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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第四章 女子中学生になるために
33/48

総合体育大会

 中学校は、試験が終わると総合体育大会予選が始まる。バスケ歴が浅い美貴も、最終学年という理由でベンチ入りを許されていた。


 知子は、お忍び――美貴には内緒――で試合を見に行く。

 公式には未だ養子縁組していない。同居はあくまで助走期間ということになっている。必ずしも姿を見られて(まず)いということは無いが、それでも家族として会うことは憚られる。


 美貴の一試合目は、ほぼベンチを温めていただけだった。勝つには勝ったが、逆転を許す瞬間もある接戦だった。突き放した後、相手チームが崩れず粘ったら、勝負は分からなかっただろう。

 美貴が出たのは二試合目。それも敗色が濃厚になってからだ。


 相手チームはシード。しかも、こちらには一試合分の疲れがあるという、分の悪い勝負だ。


 しかし、美貴が出てから流れが変わった。

 ハンドボールを経験しているからか、当たり負けしない。と言うより、接触に躊躇も萎縮も無い。そして、ロングパスをよく通す。

 ここまでは小刻みなドリブルと横のパスを中心に組み立ててきたチームが、いきなり縦の攻めに切り替えてきた。

 美貴自身が積極的に攻めることは少ないものの、ファウルすれすれの――相手にはそう見えた――身体で止めに来るディフェンスは、脅威だった。


 明らかに変化した攻めと守りに、相手チームはバスケ初心者の美貴をマークせざるを得ない。

 その結果、他のメンバーのマークが薄くなり、横のパスが通りやすくなる。かと言って、油断すると、美貴は三点シュートを放つ。

 単に経験の浅さから、中に切り込むことが難しいため、外から強引に行くだけだが、これが意外と効果的だった。


 美貴が初心者と見抜かれること無く試合は進むが、やはり地力の差は大きい。点差を詰めるのが限度で、逆転するには至らなかった。




 観ていた知子にバスケのことはよく解らないが、この試合、美貴が初めから出ていたら、違う展開だったんじゃないか。きっと悔し涙を流すに違いない。

 知子は、帰ったらどう声をかけたものかと考えていた。


 当の美貴は、チームや競技にそこまでの思い入れが無いせいか、負けたことをそれほど意識していない。チームのメンバーも、本来勝ち目の無い相手に善戦できて満足しているようだ。

 握手を終えて引き上げるときも、皆笑顔を見せる。


 と、美貴が観客席の知子を認め、小さく手を振る。知子も笑顔を向けて小さく手を振り返すと、美貴より周囲のメンバーが大喜びしている。一体何だろう?




 それが分かったのは、美貴が帰宅してからだった。


「チームの子がね、観客席にすっごい可愛い子が居るって、ずっと気にしてたんだよ」


 どうやら、第一試合の途中から、知子が居ることに気づいていたらしい。手を振った後、美貴と知子の関係を知られることになったとか。


「マズくないかな?」


「別にいーんじゃない? 養子縁組する前提でという体裁だし。

 さすがに同居していることは言ってないよ。顔合わせした程度ってことになってるから」


 その点について、美貴はあまり心配していないようだ。

 その後、部のメンバーと話したことを聞く。半陰陽の設定については話していないが、リハビリなどが順調なら、夏休み明けからの編入になる予定であることまで話したらしい。


「勉強遅れて大変じゃない? って訊かれちゃった。

 でも、すっごく賢いって言っておいたから」


 中間試験では、美貴は転校していきなり上位だった。公立の第一グループが射程内なので、バスケ部の中では一目置かれている。その美貴が遅れている分をフォローしている体裁らしい。実際は知子が美貴に教えているのだが……。


「もうすぐ修学旅行だけど、きっとお土産をプレゼントされるよ」




 公立の中学校は、この県でも五月末か六月上旬に修学旅行が行われる。旅行自体は五月末だが、京都・奈良へは夏服で行くらしく、先週末は慌ただしく準備をしていた。


 美貴は、去年までの学校と日程が一週間ずれることを残念がっていた。が、中学時代の修学旅行を知っている知子は、仮に日程が重なったとしても、会える確率はゼロに近いことを知っている。

 まして、宿泊先で他の学校とぶつかることはあり得ない。


 本当なら、自分も沖縄だったんだよな。


 知子は高校を思い出した。北海道か沖縄で、沖縄を選んだのだ。

 沖縄戦の話やひめゆりの塔は辛気くさいだろうけど、(ちゅ)ら海水族館や海水浴を楽しみにしていた。きっと、クラスメイトの水着姿は眩しかったに違いない。

 ……今は、自分がそういう視線を受ける立場だが。

 知子は、行ったことも無い沖縄の海岸を思い浮かべた。


 ダメダメ。今更こんなこと考えても意味が無い。


 知子はその想像を打ち消す。『以前』よりも、気持ちの切り替えが上手になった気がする。




「七月になったら、知子を友達に紹介するよ」


 美貴の言葉に、知子は思考を打ち切る。


「家に連れてくるの?」


「かも知れない。

 ここ、割と学校に近いから、集まり易そうなんだよね」


 合宿で居ないときなら良いが、美貴の友達が居るタイミングで知子が合宿から戻ったら。あるいは、昌が居るタイミングだったら。

 知子自身はともかく、昌のことまでは説明できない。


「できれば、日程は事前に知らせておいてほしいかな」


 一方の美貴はそこまで考えていない。むしろ、三年生女子とコネを付けることで、知子の中学生活をスムーズにしたいという考えだ。

 女子バスケ部は、女子バレー部、吹奏楽部と並んで、ガチ勢が集まる体育会系。そういった三年生の抑えが効けば、表立っていじめという構図にはなりにくい。


「相手は中一だよ。そこまで心配しなくていいよ」


 そう言う知子に「お姉さんは可愛い妹が心配なの」と応じる。

 知子は、表面上は「やれやれ」という態度を取りながらも、少し喜ばしく感じていた。




 風呂に行く美貴を見送り、知子はサラダを作り始める。これも昌から教えてもらったものだ。単に、茹でたブロッコリと同じく崩したゆで卵、マヨネーズを和えて、塩や黒胡椒で味付けしただけだ。

 昌は、ゆで卵の黄身に半熟部分を残し、タマネギなどを入れたが、知子は完全に茹でて、その分マヨネーズを多めにしている。これは母親のアドバイスで、こちらの方が北川家の味になる。


 今月末、父が帰ってくる日は、知子も料理を振る舞う予定だ。それに向けて、順調にレパートリーを増やしている。

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