料理 二
IHのタイマーが鳴ったところで、昆布を引き上げる。今度は出汁パックを入れて五分ほど煮出す。更に、香り付けに鰹節をさっと入れてすぐ引き上げる。匂いは和風出汁そのものだ。
アク取りシートで、残った鰹節と昆布のぬめりも絡め取る。
「知子ちゃん、味見」
知子は、昌が差し出した小皿を口にする。香りは、出汁だ。でも、味付けしてないせいか、薄い気がする。
「少し、薄いかも」と言う知子に、昌も「どれどれ」と味見すると、やはり薄かった。魚が昆布に負けている。昌は粉末の『だしの素』を取り出し、目分量でさらさらと入れた。
「こんなもんかな? どう?」
知子は再び小皿から口に含む。今度はふくらみのある出汁だ。
「それじゃぁ、煮浸しと切り干し大根、ヒジキの煮付けを作るよ」
知子は、軽く水洗いして埃を落とした切り干し大根、ヒジキを小鉢で戻す。更に、薄揚げを短冊状に、ニンジンを細切りにする。が、包丁に慣れないせいか、幅は不揃いだ。
更に戻した干し椎茸を切ろうとすると、石づきあたりが戻りきっていない。椎茸が戻るには、意外と時間がかかるようだ。
出汁を二十センチの小さなフライパンにとり、短冊に切った油揚げを半分入れる。みりん、酒、醤油で味付けして煮詰めると、甘辛い油揚げができた。
知子は油揚げをボウルに入れる。粗熱がとれたら、モヤシ、ほうれん草と和えて煮浸しにするのだ。
更に、残りのモヤシと絞ったキュウリ、塩昆布、ゴマ油を丼で和える。
「どっちも案外イケるよ。
ウチじゃ、お義父さんがお漬物的なものを欲しがるんだけど、私とダンナが苦手だから、代わりにコレなんだ」
うん。これならお手軽だ。自分一人でも作れる。
ようやく、ヒジキと切り干し大根が戻ったようだ。干し椎茸は、一部、戻りきっていない部分が残っている。もったいないけど今回は捨ててしまう。
戻し汁を出汁に加える。出汁を再度加熱すると、椎茸の匂いが広がる。
「椎茸って、こんなに少ないのに強いんですね」
「そうだね。今回は出汁の量も少なかったし」
今度は切り干し大根。
戻したものを軽く絞って短く切る。フライパンにゴマ油、トウガラシを一振りしてIHにかける。
まずはニンジンを炒める。ニンジンにそこそこ火が通ったら、戻した切り干し大根、油揚げ、刻んだ干し椎茸を入れ、出汁で煮含める。味付はやはり酒、みりん、醤油だ。
煮詰まったところで味見をすると、上品な味わいだ。昌の「もう一味ってところで留めとく方が、美味しく食べられるよ」に、なるほどと思う。
同様にヒジキも作る。こちらにはレンコンも入る。ヒジキの戻し汁も少し足し、切り干し大根より濃い目の味付け。
「あとはお吸い物だけど、これはその家その家の味があるから、そこはお母さんに任せた方がいいかな」
そう言うと、昌は下ごしらえに使ったボウルや小鉢を洗い始めた。
「あ、それは私がやります」
知子がそれを引き継ぐ。
「今日はありがとうございます」
知子のお礼に、昌は「いいって、いいって」と、笑いながら手をひらひらさせる。
洗いものを終えた知子は、改めて乾燥湯葉を戻し、ミツバの下ごしらえを始めた。昌に習ったとおり、湯をくぐらせる程度で急冷する。それを見て「おー、良い感じだよー」と褒める昌に、知子は笑顔を向けた。
帰宅する昌を見送ると、知子は今日やったことを思い出す。
「料理も、案外おもしろいかも」
そして、それを食べて家族が笑顔になるところを想像すると、それだけで嬉しくなる。
知子は、母親にメールを送る。野菜のお惣菜をいくつか作ったこと、お吸い物の下ごしらえをしたこと。
夕刻になり、家族が帰ってきた。
「あ、良い匂い!」
換気扇を回してかなり薄らいだと思っていたが、外から来ると匂いが分かるようだ。それに、美貴は鼻が良い。
