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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第三章 新たな日常
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ボクササイズ

 知子たちは、なかなかの大荷物を抱えて帰宅した。

 帰って最初にすることは、当然、ゲームをテレビにつなぐこと。アダプタとHDMIケーブルをつなぎ、対応する入力を低遅延モードにする。


 ユーザアカウントを設定し、ゲームを始めた。

 マットを買い忘れたので、始めるのは足踏みをしないボクササイズの方だ。建物が良いから、下の階に響く心配は少ないはずだが、念のため。

 昌の「着替えないの?」の問いに「軽く触ってみるだけ」と応じてゲームを始める。




 まずはチュートリアルらしい。画面のインストラクターに合わせて、ストレッチから。

 ストレッチを終えた知子がふと見やると、昌はすでに着替え完了。

 知子は画面のインストラクターと昌を見比べる。

 画面の女性はデフォルメされているからか、手足が長い。しかし昌もそこまでではないものの手足が長い。こういう体の線が出る服装だと、それが際立つ。


 腰から下は、昌さんの方がちょっと細いか。けど、胸が……。


 知子の視線は自然と誘導されてしまう。




 知子はストレッチを終えて、エクササイズを開始。画面に向かって構え、体を揺する。「せーの」で右ストレート!


「うっ」


「ほら、やっぱり。無理するとクーパー靱帯傷めるよー」


「大丈夫です」


「やせ我慢しない方が良いよ。ワン・ツーとか、返しの左フックとかが混じったら、ボクササイズどころじゃ無いよー」


 そう言いながら、昌はワン・ツー、左フックを見せる。ウェアで抑えられているのに、それなりに揺れる様子に、知子はいろいろ予測してしまう。

 少し迷った後、知子も着替えることにした。




「おー! かっこいい」


 着替えた知子を昌が褒める。

 確かに、知子自身もそう思った。鏡に映ったスラリとした体躯は、小柄であることを除けば、グラビアアイドルや、あるいはアスリーテスにも劣らない。

 しかし同時に、服で強調された身体の線は、気恥ずかしさを呼び起こす。上半身の揺れを抑える仕掛けと、大きく開いた背中が直接空気に触れる感覚との対比に、自身が身につけているものを意識させられる。




「チュートリアルの前に、正しいフォームを教えるよ。変な癖が付いても良くないし」


 まずはジャブとストレートを昌が実演する。その風切り音に知子は驚く。


「まずは構えからね。人によって違うけど、知子ちゃんの体型なら私と同じスタイルだね。画面の構えよりもうちょっと横向きかな? 柔術の構えと左右反対になるけど、こんな感じで」


 サウスポースタイルに構えた昌の前で、知子も鏡映しに拳を構える。知子のイメージよりも、かなり横向きになる。この構えだと、むしろ横向きにジャブを打つ印象だ。


「うん。そんな感じ。かかとを浮かせて」


 先ほどと同様に体を揺する。


「まずはジャブからね」


 昌は、先ほどより二段ほど落ちる速さで拳を突き出す。それを知子も真似る。


「そうそう。いい感じだよ。真っ直ぐ突けてる」


 ジャブ、ジャブ……。スピードを上げる。


「打つとき、右拳は顎から離さないで」


「拳はそんなに握り込まなくていいよ」


「むしろ、手を戻すときを速くするつもりで」


 昌のアドバイスに従い、ワン・ツーも練習する。やはり意識しないとツーのときに、左拳が顎から離れてしまう。


「この辺は、最初が肝心だからね。正しい姿勢とフォーム」


 練習していると、二の腕にも効いてくる。更に腰や肩周り、意外と背中の負荷も大きい。そして、ずっとかかとを浮かせているからふくらはぎも。




 軽く、一日目のデイリーを終了。


「おー。初めてで十八歳はなかなか!」


「自分、じゃなくて私、十二歳なんですけど」


「これ、十八歳が一番いい評価だよ。多分、JUSTの割合で見てるだけだと思うけど」


「昌さんは?」


「私は、初めては十九歳になってた。けど、普通にやれば十八歳だよ。

 でも、判定が甘いんだよね。結局コントローラにかかる加速度で見てるだけだから、タイミングさえ合わせれば、フォームがダメでも、全部JUSTにはなるだろうし」


 ジャブなどが判りやすいが、ゲームでは腕の振りではなく、拳が引手に変わる――加速度が大きくかかる――瞬間を見ているようなので、特にフックやアッパーなどの判定は、現実に即しているとは言えない。

 ハンドスピードが十分に速い二人には、大きな問題はないものの、だからこそ正しいフォームでやらないと、効果が十分得られないのも事実だ。




 その後、昌もフリーで一曲試す。始めたばかりで、簡単なコンビネーションしか選択できないこともあって、すべてJUSTだ。


 知子にも、初日のメニューは軽いと言うより物足りない。フリーでもう一曲。感覚は掴めたのでテンポを速めにするが、やはり昌と同様だ。スイッチするときの、トレーナーからの「ここまで完璧」の言葉に、少し嬉しくなる。


 知子がサウスポーでやっている最中に、玄関の方から物音がした。「ただいまー」の声から、美貴だと判る。急には止められず、知子はこの姿を美貴に晒すことに。




「あ、知子、かっこいい!」


 知子はすごく恥ずかしい。他人にシャドーボクシングを見られるのは、ある意味罰ゲーム。ましてこの服装だ。


「お帰り、美貴ちゃん。おじゃましてます」


 昌の姿に、美貴は目を見開く。その姿は、とても妊婦には見えない。


「まだ、三ヶ月にもなってないからね。

 知子ちゃんが運動不足になりそうだから、買ってみた。

 実は私も同じのを持ってたんだよ。学校に編入するまでは、どうしても運動不足になりがちだから」


 美貴は、もう一方のリングに興味津々だ。でも、階下(した)に響くかもしれないので、マットを買った方が良さそうだ。


「昌さんも知子も、スタイルいいなぁ。竹内さんは別の意味でスタイルいいし。芸能人でもちょっと居ないよね」


「でも、スポーツ選手とか芸能関係は禁止なんだよね。私の友達も普通に大学行ってるし、卒業後は公務員とかが多いよ」


 昌は知った顔を思い浮かべる。

 そう言えば、無職は比売神子様と自分だけだ。看護師、団体職員、教諭、養護教諭、県職員……。わりとお堅い職業ばかりだ。


 昌がふと見ると、知子は居づらそうにしている。美貴にこの姿を見られて、しかし昌がいるから自分だけ着替えるのも、という状況か。


「あ、こんな時間だ! 保育園に迎えに行かなきゃ!」


 そう言うと、昌はウェアの上からパンツとブラウスを着ける。


「知子ちゃんも汗で体が冷えるといけないから、着替えた方がいいよ。できればお風呂かシャワーも。

 それじゃ、おじゃましましたぁ」


 昌は『お(いとま)』と言うには慌ただしく玄関を出た。知子は昌を見送ると、シャワーを浴びて着替える。この格好を母親にまで見せたくはない。

 シャワーを浴びながら、知子は家族が居るときにはウェアに着替えないことを決意する。更に、着て見せてと言われないよう、夕方に洗濯のタイミングを合わせることも。


 でも久々に体を動かせて楽しかった。明日は筋肉痛かもしれない。

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