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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第二章 新たな生活
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買物 一

 インターフォンに応えたのは母親だった。二言三言交わし、すぐに出ることに。

 解錠せずに、三人はそのままエントランスへ向かう。




「お早う、知子ちゃん、みなさんも」

「お早うございます、昌さん」

「お早うございます、高橋さん」

「おっはよー」


 口々に挨拶を交わす。約一名軽い。


「きょ、今日は、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 昌に先導されて駐車場を進む。昌の車は銀色のステーションワゴンだ。知子の父親と同じ系統、と言うより実質的な後継車種だ。


「なんか、昌さんのイメージと違う」


 思っても口に出すなよ、と、知子は美貴を横目で睨む。が、美貴はどこ吹く風だ。


「やっぱ、そう思う? 夫の選択(チョイス)


 昌はドアを開けながら続ける。


「初めは、外車のカタログを持ってきたんだけど、そのときの私は十代で、絶対に分不相応だったから。

 それで、国産でって言ったら、コレになった」


「旦那さん、ちょっとこだわりさんでしょ」


「うーん? 単に衝突安全で選んだんじゃないかな? 初めに持ってきたカタログも、メルセデスとかボルボだったし。

 でも、そんなの十代の女の子が乗る車じゃないし」


 知子は運転席と助手席の会話を聞きながら、昌さんにはそもそも車の運転自体が似合わないな、と葬儀のときと同じことを考えていた。の割に、運転自体はスムーズだ。父さんの運転に似ている。




 車は丘陵地を登れば病院というところで市街地へ向かう。行き先はバイパスに近いショッピングモールだ。

 駐車場は、年度明けの平日だからか案外空いている。それでも、中央口やレストラン街の出入口付近は込んでいる。土産物や食品街側に車を停めた。


 四人は車を降りた。


「何往復かはするからね」


 昌がそう言って知子の手を取る。その後ろを母親と美貴がついて行く。


「知子も昌さんも、脚、長いよねぇ」


「そうね。それに髪も亜麻色と銀色の組合せ。目立つわね」


 後ろで母娘が小声で言葉を交わす。パンツルックの二人は、普通の日本人女性とは、腰の高さが明らかに違う。しかもどちらも裾が細いパンツで臑の長さが際立っている。

 あのスタイルなら、大抵の服は着こなせるに違いない。二人の意見は一致した。




 まず入った店は、靴屋さん。


「今は、足のサイズだけで合わせたゆっくり目のスニーカーだけど、やっぱり自分に合ったものにしないと健康にも悪いからね」


 さすがに、中学生にはフォーマルな靴は不要だが、女性の靴がどんな感じかは見てもらう。

 美貴は少しオシャレな編み上げサンダルを持ってきた。


「知子、こういうのは、どう?」


「こんなの、脱いだり履いたりが面倒くさいし」


「女のオシャレは忍耐も要るのよ」


「そこまでして、オシャレはしないよ」


 その姉妹の会話を、母親は黙って聞いている。知も実用性より美観を優先するようになれるのだろうか。




「知子ちゃん。とりあえず、スニーカーと雨の日に使うブーツを選ぶよ」


「このスニーカーでもいいよ」


「これは、足が安定しないから良くないよ。

 靴擦れになっちゃう」


 知子が履いているスニーカーは、退院前に足のサイズだけで昌が選んだもの。確実に履けるよう幅が広めのものを選んだため、知子の足形には合わない。紐で締めてはいるが、爪先が昌ほど広がっていないため、サイズが大きくあたるのだ。


「スニーカーはまだしも、運動用のシューズや、フォーマルなものはきちんと選ばないと大変だよ。

 そっちの椅子で靴脱いで」


 知子を座らせると、昌は店員さんを呼んだ。




「お客様の足形だと、このスニーカーは幅が広くあたりますね。一段か二段狭い方がよろしいかと。この辺はメーカーでも変わってきますが……」


 昌はウォーキングシューズとスニーカーから、二十二センチと二十二・五センチのを持ってきた。とりあえず、どのサイズを基準にするかを決めるためだ。


「あ、これが一番しっくりきます」


「やっぱりね。知子ちゃん、甲は高めだけど幅自体は普通だから、選択の範囲は広いね。フォーマルな靴も既製品でいけそう。

 ヒールが高いのだけは、注意が要るけど」


 昌は靴選びでいろいろと苦労している。今履いているのも、女性としては、やや無骨なデザインだ。




 途中、座り方に指導が入る一幕を交えつつ、知子が選んだのは、アイボリーとベージュ、ツートンのスニーカー、そして黒のレインブーツだ。ブーツと言っても、踝が隠れる程度の長さで、長靴ほどの実用性は無い。

 レインブーツは靴底が硬いので、中敷きを使う。この中敷きは衝撃吸収性能が高い。


「なんか、硬めのグミキャンディーみたい」


 知子は中敷きをクニュクニュと摘まむ。




 靴を買ったものに替え、ブーツと履いていたそれを車に置いてくると、次の店に向かう。




「次は、何を買うんですか?」


「うーん。次は、今の知子ちゃんには少しハードルが高いかな?」


「もしかして、下着とかですか?」


「正解」


「買物という時点で、覚悟はしていましたから」


 昌は、意外だな、と思う。自身は選択の余地が無かったが、彼女は考える――少なくとも先送りや保留する――余地がある。

 案外、覚悟を決めてしまえば、こんなものかも知れない。自身が『路上教習』したときのことを思い出した。




「え? こういう店ですか?」


「そうだよ」


 連れてきたのは『路上教習』のときの店。女性用下着の専門店だ。


「普通に、ユニクロとかトップバリュとか、そういうところの下着コーナーで十分です」


「ダメだよ。インナーの選び方も知らないのに。

 まずは、正しいサイズのを着けた感覚を知ること。自分で選ぶのはその次だよ」


 知子は店を前に、やはり尻込みする。「知ー子(とーもこ)、行っくよ」と美貴が手を引く。体格は美貴の方が明らかに大きいが、力は拮抗、むしろ知子に分があるようだ。この辺は神子の力だ。


「ほら、四の五の言わないで。覚悟決めて行くよ」


 昌は知子の力を巧みに逸らしつつ、店へと連れて行った。




「いらっしゃいませ」


 例によって若い店員さんが迎える。

 知子は羞恥に顔を染め、俯いている。美貴はと言うと、輝くばかりの笑顔でキョロキョロ見回している。

 以前の土地では、こういった専門店が近所に無かったのだろう。大規模なモールか市街地まで出れば別だが、そこは中学生の行動範囲を超えていた。

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