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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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勉強会

 知子は今日も昌と伴に勉強をしていた。

 休学中とは言え、さすがに旧帝大の学生。理系科目に関しては難問奇問も淀みなく解説してくれる。『血』が出る前に、大学を出ていたのだから、それも当然か。


 知子は、昌を少し見直した。

 見た目は『美少女』ではあるものの、悪のりもするし、下品な言動も多い彼女だ。しかし、こと勉強の分野は、進学校の先生や予備校講師にも劣らない。


「これは、解けなくても仕方ないよ」


「解けなくてもいいんですか?」


「基本的に、大学入試は満点を取らなくてもいいよ。これは解けなくても仕方ない問題。整数問題に多いかな」


「昌さんは解けるのに?」


「私が解けたのは、群論、……大学の数学を少し勉強してたから。

 現実的に、高校範囲までの知識じゃぁ、初見でこれを制限時間中に解くのは難しいよ。

 知子ちゃんだって、高校の勉強をしていたから、中学校レベルは難しくないでしょ? それと同じだよ」


「そういうもんですか」


「そだよ。

 大学レベルの内容は、光紀さんも苦労していたし、沙耶香さんなんか、学生時代は半分投げてたみたいだけど。

 それでも、光紀さんも沙耶香さんも、大学入試レベルなら解けない問題はほとんど無いんだよ」


「昌さんは理系だから、数学や理科が強いんですね」


「そうかもね。

 でもね、大学はどの分野でも数学の素養が要るよ」


「そうなんですか?」


「名目だけでも、研究するならね。

 あと、純粋に入試をパスする技術としても重要。

 微積分野は、代表的なパターンを憶えてしまえば、入試レベルで解けない問題はまず無くなる。つまり、絶対に落とせない問題ってこと」




 知子はじっと考える。

 正直、数学を勉強する意味が分からないし、パターンを網羅し尽くすなんて大変そうだ。


「まぁ、使う使わないは別にして、数学は脳の筋トレみたいなもんだと思えばいいよ。

 競技場で筋トレすることは無いけど、筋トレで鍛えた筋肉は競技で活きるでしょ。それと一緒。

 演繹的思考力は仕事をする上でも重要だけど、それを鍛えるには数学が一番簡単で手っ取り早いんだ」


「えんえきてき思考力? ですか」


「『演繹』の意味は、辞書で調べましょう。それも勉強」


「はい」


 昌は意図的にハードルを上げている。知子の心を少しでも外に向けるためだ。




 その日は外で昼食をとった後ビデオ屋さんに寄って、マンションの玄関ホールで別れた。


 知子は暗証番号でホールの扉を解錠し自宅へ戻る。

 鍵は既に開いている。美貴が帰ってきているようだ。


「ただい……」


 足下には靴が四揃い。うち三つは見たことがない。どうやら、美貴のお友達らしい。


「お帰りー、知子」


「た、ただい、ま」


 リビングには美貴と、同じ制服を着た三人。


「この子が前に言ってた知子。

 ちょっと人見知りする、可愛い義妹(いもうと)

 知子、こっちはバスケ部で、今日は試験勉強だよ」


 試験一日目は、三教科で終わりだ。明日に向けて、試験範囲の最終確認だろうか。

 知子は、昌が一緒でなくて良かったと胸をなで下ろした。珍しく早い時間で昌が帰ったのは、これを予期していたのだろうか?


「は、はじめ、まして。北川 知子と、いいます」


 女性として初めて美貴の関係者に会うことに、知子は緊張する。

 美貴の友達(先輩たち)も自己紹介をするが、知子はこの場に居づらい。とりあえず、ビデオ屋さんの袋をテレビの横に置いたが、次はどうするのが良いだろうか。

 先輩たちはダイニングのテーブルを占領している。知子が取れる行動は、リビングのソファーに座ることぐらいだろうか?


「知子ちゃーん、そんなに緊張しなくていーよー。」


「こっち、おいでよー」


「そうそう。お菓子もあるよー」


 お誕生日席に、予備の――普段は脱衣所にある籐の――椅子がある。多分、美貴が出したのだろうが、知子にとっては余計なお世話だった。


 この場合は、行った方が良いのだろうな。しかし知子は数瞬迷う。緊張感で喉がカラカラだ。

 とりあえずグラスを出して、予備の椅子にかける。

 テーブル上の麦茶を取る。一口飲むと少し落ち着いたところで、先輩の一人がポッキーを取った。


「はい、あーん」


 ポッキーを知子に向ける。

 ものすごく照れる。女性から「あーん」は、幼児期以来だ。

『知治』だったら喜んで食べただろうか? いや、やはり照れたに違いない。

 知子は顔が熱くなっていることを自覚しながら、ポッキーを口にした。その様子に先輩たちは「かっわいー!」と大喜びだ。


 知子は咥えたポッキーをつまみ、少しずつ囓る。そこで初めて、口ではなく手で取れば良かったことに思いあたる。自分は一体、何をしているんだろう?




「知子ちゃーん、その髪、地毛? 染めてるの?」


 先輩たちの質問タイムが始まる。一応、知子が応えるが、肌や髪の手入れなどは、美貴が代わって応えてくれた。

 さすがに、知子の出自についてまで訊いてくる子は居なかったが、代わりに応えてくれる美貴を、生涯で最も頼もしく感じた時間でもあった。




「ところで、知子ちゃん、銀色の髪のすっごい美人と知り合いじゃない?」


 知子はどう応えたものか躊躇したが、美貴があっさり「昌さんのこと?」と応える。知子がおろおろしている内に、美貴はつらつらと続ける。


 曰く、知子がかかっていた病院の看護師と格闘技つながりの人で、境遇が知子と似ていることから、気にかけてくれていること。

 知子もその人つながりで合気道を習い始めたこと――まだ、稽古には行っていないが。

 その『昌さん』は、高校時代に大企業の跡取りに見初められて結婚したが、子育てしながら勉強して、大学に合格した人だとか。


 自然、話題はその人の方へ傾く。

 やはり、書店に併設されたカフェでの会話は、その二人の容姿と相まってかなり噂になっていた。どうやら、先輩の姉がその場に居合わせたらしい。




 一頻り話した後、勉強を再開するのを潮に、知子は「勉強の邪魔しては悪いから」と、自室に引き上げた。

 背後からは、「知子はあの見た目でしょー。あれでいろいろ苦労してたのよ」といった会話が聞こえる。

『姉』として、世話を焼いているのだ。




 知子はベッドに腰掛けてため息をつく。

 美貴には悪気はない。むしろ善意からなのだが、それだけに困っても無碍にすることは出来ない。

 夏休みに入れば、こういうことも度々あるのだろうか? だとしたら、昌さんとの『格』の訓練はどうしよう?


 正直なところ、知子はかなり困っていた。

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