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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
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合宿再び

「はぁ……。ステーキ、美味しかったぁ」


 美貴はとろけそうな、と言うよりだらしない笑顔を向ける。知子はその様子に苦笑いをする。


 一口目、あるいは食べながら、食べてすぐならその感想も嬉しいが、あれからもうすぐ一週間。

 美貴は日に何度か、先週末の味覚を反芻している。


「料理もそれなりに頑張ったけど、とにかく肉が良かったんだよ。

 昌さんですら何度も食べたことの無い肉だったし、普段から食べるものじゃないよ」


 そう言いながらも、知子自身、つい思い出してしまう。


 確かに、あの肉はすごかった。よくグルメレポート番組で「肉の線維が(ほつ)れるような……」といった表現があるが、あの肉はまさにそうだった。解れると言うより溶けると言った方が良いかも知れない


 両親も、肉の旨さと調理に感心してくれた。父親など、ワサビ醤油だけで黙々と食べていた。

 もっと安ければ月一ぐらいで、と思わないでも無い。




 先週末の味覚を反芻する美貴を横目に、知子は合宿の準備をする。と言っても、武術訓練用のインナーと道着、換えの下着だけだ。

 ただ、母親に準備された服が……。


「お、スカート。人生初スカート? でも、私だったら、こっちのハーフパンツを推すけど」


「だったら、美貴にあげるよ」


「私、こんなパンツ似合わないもん。こういうのは、知子みたいな小尻で、シュッとした脚が良いんだよ」




 脚丸出しはちょっとなぁ、長さはこっちの方があるけど、スカートは抵抗があるし……。


 知子は迷う。

 いつものパンツも脚の線は出るが、布で隠されているか否かは、彼女にとって重要だ。


 知子は思案する。そうだ! この手が。


「両方とか考えてない? 両方履いても、客観的にはスカートだし、それとも、スカートの中身見せる気?」


 図星だった。


「別にパンツルックでも良いと思う。昌さんも光紀さんもパンツなんだし」


「生まれながらの女の子ならそれでも良いけど、知子はいろいろ慣れていかなきゃ」


 知子はスカートを腰に当てる。置いてあるときは長く見えたが、案外短い。臑が半分以上出ている。


「知子、あて方違うよ。初心者なんだから一回履いてみないと」


「でも……」


「いい加減、観念したら?

 制服はスカートなんだし。パンツの上からでもいいから、とりあえず履くよ!」




 知子はスカートを着けて鏡を見た。

 ズボンの上から短いスカートを履いた女性を見たのは十年ぐらい前だろうか? あのときは変な着方だと思っていたが、今は……。いや、やっぱり変だ。


「知子、やっぱり履き方知らない。

 ハイウエストのスカートはここで履くんだよ」


 美貴がスカートの位置を直す。パンツのベルトより一段上だ。スカートの裾から膝小僧が見えそうだ。


「おー。似合う似合う。このスカートにパンツは変だから、脱いじゃおうよ」




 五分後、知子は完全に着替えることに。

 トップはシンプルな白のブラウス、そしてハイウエストのスカート。「ついでにこれね」と美貴が持ってきたのは、ブルーグレーのタイ。スカートと同系色でそろえたのだろう。


 鏡に映った姿は、一言で表現するなら『お嬢様』だ。

 その清楚可憐な姿に、少しときめいてしまう知子だったが、自分なのだと思い直す。

 更に美貴が帽子を持ってくる。鍔がほとんどないそれは、帽子としての機能は微妙だが、今の知子に間違いなく似合っている。


 この組み合わせなら、タイは赤系の方が……。あるいは、麦わら帽子とかでも。


 そう考えてしまう自分に、あれっ? と思う。


「うん。知子はこういう服も似合うね。

 ちょっと腰高感があるけど、小尻だから決まってる」


 確かに、下半身は頼りないが、こちらの方がショートパンツよりは気が楽だろう。明後日の合宿には――宿泊はないが――この服で行こう。知子は元の服に着替える。


「えー、もう着替えちゃうの?

 お父さんにも見せてあげようよー」


 美貴はそう言うが、知子は踏ん切りが付かない。いずれ土曜の朝には見られるのだが、やはりそれを先送りしたいのだ。




 土曜朝、待ち合わせの八時半に向けて早めの準備に入る。それでも、朝食と洗顔を終えて着替えると、時刻は八時過ぎ。


「知、やっぱり似合うわね。予想通り」


 スカートを準備した母親が笑顔で褒める。父親を起こしに行かないのは、せめてもの武士の情けか。


 知子が着替えが入ったバッグを持ったところで、間の悪いことに父親が現れた。「おはよー」と、ガラガラ声で頭を掻きながら、寝間着のままでリビングに入ってきた。


「お、お早う」


「と、知か。似合ってるなぁ」


 気まずい。

 母親も生暖かい視線を向ける。


「あなた、パンにする? ご飯にする?」


 いつもは訊かず、本人がするに任せていることだ。


「あ、あぁ。パンにしとくよ」


「パンだったら冷凍庫だから、自分で焼いて」


 父親は冷凍庫から食パンを出し、オーブンのタイマーを回す。

 母親は、スープを作るために、ケトルに水を足す。そして、冷蔵庫からサラダと卵を出した。キッチンカウンターの中は、なかなかの人口密度だ。


「じゃ、じゃぁ、私、そろそろ約束の時間だから行くね」


「お、おう。気をつけて」


「昌さんたちに迷惑をかけないようにね」


 そのやり取りを、美貴だけが無言で、にやにやしながら見ている。


 知子はバッグを掴むと、慌てて靴を履き、玄関を出た。その靴を履く姿を見られていたら、厳重注意が入ったに違いない。




 待ち合わせには少し早かったのだろう。エントランスには誰も居ない。知子は壁により掛かって、昌たちを待った。




「おはよう、知子ちゃん」

「おはようございます。昌さん、光紀さん」

「知子ちゃん、おっはよー」


 二人が来たのは、八時半を二分ほど過ぎた頃だった。

 光紀とも前回で打ち解けている。


「知子ちゃーん。その服、とっても似合ってる!」


「うん。清楚可憐なお嬢様って感じだね」


 二人は口々に知子の姿を褒める。




 昌は、知子が車に乗り込む様子を見る。スカートが乱れないように腰掛け、シートの上で四分の一回転。その姿は上品なお嬢様だ。


 昌も車に乗り込むと、光紀の運転で出発する。


 今回は彦根。当然、彦根城がメインだ。

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