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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第一章 変わる日常
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ご両親と

 バンは一路、北陸を目指す。北陸自動車道に乗るところで、昌がハンドルを握る。道は空いている。

 道中は、あえて比売神子のことは話さない。主に土産の話だ。


 福井県を通過したところで再びサービスエリアに入る。ここでバンのカーテンを閉め、昌は例の衣装に替えた。

 ここから先は、再び沙耶香がハンドルを握る。

 通常、運転はガードに任せるのだが、今回は状況が違う。道中もその会話は無いが、関係者と言えども、知る可能性は廃するべきだ。


 昌は窓の外を眺める。車でここを通るのは何時ぶりだろうか?

 自身はここに住んでいたわけではないが、神子だった頃を思い出し、懐かしさを覚えた。聡子さんどうしてるかな? と想いを巡らせる。

 以前降りたインターを通過し、しかし金沢までは行かずに高速を降りた。




「気が重いなぁ」


「その分、温泉と夕食はいいところを押さえる?」


「泊まりは……、困るかな。

 優乃(ゆの)も放っとけないし、早めに帰らないと。できれば、保育園にも私が迎えに行きたいし」


「じゃ、お昼は光紀(みつき)ちゃんのときの店にしましょうか」


「あ、それ賛成!

 でも、お腹に赤ちゃんが居るから、アルコールはもちろんだけど、カニとかエビとかって、大丈夫でしょうか?」


「普通の食べ物なら大丈夫よ。

 心配なら、ちゃんと火を通した物だけ食べて、ミソとかを避ければいいんじゃない? ミソは重金属が蓄積される部位らしいし」


「ミソはそんなに好きじゃないからいいけど、刺身は避けた方がいいのかぁ……。せっかく北陸なのに」


「海の魚なら、心配無いわよ。

 もうすぐ着くわ。初めは私一人で行くけど、会話の内容はコレで聞いといて」


 沙耶香はインカムを渡す。昌はマイクがオフになっていることを確認するが、沙耶香の集音器に発声機能は無い。




 沙耶香は、昌を残して車を降りた。

 インカムのスイッチをつけると、衣擦れらしき音が届く。


「初めまして、竹内沙耶香と申します……」


 意外とクリアな音声が届く。自己紹介に始まり、知治君の身体が神子のそれに変わってゆく最中であること、その過程で命を落とす可能性が高いこと……。

 説明は続く。


 最も重要なこととして、たとえ『彼』が無事に退院できたとしても公的には死亡したこととなり、自身は別人として人生をやり直さなくてはならないことを話す。

 未だ性別については話していないが、告げられた事実に、ご両親は声も無い。




「知治君が、姿形も別の人間になったとしても、一緒に暮らしたいですか? 家族として迎えいれられますか?

 そして、そのためには転居することになるかも知れませんが、それでも構いませんか?」


「もちろんです」

「当たり前です」


 このときばかりは、両親の声がはっきりと聞こえた。


「それでは、少し踏み込んだ話をいたします。

 もう一人も交えてお話しすることになりますので……」


 昌はインカムを外し、髪を整える。出番だ。




「寒っ。お腹の子に(さわ)らないかな」


 三月とは言え、北陸の風は冷たい。特にこの衣装では。


 例によって、沙耶香は(うやうや)しく昌を先導する。半ばうんざりしている昌だが、それは顔に出さない。沙耶香に促され、半眼(はんがん)で表情を殺し『格』を弱く放ちながら玄関へ。

 玄関で両親に挨拶すると、やはりこの姿と『格』の効果は大きい。




 リビングに通されると、妹も座っていたことに昌は驚かされるが、無論、顔には出さない。

『彼』の母親がもう一つ湯飲み茶碗を出した。沙耶香の湯飲みから漂う薫りから言って、かなり良い葉のようだ。


「申し訳ありません、緑茶は避けていただければ。カフェインはお腹の子に障るかも知れませんので」


 両親と娘の視線が昌に集まる。


「こう見えても、もうすぐ二十三になります」


 昌は半眼のまま微笑を浮かべる。




 代わりが無かったのか、ペットボトルのほうじ茶を出された。

「いただきます」とお茶を注ぎ、湯飲みに口をつけたことで、場の空気が少し緩む。


 沙耶香は先の話の続きを始め、ここで初めて『比売神子』という言葉を口にする。


 説明自体は通り一遍だ。

 過去には祭祀や(まつりごと)に関わる立場であったこと、現代においても秘匿された立場であることを説明する。そして、他言無用であること、自身も含め、関係者の社会的権利よりも、守秘を優先することを改めて強調する。




