試練
昌は久しぶりに神子たちの組み手を見た。
舞の動きが一段と良い。早苗と範子の二人を、その名のとおり、舞うように翻弄する。まるで光紀の動きをコピーしたかのようだ。柔術の技に限れば、昌の上を行くかもしれない。
舞の動きで目立たないが、早苗の動きも良い。昌と伴に学んだ優奈や千鶴よりも、既に力量は上だ。二人に共通するのは、足運びに無駄が無いこと。
この辺は指導者の違いだ。天才肌の沙耶香よりも、理詰めで理解している光紀の方が、指導者に向いている。
日が浅い範子は、技術こそまだまだだが、四人の神子の中では飛び抜けた身体能力だ。いずれ知子と競い合うことになるだろう。
沙耶香はと言うと、知子と同じく初心者に近い真由美に、投げを教えている。
真由美に何度も投げられながら、都度、修正点を示している。が、彼女も知子と一緒に光紀が付くべきか。
むしろかなりの技を身につけた舞や、天才肌の範子に注力した方が……。昌はそう思いながらも、練習に参加できないことをもどかしく感じていた。
知子は足さばきに苦戦している。
光紀の指導は、やはりここに重点がある。しかし、地味で結構辛いところでもある。
知子は、身体能力が高いばかりに、それを持て余している。しかもボクササイズのリズムが身についてしまっているからか、静と動のメリハリが今ひとつだ。そして、無駄に足を交差させてしまう。
それでも、三十分ほどでなんとなく様になる。特に、当てを逸らし、あるいはかいくぐる動作は滑らかだ。そして、基本の投げを一つだけ。
この辺は教えるのはまだ早いが、一つぐらいは柔術『らしい』攻撃を学ばないと、やっていてつまらないのも確かだ。
その後、一年生の二人を除いた五人が組み手を始める。
「見るのも練習だよ。位置取りと、特に足の動きに注意して」
昌の言葉に知子と真由美が頷く。二人とも真剣な表情だ。
やはり、強さは年齢の順だ。力量に差があるからか、沙耶香はどんな状況からでも、無造作に踏み込み、あっと思ったときには勝負が付いている。
いや、どんな状況からでもというのは誤りだ。光紀はなかなか踏み込ませない。普通の人には隙にならない隙を、沙耶香は容易く突くが、光紀はほとんど隙を見せないからだ。
崩しからの攻めならもっと簡単に勝てるだろう。敢えて隙を突いて勝負を決めるのは、光紀に隙の無い動きを教えるためだろうか? あるいは、光紀がそう簡単に崩されず、逆にそれが攻め手を与えるからだろうか。
その組み手は、昌には判断が付かない領域にある。
逆に、光紀と舞の組み手は、神子たちにとって最も参考になる。光紀が舞の力量に合わせた速さで動くからだ。
二人は互いに舞うような動きで牽制や崩しを試みる。身体能力頼りではなく、純粋な技同士のぶつかり合いだ。
一方、範子の組み手は面白い。もともと空手か古武術も学んでいたのだろう、突きと蹴りが加わる。これが合わさると、舞では離れた間合いではかなり苦労するようだ。が、相手が光紀になると、詰め将棋のごとく動きを封じられ、三手か五手ぐらいで踏み込みを許すことになる。
「昌さんって、どれぐらいの強さですか?」
真由美が訊く。
「うーん、最近鈍ってるから……。
どこまで技を使うかや相性の問題もあるけど……、舞ちゃんになら勝てるかな。けど、光紀さんには難しいと思う」
舞の力量では、昌との体格や身体能力の差は埋められない。これが光紀になると、柔術の技だけでは勝負にならない。何でもありなら、距離を保てれば昌にも分があるだろうか。
無論、昌が万全の状態での話だ。
真由美にとって、それは意外な答えだった。彼女には、昌がそこまで強いとも思えず、光紀の強さ、と言うより光紀と舞の差を推し量ることもできていない。
逆に知子は、昌の方が光紀より強そうに見えた。体格こそ若干小さいものの、スピードとパワーは段違いだし、リーチも昌が勝る。
この辺りは、接している時間の違いと、『知治』自身が、武術の心得が無い一方、殴り合いのケンカを経験しているからだろうか。
「沙耶香さんが相手だと?」
「何でもありでも、沙耶香さんに勝てる女性って、そうそう居ないと思う。
光紀さんより私の方がいくらかは善戦できるだろうけど、これは力量と言うより、相性と身体能力の違いかな。柔術以外のルールにしない限り、勝ち目は無いよ」
沙耶香は、昌に対しても柔の技しか見せないが、突きや蹴りが出来ないとも考えられない。敢えて使わないだけで、その分野でも光紀より上に違いない。
「全国女子ケンカ選手権とかあったら、優勝候補なんじゃないかな。正直、国内の女性で、沙耶香さんと互角以上の人が何人も居るとは思えないもん」
「昌さんは?」
「どうだろうね。いいとこ五十位ぐらいに入れば上等だと思うよ」
昌の強さは、身につけた技の種類とそれに基づく対応力の幅、そして何より身体能力に依る部分が大きい。
格下相手を完封することは容易だが、体格で勝る相手が一つの技に精通していた場合、相性次第では勝負にならない。
女子らしからぬ雑談をしているうちに、時刻は昼上がりになる。そろそろ練習も終わりだ。
五人も組み手を終え、クールダウンに入る。
昌は初めて京都で合宿に参加したことを思い出す。知子にとってはここからが試練だ。
床の間? に向かって全員が礼をした後は沐浴の時間だ。真由美が知子の手を取る。知子が縋るような視線を昌に向けるが、昌は心を鬼にし、天使の笑顔で小さく手を振った。
一応、昌も替えの下着を持ってついて行く。
今回は知子のために、昌も沐浴に参加するのだ。
昌が脱衣所に入ると、神子たちは思い思いの場所で、例の薄い浴衣に替えている。が、知子は顔ばかりか首まで赤く染めて、脱ごうか脱ぐまいかを迷っている。
「知子ちゃん。こういうことにも慣れていかなきゃ。中学校でも似たようなことはあるんだから」
昌が小声で着替えを促すと、ようやく脱ぎ始める。しかし、下はともかく上のインナーは、浴衣の内側でというわけに行かない。
それを横目に、昌も浴衣に替えた。
ようやく着替えを終えた知子の後ろを、昌が後押しするようについて行く。透けているわけでもないのに、知子は浴衣の上から両手で胸と下腹部を隠している。
自分もそうだったな。
昌は知子の仕草に、懐かしさと微笑ましさを覚えた。
こういう場面では、知子や昌のような出自を持つ少女の方が、所作が女らしくなることに可笑しさを覚える。それは同時に、昌がいつの間にかすることの無くなった動作だった。




