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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第三章 新たな日常
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料理 二

 IHのタイマーが鳴ったところで、昆布を引き上げる。今度は出汁パックを入れて五分ほど煮出す。更に、香り付けに鰹節をさっと入れてすぐ引き上げる。匂いは和風出汁そのものだ。

 アク取りシートで、残った鰹節と昆布のぬめりも絡め取る。


「知子ちゃん、味見」


 知子は、昌が差し出した小皿を口にする。香りは、出汁だ。でも、味付けしてないせいか、薄い気がする。


「少し、薄いかも」と言う知子に、昌も「どれどれ」と味見すると、やはり薄かった。魚が昆布に負けている。昌は粉末の『だしの素』を取り出し、目分量でさらさらと入れた。


「こんなもんかな? どう?」


 知子は再び小皿から口に含む。今度はふくらみのある出汁だ。




「それじゃぁ、煮浸しと切り干し大根、ヒジキの煮付けを作るよ」


 知子は、軽く水洗いして埃を落とした切り干し大根、ヒジキを小鉢で戻す。更に、薄揚げを短冊状に、ニンジンを細切りにする。が、包丁に慣れないせいか、幅は不揃いだ。

 更に戻した干し椎茸を切ろうとすると、石づきあたりが戻りきっていない。椎茸が戻るには、意外と時間がかかるようだ。




 出汁を二十センチの小さなフライパンにとり、短冊に切った油揚げを半分入れる。みりん、酒、醤油で味付けして煮詰めると、甘辛い油揚げができた。

 知子は油揚げをボウルに入れる。粗熱がとれたら、モヤシ、ほうれん草と和えて煮浸しにするのだ。


 更に、残りのモヤシと絞ったキュウリ、塩昆布、ゴマ油を丼で和える。


「どっちも案外イケるよ。

 ウチじゃ、お義父さんがお漬物的なものを欲しがるんだけど、私とダンナが苦手だから、代わりにコレなんだ」


 うん。これならお手軽だ。自分一人でも作れる。




 ようやく、ヒジキと切り干し大根が戻ったようだ。干し椎茸は、一部、戻りきっていない部分が残っている。もったいないけど今回は捨ててしまう。


 戻し汁を出汁に加える。出汁を再度加熱すると、椎茸の匂いが広がる。


「椎茸って、こんなに少ないのに強いんですね」


「そうだね。今回は出汁の量も少なかったし」




 今度は切り干し大根。

 戻したものを軽く絞って短く切る。フライパンにゴマ油、トウガラシを一振りしてIHにかける。

 まずはニンジンを炒める。ニンジンにそこそこ火が通ったら、戻した切り干し大根、油揚げ、刻んだ干し椎茸を入れ、出汁で煮含める。味付はやはり酒、みりん、醤油だ。

 煮詰まったところで味見をすると、上品な味わいだ。昌の「もう一味ってところで留めとく方が、美味しく食べられるよ」に、なるほどと思う。


 同様にヒジキも作る。こちらにはレンコンも入る。ヒジキの戻し汁も少し足し、切り干し大根より濃い目の味付け。




「あとはお吸い物だけど、これはその家その家の味があるから、そこはお母さんに任せた方がいいかな」


 そう言うと、昌は下ごしらえに使ったボウルや小鉢を洗い始めた。


「あ、それは私がやります」


 知子がそれを引き継ぐ。




「今日はありがとうございます」


 知子のお礼に、昌は「いいって、いいって」と、笑いながら手をひらひらさせる。


 洗いものを終えた知子は、改めて乾燥湯葉を戻し、ミツバの下ごしらえを始めた。昌に習ったとおり、湯をくぐらせる程度で急冷する。それを見て「おー、良い感じだよー」と褒める昌に、知子は笑顔を向けた。




 帰宅する昌を見送ると、知子は今日やったことを思い出す。


「料理も、案外おもしろいかも」


 そして、それを食べて家族が笑顔になるところを想像すると、それだけで嬉しくなる。

 知子は、母親にメールを送る。野菜のお惣菜をいくつか作ったこと、お吸い物の下ごしらえをしたこと。




 夕刻になり、家族が帰ってきた。


「あ、良い匂い!」


 換気扇を回してかなり薄らいだと思っていたが、外から来ると匂いが分かるようだ。それに、美貴は鼻が良い。


「うん。今日、ちょっと料理をしてみた。簡単なものだけど」


 何を作ったか訊かれ答えると、美貴は感心しきりだ。「私が中一のときは、そこまでしなかった」と言うが、「人生経験は、一応、高二相当なんだけど」と返す知子の心は如何ばかりか。


