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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第三章 新たな日常
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一人で

 駐輪所に自転車を駐めた。鍵をかけると。後輪だけでなくハンドルもロックされる


 知子にとってこの規模の書店は久々だ。田舎だと街まで出る必要がある。

 店に入ると、平日の昼下がりとあってか、客の姿はまばらだ。


 雑誌売り場で少年誌を手に取った。二ヶ月ほど間が開いている。発行部数トップとは対称的に、こちらは巻頭に若手アイドルのグラビア写真があり、連載内容もきわどい表現のものが多い。

 カラーページでは、ショートパンツの少女が健康的な笑顔でポーズをとっている。一頁めくるとビキニだ。


 可愛いとは思うし、少しドキドキもする。でも、それ以上の変化はほとんど感じられない。

 肉体が変わってしまったからだろうか? 単に見慣れてしまったから? あるいは、このドキドキは『知治』の記憶がそうさせるだけで、生まれながらの女性には無縁のことなのだろうか?


 知子は、本の少女を見つめながら、想いを巡らせた。




 ふと視線を感じて左を見ると、七十前ほどだろうか、男性が怪訝そうな顔で知子を見ていた。

 知子は今の自分の姿を思い起こす。

 客観的には、亜麻色の髪の美少女が、ストイックなまでに真剣な視線をグラビアの少女に向けている。

 明らかに変だ。


 知子の頬がわずかに染まる。雑誌を閉じて戻すと、そそくさと別の売り場へ行った。




 コミックの棚を見る。一応、新刊をチェックした。とりあえず、新たに買うのは三冊か。そして中高生向けの小説のコーナー。アニメの原作本も多い。


 学習参考書のコーナーに向かうと、ほんの数ヶ月前に使っていたものもある。当時は面倒くさいものだったのに、いざ無くなると懐かしいというか、改めて開いても良いかなという気持ちになるのは不思議だ。




 店内をおおよそ一巡りした知子は、CD・ビデオレンタルのフロアに行った。新作や準新作のコーナーを見る。

 これだけ日中がヒマだと借りたいのだが、残念ながら会員証が無い。新たに作るといっても、公的な住所と実際の住所が違っている上、そもそも身分を証明できるものが無い。

 オンラインサービスでも契約しようかとさえ思うが、いざ学校が始まってしまうとほとんど使わなくなるに違いない。


 今度、美貴と来るか……。


 結局さっき目星をつけた三冊を手に、知子は店を後にした。




 自転車は田舎道をかなりの速度で走る。都市部と言っても、市街地を出れば、北陸と変わらない田舎の風景だ。

 農地以外の緑も見える。こういう空気を感じながらペダルを踏むのは気持ちが良い。

 途中、警邏(けいら)中のパトカーだろう。追い越されたが、誰何されることも無い。亜麻色の髪に長い手足。後ろ姿は日本人には見えなかったのだろう。


 少し喉が渇いたのでコンビニに入る。この手の店は、全国どこでも形や商品の配置まで同じなのだろう。二ヶ月ほど前に入った店と二百キロ以上離れているとは思えない。

 飲み物とお菓子を少し、レジに持って行く。


 うーん。書店の近くにあったドラッグストアで買えば良かった。


 コンビニで買うと値段が倍ほどになってしまう。この辺は高校生の金銭感覚だ。試合のときも、粉末のドリンクを薄めに作って持って行ったものだ。


 自転車のかごには、紙袋に詰められた漫画が三冊。その上にお菓子をいくつか。神子として使えるお金はあっても、金銭感覚は高校生だ。知子は、ちょっと贅沢した気分になる。




 コンビニを境に田舎道が住宅地に変わる。

 もうすぐ自宅マンションだ。住宅地に入ると小学校低学年だろうか、女子児童が五人、連れだって歩いている。

 知子が横断歩道で停まると、子どもたちが嬉しそうに手を振る。手を振り返すと、子どもたちは大喜びだ。


 子どもたちからも、私が外国人に見えるのかな?


 それでも、微笑ましい姿を見ると、知子は嬉しくなってくる。

 子どもたちはそのまま児童館に入って行った。どうやら学童保育らしい。田舎でも小学校低学年は学童へ行くことが多い。と言うより、田舎の方が共働きは多く、知子の両親もその例に漏れない。




 家に戻り、母親に「ただいま」と告げると、リビングにはマットが積まれていた。

 ゲームを始めようかとも思ったが、母親の前で例のトレーニングウェアを着ることには抵抗がある。さりとて、それ以外の服で身体を動かすことにも不安がある。


 結局、その日はゲームの電源を入れなかった。


 母親は口にこそ出さなかったが、少し残念に思っていた。やはり、美貴が「格好いい」と言う姿を見てみたかったのだ。が、身体の線が出る服には、ましてそれを家族に見られることには、未だ抵抗があるのだろう。




 夕方になって美貴も帰ってくる。制服では無く部活の服装のままだ。準備されたマットに気づく。


「知子はしないの? 私が先にやっちゃっても良いの?」


 それには知子は「良いよ」としか応えられない。美貴が昨日からリングを見ていたことも知っている。


 音ゲーではないので、少々の遅延は無視できる。美貴は、この家では初めて五・一サラウンドでゲームをプレーすることになった。

 アカウントを設定して始めると、最近のゲームらしく、映画的なオープニングだ。

 ゲーム自体も演出が素晴らしく、ボクササイズのそれよりも面白そうに見える。

 美貴は足踏みとリングの押し込みを繰り返した。




 一ステージを終えたところで、一旦止めることに。見た目よりもきついらしく、かなり汗をかいている。


「美貴、先にお風呂入ったら?」


「うん。そうする」


 その間に、知子と母親は夕食の準備をする。と言っても、メインの炒め物以外は、タッパの常備菜を出すだけで、ご飯や味噌汁をよそうのは、美貴が風呂から上がってからだ。




 夕食時、やはり知子の座り方に、母親からの指導が入る。膝が開いてしまうのだ。それを横目に、美貴も居住まいを正す。彼女も、特に背もたれに体重を預けたときなどに、膝が開いてしまうことがある。指導が入る知子と、スルーされる美貴。知子はその差に釈然としない。




「連休にも、お父さんがこちらにくるわよ。でも、なんだかんだで、五月いっぱいはあっちになりそうだけど。


「うん」


 先週は来られなかったから、二週間ぶりになる。「四月中には引き継ぎを」とは言っていたけど、結局間に合わなかったようだ。


「知子、少しは女の子らしくなったところ見せないと」


「そんな、すぐには変われないよ。美貴こそ、受験生らしくならないと」


 そう、言い返しながらも、知子は漠然とした不安を感じていた。無論、このままでは居られないことは解っている。しかし、自分は変われるのだろうか?


 両親に心配をかけないためにも、女子力アップは急務だ。

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