合宿初参加
土曜日早朝、光紀の運転で知子を迎えに行く。車は沙耶香から借りた――本来は国の持ち物の――レクサスだ。
「光紀さん、決まってる!」
「伊勢神宮にも行くから、それなりの格好じゃないとね」
光紀の出で立ちは濃紺のパンツスーツだ。
裾が絞られた直線的なシルエットは、光紀の長身とスタイルの良さを際立たせている。
一方の昌も、モノトーンのパンツルック。とは言え、トップは緩めの提灯袖ブラウス。控えめとはいえ、フリルもあしらわれている。その銀色の髪と相まって、どこか浮世離れした存在感がある。
光紀の顔立ちがもっと大人っぽいものだったら、この組み合わせは、貴族令嬢に付き従う女性ボディガードにも見えるだろう。
二人は知子を迎えに行く。
光紀は最近までペーパードライバーだったはずだが、運転技術はもちろん、それ以上に目配りや車両感覚が確かだ。昌は安心して運転を任せられる。
しかし、レクサスの高級セダンに初心者マークはミスマッチだ。
「初心者マークって、一年経ったら外さないといけないんじゃありませんでしたっけ?」
「自分の自動車買ってから半年だもの。初心者と一緒よ。
それに、一年超えて着けていても、罰則規定はありませーん」
そういうものか。
確かに、外し忘れってこともあるし、着けて実害もないよね。
昌はそう思いあたる。
車中の会話は、合宿とは全く関係の無いことだけだ。
昌が知子の出自に触れることは無いし、光紀も敢えて訊こうとはしない。
程なく知子が住むマンションに着いた。
「おはよう、知子ちゃん」
「お早うございます」
知子は、初めて見る光紀の姿に及び腰だ。
「知子ちゃん、こちらが山崎光紀さん。
元は神子で、今は県職員。比売神子ではないけど、神子の指導だったら一番頼りにできる人。柔術も、沙耶香さん以外、比売神子でも勝てる人が居ない達人だよ」
「光紀さん、この子がさっき言ってた北川知子ちゃん」
「よろしくね、知子ちゃん」
「きっ、北川知子です。よろしくお願いします」
知子の表情も口調も、まだ固い。
車は滑るように走る。
「神子って、みんな車の運転が上手いんでしょうか?」
「うーん、確かに身体能力はあるし、視野の広さや目配り、注意力なんかは、一般の人よりは高めかも知れないね」
「そうね。
昌ちゃんや沙耶香さんは別格にしても、運動神経なんかも他の女の子より一段か二段上かしら。神子じゃそれなりの私でさえ、中学や高校では、運動部に誘われたし」
「知子ちゃんも、中学に行ったら運動部に誘われるかもね」
「あれ? まだ登校してないの?」
「知子ちゃんの里親の都合でね。新学期に間に合わなかったんだ。編入は夏休み明けの予定」
「そうね、学期の途中じゃキリが悪いし、却って理由を勘ぐる人が出るかも知れないわね」
昌は何気無さを装って応えたが、かなりクリティカルな情報を押さえられた。
光紀自身のフォローで、当の知子は昌の失言に全く気づいていない。しかし、知子が通常の対応ではない神子だということは、確実に光紀の知るところになっただろう。
かつての昌には判らなかった、光紀の洞察力の一つだ。
昌は、あるいは、あらかじめ事情を知らせた上で、協力を願うべきだったかと考える。
昌の内心での冷や汗を余所に、光紀は神子としての思い出話をする。無論、昌の出自については、おくびにも出さない。
その優しくも軽快な語り口で、知子と徐々に打ち解けてゆく。
こういうところ、光紀さんには絶対かなわないな。
光紀の指導者、あるいはカウンセラーとしての資質は、他の比売神子はもちろんのこと、昌が人生で出会った人の中でもトップクラスだろう。
途中で休憩を挟みながらも、おしゃべりしていると、二時間近い時間もあっという間だ。目的地が近い。
高速を降り、伊勢市の市街地からすこし離れた目的地へ向かう。
車を駐めると武道館っぽい施設だ。剣道場や柔道場、柵に囲まれたところでは、十人ほどが弓道の練習をしている。
三人は集合場所へ向かう。やはり畳――風のマット――の道場だ。
「「おはようございます」」
昌と光紀が挨拶をして入る。沙耶香と、既に着替えを終えた神子が四人。
「「「「おはようございます」」」」
「おはよう」
「知子ちゃん、紹介しておくね。
学年順に、滝澤 舞ちゃん、高二。
山下 早苗ちゃん、高一。
東本 範子ちゃん、中二。
最後に、水口 真由美ちゃん、知子ちゃんと同じ中一」
こっちは新顔さんで、北川 知子ちゃん。この春『血』が出たばかりで、夏休み明けから中一に編入予定だよ。
じゃ、みんな、自己紹介!」
神子たちは、口々に自己紹介をする。
その能力と美貌から自己評価もそれなりに高く、良い意味で屈託が無い。このメンバーでは、舞が一歩下がるタイプだろうか。
それでも、知子の美貌と髪色は、神子の中にあっても目立つ。おそらく身体能力も神子の中ではトップレベルだが、美少女たちに囲まれて、ここでも及び腰になる。
昌は、自身が初顔合わせをしたときのことを思い出した。奇しくも、光紀もまた、初めて昌と会った日のことを思い出していた。
「じゃ、私たちは着替えしてきますね。知子ちゃん行きましょ。
沙耶香さん、知子ちゃんの道着は更衣室ですか?」
「これよ。
はい、知子ちゃん。インナーも忘れないで」
光紀の助け船に、沙耶香が紙袋を渡す。中には、昌とともに買ったインナーと同じサイズのものが入っている。ただし、トップは半袖、ボトムも五分丈だ。この上から道着を着けることになる。
二人は更衣室へ向かった。
神子たちがアップを始めたのを見て、沙耶香が視線で昌を呼ぶ。
「光紀ちゃんには話したの?」
「いえ」
小声で言葉を交わす。
沙耶香はそれ以上のことは訊かないが、昌は、光紀が知子の事情をほぼ察しているものと考えていた。
程なく二人が現れる。どちらも細身で手足が長く、袴が決まっている。
「おー、知子ちゃん、格好いい」
昌の声に、知子は少し照れる。
「あー。昌ちゃん、私は?」
「光紀さんも格好いいですよ」
「なんか、ついでみたい」
光紀は口をとがらせる。
比売神子になれなかった彼女だが、神子の血を受け継いでいる。その表情は十代の少女だ。
「知子ちゃんは初めてだから、光紀ちゃんが付いてあげて」
沙耶香の言に従い、光紀が知子に付くと、軽くアップを始める。今日は足さばきからだ。