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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第三章 新たな日常
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バット

 母親が帰ってきて夕食時、訊かれるのは当然、昌との外出先だ。


 知子は、バッティングセンターから順を追って話す。食事をしたこと、昌に意外とめんどくさがりな一面があること、買い物のこと。

 ゲーム機は、知子が神子として渡されたカードで買ったが、ウェアは出しそびれて昌が二人分支払ってしまったこと。


「知、後で昌さんに、よくお礼を言っておきなさいよ」


「うん。分かってる」


「知子のウェア、昌さんもだけど、すごく格好いいんだよ!」


 美貴が口を挟んだ。余計なことを……。


「どんなの買ってもらったか、見せてみてよ」


「今、洗濯待ちだよ。みんながお風呂に入ったら回すとこ。

 汗でじっとりだよ」


 知子は準備してあった言い訳をする。今後も、トレーニングは日中にし、この時間は洗濯待ちにするつもりだ。しかし、母親はそれほど残念そうな素振(そぶ)りも見せず、淡々としたものだった。




 夕食後は、改めて風呂に入る。『知治』はシャワーで十分だったが、知子は湯船にゆっくりとつかる方が好きなのだ。

 美貴も最近は物珍しさが無くなったのか、知子が来るとすんなりと脱衣所を空けてくれる。今も、ドライヤーを持ってリビングだ。


 知子は服を脱いだところで、思い出したように鏡の前で構えてみる。ファイティングポーズがなかなか決まっている。

 胸はせいぜいBに届くかと言ったところだが、細い胴回りと小ぶりな尻から伸びる、すらりとした長い脚、ニチアサヒロイン枠の体型だ。


 鏡に映った自分の下着姿を見てニヤニヤするなんて、どこのナルシストだよ……。


 知子は苦笑を浮かべ、浴室に向かった。




 湯船につかりながら病院での浴場を思い出した。


 昌さんはゲーム枠で、竹内さんは洋物の成人向け枠ってとこか。そう思いながらも、エネルギーが充填される感覚は希薄だ。


 もう、『男』じゃないんだな……。


 ぼんやりと、もう見慣れた天井を見上げるが、今はそれが歪んだり霞んだりはしない。


 以前だったら、あの記憶だけでも十分『オカズ』になったんだろうけど……。


 思わず、『オカズ』にする『自分』を想像して赤面する。自分は一体、何を考えているんだろう?




 知子と入れ替わりで母親が風呂に入ったところで洗濯機を回す。昌に言われたように流しすすぎだ。ドラム型は節水タイプだが、十分な水で押し流さないと、糸くずなどが詰まりやすいらしい。

 知子は節水の意味について考えてしまう。


 洗濯の完了を待つ間は手持ち無沙汰だ。リビングでは美貴がドラマを視ている。

 知子は自室で動画サイトを開いたが、一本見たところで閉じてしまう。ベッドに腰掛けて天井を見上げると、バッティングセンターのことが思い出される。


「二月以来か」


 久々に握ったバットは重く、スイングも明らかに鈍かった。芯で捉えた打球も、手応えの割に飛ばなかった。


「これが女子の身体能力なんだな」


 それでも、身体を動かすのは楽しかった。

 部活、ソフトボール部とかもいいかもしれないな。否、神子は競技スポーツが禁じられている。でも、バットは握りたい。


 知子はリビングに戻る。ドラマはちょうどCM入りだった。


「美貴、学校にソフトボール部ってある?」


「無いよ。男子の野球部はあるけど」


「……そっか」


 いろいろと想いを巡らせた知子だったが、空回りだった。




 知子は美貴が視ているドラマを横から見るとも無く見る。途中からだからか、あまり面白くない。

 次週への引きとともにドラマが終わるころ、脱衣所からドライヤーの音が聞こえる。そして、洗濯の完了を知らせる電子音。




 姉妹は洗濯室でハンガーに掛ける。

 冬頃までの美貴は、下着の(たぐ)いだけは知治にも見えないよう、別の場所で干していたものだった。が、今はサニタリーショーツすら知子が干すに任せている。

 父親がこちらに来てもこうなのだろうかと、知子の意識は益体も無いところへ行く。


 知子が除湿機を動かしてリビングに戻ると、母親はニュース番組らしきものを視ている。ダイニングとリビングがつながってからというもの、家族のテレビ視聴時間が増えた。


 知子はテレビに目をやるが、久々に身体を動かしたせいか、眠気が来る。


「おやすみ」


 そう言って知子は自室に行くと、ベッドに横になって天井を見上げた。


 今日は久々に身体を動かしたな。


 知子はストレッチを始める。ずいぶん間が開いた習慣だ。

 運動前のアップ――動的ストレッチ――ではなく、純粋に筋を伸ばす。そして、リンパの流れをよくするために揉む。まずは脚の付け根から膝裏、ふくらはぎとほぐした後、踝から身体中央に向けて揉み上げて行く。

 すらりとした脚を下から揉み上げるにつれ、手が脚の付け根に至る。身体の内側がほんのり熱を持つものの、それだけだ。客観的には、結構えっちな絵面で、知治がこんなのを見ようものなら、それすらも……。


 ふと、昌の言葉を思い出す。バットを『握るのがご無沙汰』って、まさかそういう意味か? いや、あんな女性が、そんなことを言うはずが無い。そんな風に考えてしまう自分が、欲求不満なのか?


 知子は恥ずかしさのあまり、しばし、ベッドで転げ回る。




 女って、どんな感じなんだろ。


 男子高校生として人並みに興味はあった。『知治』自身は未だそういった接触を持った経験は無かったが、それだけに、興味や妄想は大きくなり、それを求める気持ちは強かった。

 人並みとは言っても、男子高校生レベルの『人並み』である。あるいは『人一倍』と言い換えてもいい。いずれにしても、その強さは、恋に恋する段階の女子には想像もつかないだろう。


 どうしよう……。


 自室に鍵は無い。母も美貴もいきなり入ってくることは無いとは思うが、『同性』の気安さで、ということも考えられる。


 ストレッチに熱が入りすぎて、着替える必要があった。

 我ながら苦しい言い訳だ。


 しかし、知子の気持ちは盛り上がっている。ドアが閉まっていることを確認し、パジャマを脱いだ。下着姿までなら、着替え中と言えなくもない。




 姿見に映った自身を見る。

 既に見慣れた姿のはずなのに、見る目的が違うからだろうか? あるいは気持ちの盛り上がりだろうか?

 知子の胸は高鳴る。

 身体表面の感覚も、いつもと違うようだ。

 トリハダが立つと少し似た、しかし異なる感覚が全身を覆う。

 鏡の向こう側からは、こちらに媚びるような、今まで見たことの無い艶めかしさを含む視線。


 肌を上気させ、恥じらいと期待が混じった表情は蠱惑的で、この姿のグラビアがあれば、『知治』なら……。


 自分で自分の肩を抱きしめる。

 鏡に映る表情と相まって、それだけで胸が高鳴る。

 右手を徐々に下げ、下着の上から触れる。


「……んっ」


 その甘美な感覚に、吐息が漏れる。


 これはあかん。あかんやつや。これ以上進んでもたら……。


 なぜかエセ関西弁で自分にツッコミを入れる。これ以上は、一人だけのときだ。

 名残惜しいが、パジャマを着て布団に入る。




 布団の中でも、身体の熱さに悶々として眠れない。

 いっそ、このままさっきの続きを……、その誘惑を振り払い、目を閉じた。


 寝なきゃ!

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