんだろう? あまり知子には馴染みの無い物体が画面上にある。昌がマウスを操作すると、物体がクルクルと回る。


「何ですか?」


「機械の部品を造るための道具。製品がモデルチェンジするから、部品も少し変わるの。そうすると、部品を造る道具も変えなきゃなんだ」


「設計ですか?」


「そだよ。三次元だと、ぱっと見、設計に見えないけどね」


「何に使うんですか?」


「部品の仮組みだよ。

 この部品は、鉄板を溶接で貼り合わせて造るんだけど、いちいち寸法を測って仮組みするのは大変でしょ?

 でも、ここに部品をはめていくと、鉄板が寸法通りに並ぶの。あとはばらけない程度に溶接で仮留めしたら、ロボットで一気に溶接するわけ」


「そういうのを使うんですか」


「そうだよー。

 試作ならともかく、量産品を測って造るなんてあり得ないよ。品質も安定しないし、時間もかかるし。

 そんなことしてたら、お値段も一桁以上変わっちゃうよ」


 この部品は協力企業で造る。治具もそこで制作するのだが、手も時間も足りない。工数見積もりが甘かったのか、工程設計が遅れたのか……。生産技術部門も、自社で使うものにかかりきりになっているため、簡単なモノならということで、昌が設計している。


 それでも、こういう設計はパズルに通じるモノがあるので、昌にとってはちょっと楽しい作業だ。

『以前』造っていた装置は、モノの受け渡しが上手く行くかや、連続使用したときの挙動など、いろいろ心配事が多かった。しかし、単なる仮組みなら、焼入れされた鋼鉄にゴツンと当てるだけ。組んだ後、まっすぐ取り出せるかさえ注意すればいい。




 昌は鼻歌交じりに作業を進めている。

 知子は少し迷ってから、訊いてみることにした。


「昌さんって、将来、どんな仕事を考えてるんですか?」


「何? 急に」


 知子は、先日から考えていたことを話す。


「まだ、そこまで考えなくても、いいんじゃないかな?」


「でも……」


「だったら、今はとりあえず勉強を頑張ることかな」


 神子は職業に制限がある。容姿や身体能力を使った身の立て方は許されず、議員など政治に関わる分野も推奨されない。

 そのため、主な選択肢は、一般的な会社勤めや行政に携わる仕事、あるいは医療や福祉、教育などの分野となる。

 無論、農業などの第一次産業も選択肢に入るが、神子の身体能力でも単純な力は男性には及ばないため、現実には難しい。


 結局のところ、『選択肢を減らさない』という消極的な理由で、進学を目指さざるを得ないのが現実だ。


「でも、進学って言っても、将来の仕事を考えないと、分野も選べないし……」


「おぉう! 真面目だ」


「茶化さないで下さい」


「茶化してるわけじゃないよ。

 一部の、仕事に必要な資格と学歴が紐付いた分野以外、学部とかは仕事には余り関係ないんだよね」


 昌は、大学で学んだ分野が直接仕事に活きることは希だと言う。彼女が選んだのが、前世でも現在でも基礎研究の分野だから、余計にそう思うのかも知れない。


「現実には『大学で学んだこと』より『大学で学んだということ』の方が重要だよ。

 やっぱり、考える訓練を積んでて、調べ方を知ってるってのが、高卒と大卒の違うとこだよ。教科として問題を解く練習を積んだだけでは、物事の広がりとか繋がりも見えないし」


「そうなんですか?」


「そうだよ。

 ほら、そこそこの会社で課長級以上って、大抵大卒じゃない? でも、別に大学で勉強した知識で課長になるわけじゃないんだよね。

 例えばさ、何かの企画をするにしても、たたき台が無いと、どこから考えれば良いか分からない人と、たたき台やひな型を作れる人、この辺も分かれ目になるかな。

 もちろん、大学出てなくても作れる人は作れるし、出ててもダメな人はダメだけど、出来る人を集めたら、大半が大卒になるわけ」


「考えることの訓練、ですか?」


「そう。物事を抽象的に考えられること。知識を知恵にすること」


「知識を、知恵に……」


「まだまだ難しいよ。とりあえず、今は勉強勉強」


 知子は釈然としないながらも、自分の勉強に戻った。




 昌も、少し目立ち始めたお腹を撫でて、作業に戻った。とは言え、ここまで来ると機械的に進めるだけなので、手は忙しく動かしているものの、頭の中は別のことを考えていた。


 二人目も、女の子か……。


 先日の検診で、女の子だと知らされた。

 この子も神子となり、いずれは比売神子となることが定まった。戸籍の変更は必要ないだろう。しかし、いずれ比売神子の過半数が、昌とその家族ばかりということになりかねない。

 それはあまり良いこととは思えない。


 子どもたちがある程度の年齢になったら、比売神子という立場になる意思があるか確認した方が良いだろう。どんな生き方が幸せかは本人が決めることだが、欠員が出たときの『補欠』という形にせざるを得ないのかも知れない。


 それより、今考えなくてはならないのは……。




「昌さん。何、難しい顔してるんですか?」


「ん?」


「なにか、考えごとをしているみたいだから……」


「えへへ。

 考えてたのは赤ちゃんの名前。女の子だって判ったから」


「そうなんですか」


「悩むんだよねー、名前。

 上の子は優乃っていうんだけど、この名前は『ユノー』っていう女神の名前からもらったんだって。

 でもね、女神の名前で日本でもOKってのはなかなか無くて。

 いくら秋に生まれるからって、秋の女神の名をそのままじゃ現代日本には合わないし……。春だったら一択の良い名前があるんだけどね」


 親としては本当に悩むところだ。優乃はもちろん、(あまね)(つぶら)も自分が決めた名ではない。自分が考えている間に、周囲りがいい案を出してくれたのだ。


 慶一は「優乃の名前は自分が決めてしまったから、今回は昌が」と言うが、いざ決めるとなると難しい。


「やっぱり、神話からは離れるべきかー」


 知子は実感がわかないのか、あるいは自分もいずれはということから目をそらすためか、社会科の問題集に目を戻した。

キリは良くないのですが、リアルが忙しくなってきたので、

ここまでで一旦更新をお休みします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 早く再開してもらえるとうれしいです。
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