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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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稽古

 水曜日、知子は初めて合気道の稽古に参加する。

 ブラウスとスラックスの下には、例のインナーを着けている。

 念のため、道着の他に入浴用具や替えの下着なども持って行くが、風呂は帰宅してからのつもりだ。持って行くのはあくまで念のため。

 母親は知子のインナー姿――家でのボクササイズの格好――を見たがったが、知子は未だに頑として拒否している。


 今日は初顔合わせと言うことで、母親に加えて『紹介者』の体裁で昌も練習に付いて行く。と言っても、現地で集合だ。




「合気道と合気柔術って、どう違うのかしらね?」


「さぁ?」


 神子として、合宿で学んでいるのは柔術、これから習いに行くのは合気道、どちらにしても直接の指導にあたるのは光紀だ。そして、この参加は合宿の不足を補うためでもある。


 多分、すること自体は同じなのだろう。

 主眼が『道』にあるか『術』にあるかの違いだろうか。




 三人は駐車場で集合した。あえて、五分前というギリギリの時間に入る。初日の今日は、小中学生に知子を紹介してもらった後、着替えという運びになる。

 他の、特に女子中学生と、着替え時間がぶつからないようという配慮だ。




「たーのもー!」


「あー、昌ちゃん、今晩はー。その子が知子ちゃんね」


 昌がウケ狙いの挨拶で入るが、光紀はスルーした。

 アップしていた小中学生も、昌と知子、日本人にあらざる髪色を、遠巻きに注目する。


「みんなー、集合ぉ!」


 光紀の声に、小中学生が集まる。道着を着ているのは、小学生でも高学年か。


「今日からしばらく、新顔さんが体験で入りまーす。良さそうだったら来月以後も一緒に練習することになります。

 私のお給料が増えるかどうかは、みんなが仲良くしてくれるかにかかっているので、ヨロシクね」


 その言葉に中学生は笑う。

 光紀の指導は県職員をしながらのボランティアであり、ここで指導する人数が増えても、お金をたくさん貰えるわけではない。


「こちらが、体験で入る北川知子ちゃん。とりあえず、自己紹介は六年生以上ね」


 女子八人が順に自己紹介するが、知子の髪色が気になるようだ。彼女たちが通う中学校に限らず、県内の公立中学校では、染髪などの加工が原則として禁じられている。


「北川、知子、です。よろしく、お願いします」


「みんな気になってるようだから先に言っちゃうけど、知子ちゃんの髪は地毛だよ。ちなみに私の白髪も地毛」


 昌が補足する。そして、昌も自己紹介し、光紀と伴に練習したこと、知子とは病院で知り合ったこと、共通項――地毛の色が日本人とは異なること――から、付き合いが始まり、知子が昌の紹介でこちらに来たこと等の『設定』を話した。


「昌ちゃんも強いのよー。

 私が知ってる人では、竹内先生の次ぐらいかしら」


 光紀の言葉に中学生は驚く。


「昌さんも練習しないのー?」


「今はお腹に赤ちゃんが居るからムリだよー」


 昌の応えに、中学生は全員が驚きを隠せない。


「こう見えても私、結構、お姉さんなんだよ。もう二十二歳。既婚なんだから!

 ほら、ちょっぴり出てるでしょ。ここに赤ちゃんがいるの」


 中学生が恐る恐る昌のお腹に触れる。それを横目に見ながら、光紀は知子に更衣室を示すと「さ、稽古、始めるよー」と、小中学生を道場に促した。




 知子が着替えを終えると、アップはほぼ終わっている。皆、整列し――知子は中学生の末席に並び――『心・技・体』の文字に向かって一礼した。


 向かい合って、型? を繰り返す六年生と中学生を横目に見ながら、知子もアップを始める。神子の中にあっても際立つスタイルは、細身の袴と相まって、この中では目立つ。小学生すら、知子の姿を憧れの目で見る。

 アップを終えた知子は、足裁きの練習を始めた。




「知子ちゃんもやるよ」


 知子は光紀と向かい合う。四方投げの練習を繰り返す。光紀は投げられる都度、知子に声をかける。

 基本、褒めて伸ばす指導だ。とは言え、時折、厳しい指摘も。


「知子ちゃん。そんなに力まない。力みを捨てて初めて、本当の力が出るの」


 そのアドバイスを聞きながら、昌も自身の技を振り返る。

 知子と昌に共通するのは、女子としては圧倒的な身体能力だ。特に昌は、それに頼った動きが多い。

 授乳が一段落したら、身体能力に頼らない組み手をと、心を新たにする。




 光紀が五年生以下の小学生を指導に行く間は、知子を交えた九人が練習を継続する。組み手というわけではないが、二グループに別れて、二人が練習し、残りがその様子を見て話し合う。

 知子も見るが、経験が不足していて、同じレベルの話を出来ない。


 今度は、知子が練習をする。初めは、知子が投げられる側だ。

 足裁きと受け身を十分練習しているので、知子は危なげなく投げられる。何度か投げられる都度、五人が集まって講評を繰り返す。


 次は知子が投げる番だ。が、同体格の女子相手ということで、知子には遠慮がある。

 これまで組み手の相手をしてきたのは、光紀と沙耶香の二人で、知子より十五センチ以上長身な上、技術も圧倒的だ。


 知子は、相手を怪我させてしまわないかと、投げることはもちろん、掴みに行くことにも及び腰だ。の割に、変に力んでしまう。


「知子ちゃん、肩の力を抜いて。

 きちんと投げてくれないと、却って危ないよ」


 相手の三年生から声をかけられ、深呼吸する。

 先ほどより上手く転がした。しかし、まだ力が入っている。


「もう一つ、大きく踏み込んで」


 今度は更に良い。

 それで肩の力が抜けたのか、最後の投げは見事だった。踏み込みと、力の入れ具合や抜け具合が上手くかみ合った。知子の顔にも笑顔が浮かぶ。




 最後に知子を除く中学生が軽めの組み手を始める。知子は昌と伴にそれを見ているが、その時刻になると保護者のお迎えが増え始める。

 お目当ては光紀だろう、今日も父親の姿が多い。そこに知子と昌が混ざると、やはり視線が集まる。知子は少し居心地の悪さを感じていた。


「来週は、もっと増えるかもね」


 昌が耳元で囁くが、知子は憂鬱だ。「でも、こういう視線にも慣れていかないと」と昌は言うが……。




 その日の稽古は程なく終わる。クールダウンの後は礼をし、道場の掃除をする。九時には空ける段取りだ。

 会話自体は少なかったが、中学生たちと連絡先の交換をして別れる。知子としても、直接の会話より、文字を介したやり取りの方が気楽だ。


 知子が道着のままで車に乗り込むと、母親が「どうだった?」と問う。やはり身体を動かすのは楽しい。


「続けられそう?」


 母親の続けての問いに、知子は頷く。

 女性としての社会性を身につける訓練は始まったばかりだ。

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