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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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迷い

 彦根城近くで合流すると、皆の出で立ちはパンツかキュロット。知子のようなスカートは一人も居ない。


 博物館の前を素通りし、表門をくぐったところで知子は納得した。階段だ。天守閣は更に先である。上り下りがあると知っていれば、知子もあえてスカートは選ばなかったはずだ。


「ひこにゃん居ないねー」


「もっと上じゃない?」


 おしゃべりしながらだが、神子たちは健脚だ。知子も軽く付いていくし、妊娠中の昌も同様だ。


 汗ばむ陽気の中、天守閣に到着する。




「さすがに、天守に上るのは遠慮しとくよー」


「そうね、妊婦さんに何かあったら大変。知子ちゃんは私が見てるから、昌ちゃんは日陰で待ってて」


「お願いします、光紀さん」


 昌は礼を言うとともに、知子に手を振る。知子としては、お守りが必要な子どもじゃないんだから、と思うところだ。




 天守閣に入ると、思いの(ほか)狭い。そして天井も低い。男性なら圧迫感を感じるに違いない。

 進んでいくと階段がある。中二の範子は、さすがに段を飛ばすことこそないが、急で狭い階段を軽い足取りで上ってゆく。

 知子もそれに続く。この階段があと何階か。妊婦には危険だろう。そう思いながら軽い足取りで上ってゆく。

 少し間をおいて光紀、そして舞が続いた。




 上りきったところで、光紀は知子を呼んだ。


「知子ちゃん、こういうところって分かってたら、パンツの方が良かったね」


 光紀の指摘に、知子は顔を赤くしてスカートのお尻を押さえた。比較的細いプリーツが入ったハイウエストのスカートは、こういう場面では不利だ。


 知子の、行き先を考えない()で立ちと不慣れさに、沙耶香もやれやれという表情を見せる。そしてこの一幕で、光紀がいろいろと気づいたであろうことも判る。


 行き先を知っていながら、あえてスカートのまま同行させたことや、階段で知子に続く際、他人が知子を視界に入れられないような距離を空けるあたり、知子の出自について、前回の合宿でほぼ気づいていたに違いない。

 光紀は知らない体裁だから、今回は気づかないフリでギリギリを攻めたのだろう。


 確かに他の神子たちとは対応に違いがあったが、ここまで早くに気づくことに、沙耶香も舌を巻く。




 次の階段では、知子は身体の上下動や前に屈む動作を抑え、膝をすり合わせるように上る。スカートの長さ自体はそこそこあるのだから、そこまで気をつかうほどではないが、空いた手で裾を脚に押しつけている。

 その姿を、沙耶香と光紀は互いに距離をおいたまま観察する。そして、ほぼ同じタイミングで苦笑していた。




 昌は売店で土産物を見ていた。

 買ったのはハンカチ。優乃が保育園に持って行くためだ。

 これまでも、昌は合宿の都度、お土産としてハンカチを買うことが多かった。幼児や小学生でも低学年なら、何枚あっても困らない。

 優乃と円に三枚ずつ買い、バッグに仕舞うと手持ち無沙汰だ。案外、待ち時間が長い。最上階で彦根の街を一望しているのだろうか。




 合流後の昼食では、同学年の気安さか、中一の真由美が知子の隣に座った。向かい側には光紀、昌はあえて別のテーブルに座る。それでも、知子たちの会話には耳をそばたてている。


 やはり、知子は会話が続かない。実年齢は真由美より知子の方が一学年上とは言え、女性としての経験値が不足している。

 もともと共通の話題が乏しい上、未だ『自宅療養』中だ。学校生活を話題にすることも出来ない。


 幸いその辺りの機微を酌んだ光紀が、要所要所で会話をインターセプトしてくれているおかげで、ボロは出さずに済んでいる。

 結局、知子が話題に出来たのは、今食べている料理のこと、昌に料理をいくつか習ったことぐらいだろうか。




 昌は会話に耳を傾けながら、短時間ならともかく、泊まりの合宿参加はまだまだ難しそうだと考える。せめて、学校生活が始まり、ある程度の交友関係が生まれ、女性として共有できる話題を持たないと。

 とは言え、短時間からでも神子の合宿に参加させたのは、中学校で女子生徒の社会に、知子がスムーズに参加出来ることが目的だ。


 ニワトリが先か、タマゴが先か……。


 昌はこのジレンマに向かい、かつての自分を思い出した。

 当時は気づかなかったが、今思えば沙耶香のフォローが絶妙だったことに加え、合宿のメンバーにも恵まれていた。

 強引に踏み込むに見えて、きちんと距離感を保つ光紀とともに、昌を美少年扱いする聡子のコンビ。それ以外の少女たちも、心優しくも思慮深いことでは共通していた。おそらく沙耶香が当時の昌のために集めたメンバーだろう。


 今のメンバーでは……、最年長の舞なら大丈夫そうだが、それ以外の神子たちとは、そこまでの接点が無い。

 その分、自分がしっかりしていかないと。


 昌は、気持ちを新たにしていた。




 昼食後は、一休みした後、勉強の時間だ。

 この時間は私語を控えなくてはならないから、知子も気楽だ。


 それでも、質問や解説のレベルに、知子は驚く。

 昌がオールマイティに出来ることは知っていたが、光紀も沙耶香も英・数を難なく解説する。そして、解説の内容から、質問者のレベルの高さも見てとれる。

『中学生』の二人が開く参考書も、高校の内容だ。やはり、見た目と実年齢が違うのは、自分だけでは無いことを改めて気づかされる。




 勉強の時間が終われば沐浴の時間になる。

 やはりこの場には居づらさを感じる知子だ。『知治』だったら、鼻の下を伸ばしていただろう光景も、恥ずかしさが先に立つ。前回同様、赤くなるのは顔だけではなかった。

 一方で、事情を知らない神子たちの視線は無遠慮だ。『同性』の気安さだが、それも『知治』の心を削り取る。


 結局、知子は今回も逃げるように浴室を出た。

 昌はその後ろ姿に苦笑する。

 自身も、初めは裸のお付き合いを避けていたことを思い出した。こればかりは、慣れるだけでも半年以上、抵抗感は一年経っても完全には消えなかった。感じていないことに気づいたのは、妊娠した頃だろうか? 




 知子の後ろ姿を見送る昌の表情に、光紀もまた苦笑を浮かべる。そして沙耶香も、光紀の表情の変化から、彼女が確信を深めたであろうと判断する。


 知子のことを考えるなら、光紀に全てを明かした上で協力を仰いだ方が良いのだが、比売神子でない彼女をそこまで巻き込むのは如何なものだろうという意識もはたらく。

 さりとて、知らせなくとも彼女はほぼ全て理解した上で行動している以上、状況は変わらない。むしろ、情報交換を密にして歩調を揃えるためには、知らないという体裁を保つことはマイナスでしかない。


 とは言え、現状ならルールを拡大解釈したという強弁も成り立つ。しかし、元神子とは言え彼女は部外者。神子の出自を部外者に明かした上で協力を仰ぐことは、明らかなルール違反だ。




 ルールを守るべきか、人としての心や生き方を優先すべきか。比売神子様ならどう判断するだろう?


 沙耶香は自問した。

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