買物 二
「今日は私じゃなくて、この子のインナーを選んで欲しいんだ」
例によって、奥から店長さん。
「あら、高橋さん。しばらくのお見限り」
「すいません。ここ半年ほどは、いろいろと忙しくて」
「選ぶって、どの子?」
「知子ちゃん、こっちだよ」
「あら、きれいな子ね。もしかして、竹内さんの代わりに?」
「ご名答。
沙耶香さん、今日は外せなくて。私が代わりに」
「貴女といい知子ちゃんだったかしら? といい、きれいな子は選び甲斐があるわね」
知子は店長とともに試着室へ。昌は自分の下着を選ぶ。いずれ必要になるマタニティ向け。美貴と母親も商品を見ているが、特に美貴は値札を見て驚いている。
「美貴ちゃんも買う?」
昌が声をかけると、視線が母親と昌の間を往復する。
「今日はお金のこと、心配しなくていいよ。
今更かも知れないけど、美貴ちゃんも採寸とフィッティングしてもらう?」
美貴は母親と相談した結果、今回は昌の好意に甘えることになった。
「昌さんって、お金、大丈夫なんですか?」
「とりあえず当座のお金には困らない」
「仕事とかは?」
「今は無職に近いかな。身分的には大学生だけど。でも、比売神子としての収入が大きいんだ。
いずれこれを社会に返していければって思ってるけど、今は出来ることが少なくて」
昌は、高校を中退してからの経緯をかいつまんで話した。
十六歳――戸籍上は十九歳――でプロポーズされ、そのまま結婚したこと。学歴が中卒では外聞が悪いので、出産後は独学で受験対策しつつ、子どもを保育所に入れるために、就職したこと。先月、大学には合格したものの、第二子の妊娠が判ったため休学していること。
「大学?」
昌が大学名を言う。
「家から通える国立だと、一択なんだよね。本当は、中学のときの同級生と一緒に、キャンパスライフの予定だったんだけど。
友だちには、計画性無さすぎって怒られちゃった」
「独学で? すごいわねぇ」
昌が頭を掻きながらそう言うと、訊いた美貴よりも母親が驚く。
親世代は、ピークではないものの世代人口も多く、受験競争も今とはレベルが違う。彼らにとって、当時、新幹線が停まる駅の国立大学はブランドだった。
美貴の両親は大卒だけに、その辺の事情には詳しいだろう。
「『前世』の知識がありましたから。
知子ちゃんだって、中学校に編入したら、ぶっちぎりの優等生ですよ。中学生とじゃレベルが違います。まして進学校だったんだし。
ちなみに、神子の集まりでは勉強と武術もします。
私と一緒の班で合宿した人は、ほとんどが国立大ですね」
昌は一緒に過ごした顔ぶれを思い出す。
旧帝大に、国立の医学部、奈良女に千葉……、私学は優奈さんだけか。
そう言えば、通過儀礼で会った人たちも、名前の通った大学ばかりだ。さすがに東大はいなかったけど。
「あ、そうだ。
知子ちゃんが合宿に参加するまでは、私が個別に指導します」
知子に今すぐの合宿参加は難しい。入院中に済ませておきたかったことも、未だ残っている。
しかし、沙耶香が本業や神子の指導の任を負う以上、昌が代わって合宿相等の指導する必要がある。
勉強をする習慣は神子として以前に、今後の社会生活で重要だし、メリハリも無く、外との接触が無い生活だと、抑うつ状態にもなり易い。
その辺りの説明に母親は恐縮していたが、昌としては自宅を使わせて貰うことの方が気兼ねだった。場合によっては、お義姉さんの持ち物になっている部屋を、とも考えていたほどだ。
「――さん、このサイズを中心に……」
店長が若い店員を呼んで紙片を渡した。話しているうちに採寸が終わったらしく、これからフィッティングらしい。
「知子、知子ー、どんなのにするのー?」
美貴のテンションが不自然なぐらいに上昇する。昌はその様子を、おそらく『兄』のために、あえてそう振る舞っているのだろうと解釈する。
短い時間しか見ていないが、北陸の自宅で初めて会ったときの雰囲気と、知子に対するそれが明らかに違う。きっと、ブラコンとは言わないまでも、兄思いの妹だったに違いない。
試着室ではフィッティングが行われているのだろう。知子の恥ずかしそうな声が漏れ聞こえる。美貴はその様子を見ようとするが、あえてそれを宣言してから動く辺り、母親なり昌なりに止められることを期待しているのだろう。そして案の定、母親が止めたことに、大げさに文句を言う。これも、試着室の知子に聞かせるために違いない。
状況から言って、妹に着替えるところを、まして女性用下着を着けた姿を見られるのは、心理的に辛いに違いない。
昌は自身の経験と重ね合わせながら、微笑ましくそれを見ていた。
身繕いを終えて、試着室を出た知子の姿は、胸元の自己主張が少し増している。美貴はそれを感心して見るが、その視線に知子は頬を染める。その姿から、一月余り前を想像することはできない。
「さ、次は美貴ちゃんの番だよ」
昌が声をかけるが「えー、知子の下着選び、私も手伝うー」と、駄々をこねる。さっき昌と話したときとは、やはり態度が違う。
それでも素直に――渋々という演技をしながら――試着室に行った。
知子は下着選びを母親に一任したようだ。上下会わせる形で選ぶ。色も形も無難なものだ。
「高橋さんの、初めての下着選びを思い出すわね」
採寸を終えたのか、店長さんが小声で言う。
「初めは……、あんな感じですよ。沙耶香さんあたりなら、何の気負いも無く選べたんでしょうけど」
「かも知れませんね」
その後、美貴も選んだ下着を籠に入れて持って来た。なかなかの勝負下着だ。
「こんなの、学校には、特に体育がある日は、着ていけないわよ」
母親が言うと、美貴は「スポブラも買わなきゃ!」と再度選び始める。知子の分は、やはり母親が選び始めた。
下着屋さんではなかなかのお買い上げだ。例によって、昌は領収証を受け取る。今回は収入印紙付だ。
その間に美貴と知子は会員登録票に記入を始めた。が、知子は途中で詰まる。
「もー。お姉ちゃんが書いてあげるよっ」
そう言うが早いか、登録票に○印を一つ記入した。
店を出ると、十一時を回っている。
知子は、靴と下着だけでこの時間、と思っているが、それが女性の買物としては極めて早いということに気づくのは、いつになるだろう。