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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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ルール

 六月も後半。

 知子(ともこ)は合宿にも何度か参加している。


 逆に、お腹が目立ち始め、小さな子どもも居る(あきら)は、そろそろ合宿の参加が難しくなるだろう。家に小さい子どもを置いて、週末度にとはいかないし、安定期に入っても、宿泊というわけにはいかない。


 今日は検診のため産科へ行った。


 検診には、珍しく沙耶香(さやか)も立ち会った。検診後に用があるようだ。




「沙耶香さん、何です?」


「ちょっと、相談」


 昌が連れて行かれたのは、ホテルの小会議室。六人掛けの会議机とプロジェクターだけの、小さな部屋だ。


「知子ちゃんのこと。

 光紀(みつき)ちゃんに正式に伝えた上で協力して貰おうと思うの。昌ちゃんは、次席比売神子として、どう考える?」


「私もそうすべきだと思います。と言うより、光紀さん、ほぼ気づいているようですから、実際のとこ、現状を追認するといったところですね。

 お互い、知らない体裁、知らせていない体裁で進めるのは、知子ちゃんのためにならないと思います」


「それはそうなんだけど。

 訊いたのはそういう意味じゃなくて、光紀ちゃんが、ルール上は部外者だってことについてよ」


 光紀の協力は、今のところは、無理すればルールを拡大解釈したと言えなくもない。しかし、知子の――神子の――出自を知らせることは、明らかなルール違反だ。

 沙耶香が問うのは、それについて、次席比売神子としてどう判断するかということだ。




 昌は考える。

 そう言えば、そんな『定』――決めごと――があった。

 比売神子となったときに改めて説明されたが、基本的に秘密を守るために自分たちの私権が制限される程度だった。その制限も、自分たちの人としての権利を脅かされないためのものだ。

 概ね常識的な内容で、公開されているものでもない。わざわざ気にするほどでもないと、当時は聞き流していたのだ。


「沙耶香さんは、知子ちゃんのためだったら、ルールを少々曲げても良いんじゃないか、って考えですよね。

 私も同じです。ルールに固執する方が、知子ちゃん個人にとってはマイナスだと思います」




 確かにこの件については、筆頭・次席ともに、心情的には同じ見解だ。

 しかし『定』は、単なる規則や規範に留まるものでなく、神子たちの『在り方』や『哲学』と言うべきものをも含んでいるはずだ。

 個人の裁量で、野放図に例外を認めて良いものだろうか?

 沙耶香は、既に何度も繰り返した自問を再び始める。その様子を昌は怪訝な表情で見ていた。


 昌の応えは予想されていた。

 滝澤(たきざわ) (まい)の一件でもそうだったが、彼女はルールを曲げることに対して、それほど躊躇しない。というより、ルールが所謂『善悪』に関わらない限りは、メリット・デメリットに基づいて判断することが多い。

 それを知っていながらあえて意見を求めるのは、自身が、一種の『言い訳』を求めていたのではないだろうか?




「……沙耶香さん」


「あ、ごめん。少し考えごと」


 沙耶香の意識が、会話から離れていた。


「こういう場合、そのルールがなぜ定まったとか、目的がどこにあるかに沿って考えても良いんじゃないでしょうか?」


 比売神子にかかる『定』の基本的な考え方は、五百年以上遡る。それが改めて明文化されたのは明治に入る頃だが、(おおやけ)にされた法令ではない。

 もともと、神子や比売神子について知り得るのは、戦前ですら、皇族や華族、政府や財界の要人までに限られていたのだ。今日(こんにち)においては、もっと少ない。


「それに、『定』は一種の『内規』みたいなもので、実際のところ法的な根拠って、無いですよね」


 昌がそう言うと、沙耶香もそんな気がしてくる。


「で、大正末期からは開店休業状態。

 あとは戦後に少し追加された程度で、実質メンテしてないに近いですよ。そんなのに縛られること自体、現代社会にそぐわないと思います」


「……」


「例えば、『生娘』の条項だってそうでしょ。

 これだって、そもそもは神子を守るためのものだったって聞きましたけど、当時と現代では状況が全然違いますよね」


 戦国の世では当たり前に起こっていたことだが、それが犯罪とされている現代においては、見方を変えれば、女性の自己決定権を侵す条項だ。

 穿った見方をすれば、一種の処女信仰という解釈もできるだろう。


「客観的に見たら、キモチワルって言う女性も多いと思います。つまり、時代に合ってない」


 戦後すぐに加わった職業の制限なども、比売神子が庇護されるだけの立場ではなく、社会の一員として生きていくために追加されたものに違いない。

 時代や社会情勢の変化に合わせて、『定』のメンテをしていった方が良いというのが、昌の見解だ。


 沙耶香には、昌の言うことはやや過激ではあるものの、大筋では間違っていないように思えた。




「それじゃぁさ、まずは『定』の目的を見直しませんか? 神子や比売神子の在り方とか」


「それは気が早いんじゃないかしら?」


「そうですね。

 でも、公開は出来ないですけど、過去の比売神子たちの在り方を定めたものや、その変遷、社会的背景なんかは、知り得る範囲で可能な限り記録を残しておくべきだと思います。

 実際、現行の『定』に直接関わった人も居ないんです。比売神子様ならある程度知ってらっしゃるかもですけど」


「じゃぁ、その辺は昌ちゃんに任せるわ」


「分かりました。

 それじゃぁ、今日はこれで。優乃(ゆの)を園に迎えに行くので。

 遅れると、延長料金が掛かっちゃうんです」




 昌を見送ると、短い時間ながらも濃いやり取りを思い出した。

 単なる相談事だったのに、いきなり大きな話になってしまったことに、沙耶香は戸惑う。おそらく、昌はそういったことを度々考えていたのかもしれない。

 いずれ、神子という存在が社会に知られたとき、自分たちがどう在るべきか。あるいはこの数十年、国にとっては無駄飯食らいでしかない『恵まれた』私たちの今後について。

 秘密裏に予算を付けられているという負い目からか、現状を変えることに躊躇しすぎていたのかも知れない。


 沙耶香は、昌が出て行った扉を見遣った。


 もしかしたら、生まれながら女性の私たちと、男性として生きた経験を持つ彼女では、社会の見え方が違うのかも知れない。

 あるいは、自分が産んだ子どもが、ほぼ確実に比売神子となるであろうことが、彼女に比売神子の今後のことを考えさせているのだろうか。




 母親になれば、ものの見え方が変わるのかしら。


 沙耶香はふと考えてしまう。

 神子はその『格』が高いほど、女性として『現役』の期間が長い。とは言え、それに甘んじて足を停めたままというわけにも行かないだろう。


 でも……。

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