「うん。今日、ちょっと料理をしてみた。簡単なものだけど」
何を作ったか訊かれ答えると、美貴は感心しきりだ。「私が中一のときは、そこまでしなかった」と言うが、「人生経験は、一応、高二相当なんだけど」と返す知子の心は如何ばかりか。
母親が出汁を小皿にとって味見する。
「あら、美味しい。これ、知が?」
「昌さんの指導で。
でも、作業は基本、私がしたよ。昌さんは指示と味付けだけで」
「じゃぁ、同じの、また作れそう?」
「多分」
本当は、自信が無い。
リカーショップの袋を抱えた父親もやって来る。
「おい、荷物と一緒に置いてくなんて、ひどいぞ。
おう、知、ただいま」
「お帰り、父さん」
「知がいくつか作ったそうだな。楽しみにしてるぞ」
瓶を冷蔵庫にしまいながら言った。
美貴は、北陸から持ち帰ってきたホットプレートを洗い始める。今夜は焼肉らしい。
夕刻、テーブルの中央にホットプレートが置かれる。そして、知子が作った料理も並ぶ。
母親は吸い物の仕上げをする。酒、塩、砂糖、醤油で味を調えると北川家の味だ。そこに戻した湯葉とうずまき麩、ミツバが入るとお吸い物が完成する。
「さ、夕食にするわよ」
食卓には取り皿と調味料、知子が作ったお惣菜、そして、吸い物とご飯が並ぶ。
美貴が早速ホットプレートに肉を載せる。野菜は隅の方に少しだけだ。父親はビールを手酌で始めた。気になっていたのか、まずニラの和え物から始める。
「お、これは旨いな。ビールが捗む」
「あ、結構イケる。肉と一緒にすると、タレ代わりになりそう」
美貴もお気に召したようだ。
「ニラの味付けは焼肉のタレと豆板醤だから、タレそのものだよ」
「へー。これも昌さんから習ったの?」
「うん。旦那さんが好きらしいよ」
知子はラーメン屋の顛末を話した。
「そうか、どこかで食べたことがあると思ったら」
父親は、こってりラーメンで有名な店を挙げる。その店ではもう少しナンバの辛さとニンニクが効いているらしい。それでも、出来合いの調味料だけでここまで似せることに感心する。
美貴と二人で、肉にもタレ代わりに使うから、丼いっぱい作ったそれは既に半分ほど減っている。
一方、母親はほうれん草の煮浸しという、出汁と油揚げを使った料理に感心している。
「これ、味付けは?」
「昌さんがしてくれた」
「計ったり?」
「目分量で、あと味見して調味料をちょっぴり足してたかな」
「知、お吸い物、一口飲んでみて」
口に含むと、味付けは我が家のそれだ。昌の味付けほどみりんを使わず、酒と塩と醤油と砂糖。塩のおかげか、さっき味見したときよりも膨らみのある旨みを感じる。それを活かすために、砂糖と醤油はいつもより控えめにしたのだろう。
「深いね」
「昌さんって、普段からこんな料理をしてるのかしら?」
「どうだろ。
でも、乾物屋さんとは、顔なじみって感じだったよ。この辺には一年も住んでなかったらしいけど」
母親は感心する。簡単なお惣菜でこのレベルだ。普段から美味しいものを食べ慣れているのだろう。そう言えば、旦那さんから紹介された店も美味しかった。
「知もこういう料理をサラッとできるようになるといいわね」
「うーん、どうだろ?」
「知は出汁とかの深みが解るし、舌は家族で一番確かだから、後は練習次第よ」
確かに、美貴はともかく、父親は吸い物を「美味い、美味い」と食べているだけだ。初めの、ニラやビールで舌まで酔っ払っているのだろう。もしかしたら、出汁が今までと違うことにも気づいていないかもしれない。
それでも、普段はあまり食べない野菜メニューもどんどん食べている。健康を考えたら、こういうメニューは普段から準備しておいた方が良いかも知れない。
そう思うと、料理を少し学んだ甲斐があった。
知子は、この団らんが続くよう、気持ちを新たにしていた。