「さきほど、『比売神子と呼ばれる女性』と言われましたが、知治は息子ですよ」


「その通りです。

 ですが、過去にも同じように男性として生を受け、比売神子として生きた女性の記録があります。

 五百年ほど、あるいは千年以上前の記録で、正直なところ私自身も信じてはおりませんでした。実際に見るまでは……

 いずれも、子宝にも恵まれ、幸せな人生を送ったそうです」


 沙耶香は説明を続ける。昌が、自分まで来る必要性は無かったのでは? と思ったときだった。


「そんな馬鹿げた話、信じられないし。

 そんなことより、お兄ちゃんが今どこにいるか、教えてよ!」


 昌は事前の打合せ通り、妹を一瞥し、眼光に『格』を乗せる。

 昌が指向性を持たせられる最大級に近い『格』は、沙耶香の全力には及ばないものの、しかしそれ以外の比売神子に匹敵する。

 彼女を射貫いた『格』は、その余波を両親にも届かせる。




「国は、個人の社会的権利より、秘密を守ることを優先します。その『個人』には、私もお腹の子も含まれています。

 それを押して尚、こうして説明に来た私どもの誠意を、酌んではいただけませんか?」


 昌は、神子ですら少し影響が出るレベルの『格』を乗せて話す。表面上は有無を言わさぬ口調ではあるが、内心は罪悪感と、妹さんが失禁してないか……、という心配の方が大きかったが。




『誠意』

 単に秘匿を優先するならば、最も確実な方法は一切の説明をしないことだと思い当たったのだろう。そこから先はスムーズに進む。


 姿を変えた『知治』君を家族皆が受け容れることを、特に母親と妹――今後は姉という立場になる――にお願いする。かつて沙耶香が昌幸の家族にした話だ。


 そして昌は、その人格を否定しないことを強く求める。

 特に、過去の『彼』と姿を変えた『彼女』を比較するようなことが無いよう、あるいは「女の子が欲しかった」といった発言をしないよう念押しした。

 それらは、過去の『彼』を否定することに繋がりかねない。


 昌は途中から『格』を抑えた。

 表情を殺すために半眼にした顔も、普段の少し目尻が下がった優しげなそれに戻す。初めの冷たい印象から、天使と評されたことのある美貌への変化が、期待以上の効果を得たことに、沙耶香は内心ほくそ笑む。


 更に、MRIの情報、特に変化が脳の構造に及んでいることも、資料を見せる。

 結果として、物事の受けとめ方から心の在りようが、徐々に変化してゆくであろうこと、そして性適合手術等は本人が苦しみ、絶望を深めるだけであることが予想されることを説明する。


 心の変化は自然に任せ『彼』に無用の恐れを持たせないこと、最優先は『彼』が生きること、そのサポートを家族にお願いした。




 意識が戻ったとき、母親が近くに居ることが望ましいので、宿泊の準備をお願いして、二人はその場を辞した。




「ふーっ、肩こったぁ」


「毎度、見せられない姿ね」


「仕方ないですよ。

 とりあえず、ちょっと遅いですけどお昼にしませんか?」


 昌が着替える間に、沙耶香は電話で予約を取ろうとするが、年度替わりとあってか、平日にもかかわらず満席だ。おそらくどこもそうに違いない。


「この辺はコンビニより寿司屋の方が多いって言うから、どこか寿司屋にでも入りましょうか」


「お腹がすいたので、正直、回るお寿司でもいいです」


「じゃぁ、全国チェーンは避けて……、あ、あそこが良いんじゃないかしら?」




 いかにも回りそうな名前に反して、入ったら回らないお寿司だった。タッチパネルで注文というのは時代だろう。


「帰りは私が運転しますから、沙耶香さんは呑んじゃって構いませんよ」


「さすがに、妊婦さんにそれはちょっとね。私がダウンしそうになったら頼むことにしましょう」




「ふう。割と美味しかったわね」


「予想以上ですよ。うどんとか、汁物はちょっと塩気が強かったですけど」


「北陸はそういう味なんじゃない?」


「そうでしょうか?

 振られた方の店は、そうでもなかったですけど」


「そう言われればそうだったわね」


 二人はドラッグストアで飲み物を買い、高速に乗る。


「一仕事終わった気でいたけど、本番はこれからなんだよねぇ」

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