 母親が出汁を小皿にとって味見する。


「あら、美味しい。これ、知が?」


「昌さんの指導で。

 でも、作業は基本、私がしたよ。昌さんは指示と味付けだけで」


「じゃぁ、同じの、また作れそう?」


「多分」


 本当は、自信が無い。




 リカーショップの袋を抱えた父親もやって来る。


「おい、荷物と一緒に置いてくなんて、ひどいぞ。

 おう、知、ただいま」


「お帰り、父さん」


「知がいくつか作ったそうだな。楽しみにしてるぞ」


 瓶を冷蔵庫にしまいながら言った。


 美貴は、北陸から持ち帰ってきたホットプレートを洗い始める。今夜は焼肉らしい。




 夕刻、テーブルの中央にホットプレートが置かれる。そして、知子が作った料理も並ぶ。


 母親は吸い物の仕上げをする。酒、塩、砂糖、醤油で味を調えると北川家の味だ。そこに戻した湯葉とうずまき麩、ミツバが入るとお吸い物が完成する。




「さ、夕食にするわよ」


 食卓には取り皿と調味料、知子が作ったお惣菜、そして、吸い物とご飯が並ぶ。

 美貴が早速ホットプレートに肉を載せる。野菜は隅の方に少しだけだ。父親はビールを手酌で始めた。気になっていたのか、まずニラの和え物から始める。


「お、これは旨いな。ビールが(すす)む」


「あ、結構イケる。肉と一緒にすると、タレ代わりになりそう」


 美貴もお気に召したようだ。


「ニラの味付けは焼肉のタレと豆板醤だから、タレそのものだよ」


「へー。これも昌さんから習ったの?」


「うん。旦那さんが好きらしいよ」


 知子はラーメン屋の顛末を話した。


「そうか、どこかで食べたことがあると思ったら」


 父親は、こってりラーメンで有名な店を挙げる。その店ではもう少しナンバの辛さとニンニクが効いているらしい。それでも、出来合いの調味料だけでここまで似せることに感心する。

 美貴と二人で、肉にもタレ代わりに使うから、丼いっぱい作ったそれは既に半分ほど減っている。


 一方、母親はほうれん草の煮浸しという、出汁と油揚げを使った料理に感心している。


「これ、味付けは?」


「昌さんがしてくれた」


「計ったり?」


「目分量で、あと味見して調味料をちょっぴり足してたかな」


「知、お吸い物、一口飲んでみて」


 口に含むと、味付けは我が家のそれだ。昌の味付けほどみりんを使わず、酒と塩と醤油と砂糖。塩のおかげか、さっき味見したときよりも膨らみのある旨みを感じる。それを活かすために、砂糖と醤油はいつもより控えめにしたのだろう。


「深いね」


「昌さんって、普段からこんな料理をしてるのかしら?」


「どうだろ。

 でも、乾物屋さんとは、顔なじみって感じだったよ。この辺には一年も住んでなかったらしいけど」


 母親は感心する。簡単なお惣菜でこのレベルだ。普段から美味しいものを食べ慣れているのだろう。そう言えば、旦那さんから紹介された店も美味しかった。


「知もこういう料理をサラッとできるようになるといいわね」


「うーん、どうだろ?」


「知は出汁とかの深みが解るし、舌は家族で一番確かだから、後は練習次第よ」


 確かに、美貴はともかく、父親は吸い物を「美味い、美味い」と食べているだけだ。初めの、ニラやビールで舌まで酔っ払っているのだろう。もしかしたら、出汁が今までと違うことにも気づいていないかもしれない。

 それでも、普段はあまり食べない野菜メニューもどんどん食べている。健康を考えたら、こういうメニューは普段から準備しておいた方が良いかも知れない。


 そう思うと、料理を少し学んだ甲斐があった。

 知子は、この団らんが続くよう、気持ちを新たにしていた。

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