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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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編入に向けて

 知子の編入にあたって、まずは教頭、養護教諭と面談することとなった。昌のときと『設定』が異なるので、全職員を相手にということはしない。


 本来ならこの面談には校長も入るべきだが、人数が少ない方が良いという沙耶香の判断から、プライバシーや身体に関することを含むので、出来れば管理職も女性の方のみでと連絡した。

 面談にあたっても「事情をどの範囲まで知らせるかの判断は学校にお任せしますが、このようなお願いをした事情を酌んでいただければ」という言い方をしている。




 母親に連れられた知子と沙耶香が校長室に入る。無論、男性である校長には一時外してもらうことになる。


 夏休み中とは言え、教職員は――非常勤講師を除き――全員が出勤している。

 職員室のほぼ全員が、この通常と異なる扱いに、『ワケあり』の生徒だという予感を持った。特に、受け入れることが決まっている一年二組担任の坂谷は、表情が硬い。


 一年生の担任では紅一点の私に持ってこなくても……、というのが、彼女の偽らざる本音だった。あるいは、男性担任の学級には入れられない事情があるのか……。

 同学年の教職員からの視線は、同情のそれだろうか?




 既に校長室では面談が始まっている。


「初めまして。医師の代理できました、看護師の竹内と申します。本日は勝手なお願いを容れて下さり、ありがとうございます」


 面談は簡単な挨拶から始まり、話は知子の『設定』に及ぶ。ただし、あくまで口頭に留めるのみで、記録は一切残さない。




「知が男であれ女であれ、大切な家族であることは変わりません」


 母親――公的には里親ということになっている――の言葉と、実の娘に対するような視線に、教頭も養護教諭も言葉が無い。


「処置内容の開示は可能ですが、彼女のプライバシーや、今後の人生にもかかることなので、書類としてお出しすることは差し控えさせていただければと思います。

 どうしても必要という場合は、その目的と誰に知らせるのかを連絡いただければ、私どもが直接面談した上で、開示の是非を判断したいと考えております」


 沙耶香としては、口止めと詮索無用の釘を刺したわけだが、学校としても、責任の一部をスルーできる提案だ。




「今の件、指導上、担任とだけは情報を共有したく思いますので、この場に参加させたいと思いますが、宜しいですか? また、校長にも一部知らせざるを得ないこともご了承いただければ」


 教頭の確認に、沙耶香は無言で頷く。


 程なく教頭は一人の女性を連れてきた。三十代も半ばだろうか。表情が硬い。

 担任の坂谷から見れば、純粋日本人には見えない大柄な女性と、やはり日本人の髪色では無い少女。その外見に身構えてしまう。




「一年二組担任の坂谷です」


「看護師の竹内と申します。こちらが北川知子さんです」


 知子と母親は自己紹介をした。

 少し身構えていた坂谷だったが、沙耶香の――当然だが――流暢な日本語と、知子に世をすねた様子が無いこと、里親の人柄も、折り目正しいものに見えたことで、少しばかり余裕が出てきた。


 その後、沙耶香が『設定』を再び話した。




 この生育歴は……、確かに、男性教諭には任せられないかも知れない。養護教諭や教頭とも、連携を密にしておかないと……。

 こんな少女が、自身の外見にコンプレックスを持ち、男性的に振る舞ってきた。その特異さと比べれば、髪の色は大きな問題ではないようにも思われる。


 坂谷は、自分が担任となる経緯に納得した。




 その後は大きな問題も無く、面談が進む。


 登校は九月から、登下校時は、個人を特定されることを防ぐため、黒髪のウィッグを付けることとなった。また、色素が薄いことから、紫外線対策を行うことなども、昌のときと同様に了承を得た。


 ただし、髪色については、地毛であることを証明する書面の準備が必要になる。これは、生徒間での不公平感を発生させないためだ。

 毎度のことながら、沙耶香は学校の旧態然とした部分にうんざりするが、学校の立場も理解できる。


 服装などにかかる校則は、基本的にオトナが自分で考えることを放棄したから必要になったものでもある。


 例えば、社会に出れば、化粧は女性に必須の身だしなみだ。

 しかし、オトナが考える『中学生らしさ』に、化粧は含まれない。むしろ中高生の化粧は『相応(ふさわ)しからぬ』ことだ。

 そして、誰か一人が化粧をすれば、その中学校は『化粧をした生徒がいる中学校』となり、関係ない生徒さえ『化粧をした生徒がいる中学校の生徒』となる。

 この『化粧』の部分を、制服を着崩す、奇異な髪型をする、あるいは染髪をするに替えても同様だ。


 結局のところ、オトナの多くは、当人の内面や行動ではなく、外見と属している集団でしか評価しない。

 服装や髪型についての校則は、自分で考え判断することを放棄したオトナから、生徒が歪んだフィルタを通した評価をされないために設定されている側面もあるのだ。


 沙耶香自身も含め、神子の半数近くが、その色素の薄さ――髪色の明るさ――から、特に中学校では苦労してきた。だからこそ、神子の編入にあたっては、その辺りの説明をしっかりとしている。そして今後は同じことを昌もすることになるだろう。




 面談後、三人は暑い校内を案内された。九月から行くことになる教室、特別教室……。体育館では、男子バレーボール部と女子バスケットボール部が練習している。

 女子バスケ部員は、遠目に知子を見たことがあるからか、好意的な視線を向け、中には手を振る部員も。知子も小さく手を振り返すと、試合の日同様、大喜びだ。

 一方の男子バレー部員も、知子に好意的な視線を向ける。ただし、その質は女子のそれとは随分と異なるものだ。

 更に、沙耶香にも視線が集まる。やはり男子中学生だ。

 知子は、その視線に対する感受性も増している一方、その男女による違いについても十分に理解出来てしまう。それが、知子の気持ちを少し重くしてしまう。




 空調の効いた職員室に戻ると、やはり知子の髪に視線が集まる。そして、知子のすぐ後に入った沙耶香も――主に男性職員の――視線を集めた。


 一息ついたところで、担任はこれまでの学級通信と教科書や資料集、そして夏休みの課題を渡した。教科書には、既に授業を終えた部分を示す付箋が挟まれている。


 知子は「九月からよろしくお願いします」と挨拶し、職員室を後にした。




 教頭、養護教諭、担任の三人は、改めて校長室へ行く。組織の長が『知らなかった』では済まされない以上、校長の耳にも概要は入れておかなくてはならない。

 養護教諭が知子の生育歴(設定)を輪郭のみ伝えた。より詳しい事情については、その情報を求める目的を明確にした上で、病院に問い合わせる必要があることも併せて伝える。


 知子への指導は、対外的に何か、という場合を除いて、基本的に担任と養護教諭が中心に連携を取って行うこととなった。




 三人が校長室を出た後、校長は目を閉じて考える。

 まず心配される項目は、外見や振る舞いに基づく『いじめ』だ。


 確か、自身が教頭だった頃、県内の別の学区で似た事例があったはずだ。真っ白い髪の、しかしとても優秀な生徒だったらしいが、高校入学後間もなく妊娠、退学している。

 その轍を踏ませてはならない。彼女が人生の選択肢を狭めることがないよう、我々も学校として彼女を守らなくてはならない。

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