ナンパ?
平日とは言え、正午を回ればそれなりに混む。昼食には早めに動いた方が良いだろう。
母親が自動車に荷物を置く間に、美貴と知子の二人にはフードコートで席を取ってくれるようお願いした。
駐車場へ向かう道すがら、昌は母親の視線に気づく。
「何ですか?」
「いえ、高橋さんって、いろんな顔を持ってらっしゃるから。
初めてお会いしたときとは雰囲気があまりに違うので、どちらが本当の高橋さんかと」
「実は、あのときは少し演技をしていたんです。お話ししたこと自体にはウソはありませんでしたが。
申し訳ないとは思ったのですが、その方が話が早いので」
「いえ、それについては、こちらの方こそありがたいと思っております。それに今も、知のことでいろいろと……」
「それも、比売神子としての務めですから。
でも、言われてみると確かに、私はいろんな顔を持っていますね。
比売神子として、母親として、女子大生の同級生として……」
「普通の女性が順番にすることを、一度にしてるんですね」
「そういうことです。
あと、そんなに畏まらなくてもいいですよ。比売神子といっても、私たちはある意味研究対象として、国に養われている身です。昔とは違いますから」
「どうしても、初対面の印象が強くて」
母親と昌の二人が、車に荷物を持って行くのを見送った姉妹は、フードコートへ向かっていた。
一階は回転寿司店やステーキ屋さんといった、店舗に入って食事というタイプの店が並ぶ。対して二階は、ファストフードに近い店が並び、店に囲まれるようにテーブルが並ぶ。
落ち着いて食べるなら一階で、いろんな物を比較的安く食べるなら二階という住み分けだ。
今回はフードコートということなので、二人は二階へ行く。
美貴は、柱を背に出来るテーブル席を確保した。知子のために、少なくとも一方向からの視線を遮られるという位置だ。
知子はこの姿になって初めての買物で疲れたのか、ソファにだらしなくもたれる。
「知子、膝閉じて。パンツでもみっともないよ」
スツールにお尻を乗せた美貴が注意する。知子は慌てて座り直した。
「疲れた?」
美貴の問いに知子は黙って頷いた。
「初めてだもんね。私もあんな店で買ったの、初めてだけど」
知子はこのまま机に突っ伏して、眠ってしまいたいところだ。
美貴はフードコートを見回した。席はそれほどでも無いが、テーブルは半分近くが埋まっているだろうか。
フードコートの造り自体は、田舎のそれと変わらないが、広さと店の種類が違う。麺類や粉もの、ハンバーガーなどは同じだが、具を選べるサンドイッチ屋、おにぎり屋、サラダをメインにした店など、都市部でしか採算が合わないであろう店もある。
知子は視線を感じた。
客は女性客、あるいはカップルがメインだが、チラホラと男性のみの集団もある。そのうち二組から――近い方でもテーブルを二つ隔てているが――の視線だ。こちらをチラチラ見ながら、何やら話している。
「気づいた? 座る前からガン見されてたよ。知子、可愛いから。ナンパされるかもねー」
その言葉には、ため息しかない。
程なく母親と昌が姿を見せる。気づいた美貴が手を振って呼ぶと、昌の方も気がついた。
やはり昌の姿は目立つ。歩く姿に、男性客だけでなく女性客も目を奪われている。
「知子もね、さっきはあんな感じに見られてたよ」
知子が全く気づかなかったことを、美貴が小声で教えると、疲れが増した気がしてくる。
「とりあえず、遠くからは外人に見えるから、すぐにナンパされることは無いと思うけどね。
大変なのは、学校に通い出してからじゃない? きっと」
「憂鬱……」
四人が六人掛けのテーブルに着く。バッグなどは知子の左隣だ。
「じゃ、交代で選びに行こっか。何にする?」
昌の問いに、知子は顔を赤らめながら「その前に、トイレ……」と応える。そう言えば、家を出て二時間程経つ。
「美貴ちゃん、知子ちゃんについてあげて。荷物は私たちが見てるから」
美貴は自分と知子のバッグを取り「一応、持ってくもんなの」と知子にも持たせる。中には財布とハンカチ、ティッシュ以外に、重要な装備もある。特に今日は忘れるわけにいかない。
二人は手洗いに向かうが、やはり知子はトイレの前に立ち尽くす。男性用に入るわけに行かない。さりとて女性用も……。
「知子、こっち」
立ち尽くす知子の手を引き、美貴が連れて行ったのは、多目的トイレ。ここならと、彼女は入った。
迫っていた限界から開放され、装備も交換する。
手を洗っていると、扉の向こうから押し問答のような声が聞こえた。
外の声が聞こえるってことは、ここでの音も外に漏れていたかも知れない、そう考えて頬が熱くなった知子だったが、外からの「しつこいわよ」という美貴の声に状況を察する。
扉を開けると、金髪にピアスで服をだらしなく着崩した高校生ぐらいの男と、茶髪でやはりピアスの、ダボッとした服の男。どちらも背丈は一七〇かそこら。スポーツなどしたこと無さそうなヒョロい二人組だ。フードコートでの視線の主ではない。
どこかで冷静な自分が、こんな都会でも今どき居るんだな、と考えるが、茶髪の方が美貴の手首を取っているのが視界に入った。
それを見た瞬間、知子の頭に血が上る。
「美貴から手を放せ!」
一瞬、ビクッとなった茶髪だが、振り向いて知子の姿を認めるや、なめ回すように無遠慮な視線を向けた。
知治ならこの程度の相手に遅れを取ることは考えられないが、二人とも男性としては小柄とは言え、知子より二回りは大きい。
怯みそうになる気持ちを奮い立たせる。
「その手を放せ!」
母親と話をしていた昌だが、何かを感じた。それほど強くはないが、これは『格』だ。
「お母さん、少し待っていていただけますか?」
昌が早足で『格』の発生源に向かうと、美貴と知子が二人の小柄な男と対峙している。この程度は予想の範囲と、昌は歩を緩めた。
昌の予想は、知子が声をかけられて、美貴がそれに対応する状況だったが、実際は声を掛けられた美貴を『兄』として護ろうとしたところだった。
訓練無しに『格』を放つとはなかなか……。昌はそう思いながら近づく。
「こちらの二人は私の連れですが、何か?」
知子はもちろん、美貴も勝ち気な表情の美少女だが、『格』を発した昌の存在感は、文字通り二人とは別格だ。
昌の悠然とした佇まいに何かを感じたからか、周囲りにも視線が集まり始めたからか、男二人は面白く無さそうに階段の方へと行った。
「災難だったね」
「知子、ありがとう」
美貴の声に、知子は少し照れている。
「昌さん、ありがとうございます。
でも、昌さんって、格好いいっすね。オーラが違うって言うか」
「ありがとう。でも、言葉遣いは注意だよ。
あとね、神子はみんな武術を修めるし、知子ちゃんの言う『オーラ』みたいなもののコントロールも学ぶよ。私たちは『格』って呼んでるんだけど、さっき知子ちゃんも弱いながらも発してたんだよ。訓練無しにすごいよ。
『格』はね、意思を通すって気持ちが大事なんだけど、知子ちゃんの、美貴ちゃんを護らなきゃって気持ちが、そうさせたんだね」
昌の言葉に、知子は頬を少し染めた。