買物 一
インターフォンに応えたのは母親だった。二言三言交わし、すぐに出ることに。
解錠せずに、三人はそのままエントランスへ向かう。
「お早う、知子ちゃん、みなさんも」
「お早うございます、昌さん」
「お早うございます、高橋さん」
「おっはよー」
口々に挨拶を交わす。約一名軽い。
「きょ、今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
昌に先導されて駐車場を進む。昌の車は銀色のステーションワゴンだ。知子の父親と同じ系統、と言うより実質的な後継車種だ。
「なんか、昌さんのイメージと違う」
思っても口に出すなよ、と、知子は美貴を横目で睨む。が、美貴はどこ吹く風だ。
「やっぱ、そう思う? 夫の選択」
昌はドアを開けながら続ける。
「初めは、外車のカタログを持ってきたんだけど、そのときの私は十代で、絶対に分不相応だったから。
それで、国産でって言ったら、コレになった」
「旦那さん、ちょっとこだわりさんでしょ」
「うーん? 単に衝突安全で選んだんじゃないかな? 初めに持ってきたカタログも、メルセデスとかボルボだったし。
でも、そんなの十代の女の子が乗る車じゃないし」
知子は運転席と助手席の会話を聞きながら、昌さんにはそもそも車の運転自体が似合わないな、と葬儀のときと同じことを考えていた。の割に、運転自体はスムーズだ。父さんの運転に似ている。
車は丘陵地を登れば病院というところで市街地へ向かう。行き先はバイパスに近いショッピングモールだ。
駐車場は、年度明けの平日だからか案外空いている。それでも、中央口やレストラン街の出入口付近は込んでいる。土産物や食品街側に車を停めた。
四人は車を降りた。
「何往復かはするからね」
昌がそう言って知子の手を取る。その後ろを母親と美貴がついて行く。
「知子も昌さんも、脚、長いよねぇ」
「そうね。それに髪も亜麻色と銀色の組合せ。目立つわね」
後ろで母娘が小声で言葉を交わす。パンツルックの二人は、普通の日本人女性とは、腰の高さが明らかに違う。しかもどちらも裾が細いパンツで臑の長さが際立っている。
あのスタイルなら、大抵の服は着こなせるに違いない。二人の意見は一致した。
まず入った店は、靴屋さん。
「今は、足のサイズだけで合わせたゆっくり目のスニーカーだけど、やっぱり自分に合ったものにしないと健康にも悪いからね」
さすがに、中学生にはフォーマルな靴は不要だが、女性の靴がどんな感じかは見てもらう。
美貴は少しオシャレな編み上げサンダルを持ってきた。
「知子、こういうのは、どう?」
「こんなの、脱いだり履いたりが面倒くさいし」
「女のオシャレは忍耐も要るのよ」
「そこまでして、オシャレはしないよ」
その姉妹の会話を、母親は黙って聞いている。知も実用性より美観を優先するようになれるのだろうか。
「知子ちゃん。とりあえず、スニーカーと雨の日に使うブーツを選ぶよ」
「このスニーカーでもいいよ」
「これは、足が安定しないから良くないよ。
靴擦れになっちゃう」
知子が履いているスニーカーは、退院前に足のサイズだけで昌が選んだもの。確実に履けるよう幅が広めのものを選んだため、知子の足形には合わない。紐で締めてはいるが、爪先が昌ほど広がっていないため、サイズが大きくあたるのだ。
「スニーカーはまだしも、運動用のシューズや、フォーマルなものはきちんと選ばないと大変だよ。
そっちの椅子で靴脱いで」
知子を座らせると、昌は店員さんを呼んだ。
「お客様の足形だと、このスニーカーは幅が広くあたりますね。一段か二段狭い方がよろしいかと。この辺はメーカーでも変わってきますが……」
昌はウォーキングシューズとスニーカーから、二十二センチと二十二・五センチのを持ってきた。とりあえず、どのサイズを基準にするかを決めるためだ。
「あ、これが一番しっくりきます」
「やっぱりね。知子ちゃん、甲は高めだけど幅自体は普通だから、選択の範囲は広いね。フォーマルな靴も既製品でいけそう。
ヒールが高いのだけは、注意が要るけど」
昌は靴選びでいろいろと苦労している。今履いているのも、女性としては、やや無骨なデザインだ。
途中、座り方に指導が入る一幕を交えつつ、知子が選んだのは、アイボリーとベージュ、ツートンのスニーカー、そして黒のレインブーツだ。ブーツと言っても、踝が隠れる程度の長さで、長靴ほどの実用性は無い。
レインブーツは靴底が硬いので、中敷きを使う。この中敷きは衝撃吸収性能が高い。
「なんか、硬めのグミキャンディーみたい」
知子は中敷きをクニュクニュと摘まむ。
靴を買ったものに替え、ブーツと履いていたそれを車に置いてくると、次の店に向かう。
「次は、何を買うんですか?」
「うーん。次は、今の知子ちゃんには少しハードルが高いかな?」
「もしかして、下着とかですか?」
「正解」
「買物という時点で、覚悟はしていましたから」
昌は、意外だな、と思う。自身は選択の余地が無かったが、彼女は考える――少なくとも先送りや保留する――余地がある。
案外、覚悟を決めてしまえば、こんなものかも知れない。自身が『路上教習』したときのことを思い出した。
「え? こういう店ですか?」
「そうだよ」
連れてきたのは『路上教習』のときの店。女性用下着の専門店だ。
「普通に、ユニクロとかトップバリュとか、そういうところの下着コーナーで十分です」
「ダメだよ。インナーの選び方も知らないのに。
まずは、正しいサイズのを着けた感覚を知ること。自分で選ぶのはその次だよ」
知子は店を前に、やはり尻込みする。「知ー子、行っくよ」と美貴が手を引く。体格は美貴の方が明らかに大きいが、力は拮抗、むしろ知子に分があるようだ。この辺は神子の力だ。
「ほら、四の五の言わないで。覚悟決めて行くよ」
昌は知子の力を巧みに逸らしつつ、店へと連れて行った。
「いらっしゃいませ」
例によって若い店員さんが迎える。
知子は羞恥に顔を染め、俯いている。美貴はと言うと、輝くばかりの笑顔でキョロキョロ見回している。
以前の土地では、こういった専門店が近所に無かったのだろう。大規模なモールか市街地まで出れば別だが、そこは中学生の行動範囲を超えていた。