買物 三
三人が戻ると、母親が心配そうにしていた。
「心配無いですよ。美貴ちゃんがナンパされそうなところを、知子ちゃんが止めようとしてたんですよ。相手の二人がしつこそうだったので、私が追っ払いました」
「追っ払ったって……」
「こう見えても、私は柔術も修めてますし、空手や古武術もかじっます。段位取りました、って程度なら、どってことないですよ」
仮に昌が駆けつけなくとも、今回の外出にはガードもつけられている。これは、知子が女性としての危機管理が出来るようになるまでは、継続することになっている。
昌同様、比売神子になる方が早いかも知れないが。
時間がかかるものから、ということになったが、今回は呼び出しベルが必要なメニューは無かった。作り置きが保温された粉物やソース物、具を選べるサンドウィッチが中心だ。昌だけはおにぎり屋さんのおにぎりと豚汁、量り売りの惣菜だった。
「昌さんって、沢山食べますね」
美貴が感心する。体重が気になるお年頃だ。
「うん。なんせ、二人分だから。
と言うのは冗談だけど、神子はみんな沢山食べるよ。合宿で泊まると、食事のときは周囲りの視線がすごいよ」
その後、昌は合宿について説明する。
月に何度か寝食を共にすること、合宿では勉強と武術の訓練をすること、ただし昌は産休に入るため、武術指導も出来ず、もうしばらくしたら近場以外では参加できないこと。
「とりあえず、知子ちゃんは女性としての立ち居振る舞いが身についてから。そして、多分『格』が高すぎるだろうから、そのコントロールをある程度出来るようになってからの参加だよ。
それで、さっきのお母さんとの話に戻りますけど、ご自宅をお借りしての訓練になります。私は当面は無職なので、日程は北川さんご家族の都合に合わせますね」
昼食を終えた後は、知子と美貴の服選びだ。美貴は服選びに気分が上がっているが、知子は対称的に疲れた様子。
まず、モールにどんなブランドの店があるかを実際に歩いて確認し、次に買わないけれども全体的な傾向を把握する。知子は店の確認作業の時点で、既に疲れを見せた。
このまま美貴と行動を共にすると、服を買うこと自体が億劫になりかねない。そう考えた結果、知子と昌、美貴と母親という組合せに別れた。昌としては、知子は母親とペアにしたかったが。
「初めは無難にモノトーンか、あるいはアースカラー系でまとめると、着回しがし易いかな」
実のところ、昌も服を選ぶセンスはあまり磨かれていない。以前は渚、現在は義姉が服を選んでくれるのだ。結果として、自分で選ぶときは、それらに合わせやすい無難な服となる。
春物を選ぶには遅いが、知子にはすぐにでも必要だ。
着回しは、単一のブランドでつくるのが無難だ。それを二つも作れば十分だろう。落ち着いた無難なものを昌が作り、もう一つはブランドを母親と美貴に選んで貰い、本人に選ばせるのが良い。
まずはボトムから選ぶ。と言っても、今の知子には、スカートや足を出したファッションは抵抗があるに違いない。そう思った昌は、細身のパンツを中心に知子に見せる。
「どうして女性用って、細くて線が出るか、逆にゆったりしすぎてスカートっぽくなるのか、両極端なんだろ?」
「スラックスもあるけど、女性の体格で着ると野暮ったくなっちゃうんじゃないかな? ウエストとヒップの差も男性とは違うし」
と言いながらも、腰回りに余裕を持たせた縫製の服は、あえて外してある。昌は意図的にフェミニンなシルエットの物ばかりを選択していた。
知子が選んだのは、スキニーに近いながらも比較的柔らかいデニム生地のものと、腰から裾に向かって直線的に細くなるシルエットのものだった。スキニーな方は色的にも比較的合わせやすいが、もう一方は襟無しのトップスだと合わせにくいかも知れない。
トップスはパンツに合わせて選ぶ。スキニーには大抵のものが合うが、スラックスに近いパンツにはブラウス系の方が無難だ。
知子は顔が小さいため、大きな丸襟などは似合わない。角襟だったり、マニッシュなものの方が似合うだろう。この点は昌と共通しているため、選びやすい。
昌は、自身もよく使っている七部丈のパンツも追加する。室内やちょっとした外出に使いやすい。
ここでの買物は、下着店ほど時間もかからず、値段もほどほどに留まった。
その後は母親と美貴に合流する。基本の服は押さえたのでこれ以上は必ずしも必要無い。が、一応は美貴好みのガーリーな服も選ばせる。これも女性としての訓練だ。
知子は縋るような視線を母親と昌に向けたが、心を鬼にして送り出す。母親がニコニコしながら店に連れていくのを、手を振って見送った。
知子が服を選ぶ間に、昌は満載に近いカートを押して駐車場へ。リアハッチを開けて積み込んだ。可能ならスポーツ店でトレーニングウェアも選ぶつもりだったが、知子の疲労度から今回は諦めた。
それに、北川家の新生活には、鍋などの調理器具が欠かせない。
昌が優先順位と残り時間を考えつつ、カート置き場に向かったときだった。
「あら、昌ちゃん。こんな所で珍しい!」
声をかけてきたのは光紀だった。
「あれ? 光紀さん。今日は平日ですよ」
「ちょっとした雑用を言いつかったの。普段はこんなとこ来ないんだけどね。昌ちゃんは?」
「新たに神子となった子がいて、その新生活のための買い出しに付き合ってるとこ」
光紀が数瞬眉根を寄せて考える。
「昌ちゃんが付き合ってってことは、ちょっとワケアリかしら?」
「ま、まぁ、そんな所です」
「じゃ、私も用があるから。また合宿でね」
「いつもありがとうございます」
昌は歩き去る光紀の後ろ姿を見送った。いろいろ考えるところはあるが、それを振り払って店に戻る。
店に戻ると、知子はエプロンドレスを胸に当てられているところだった。知子は明らかに困った顔。母親も苦笑いだ。
実際のところ、エプロンドレスは知子には似合わない。脇に置いたジャンパースカートも装飾過多だ。顔立ちとは合っているが、シルエットとの調和が今ひとつだろう。
知子は、シルエットに対して顔立ちが幼すぎるため、ガーリーな服選びはバランスが難しい。むしろフェミニンなシルエットを基調にした上で、ガーリーなアクセントを持ってくるべきか。
結局、スカートはシンプルなトップとの組合せに落ち着いた。