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ひめみこ 第二幕  作者: 転々
第二章 新たな生活
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新生活

 母親が運転する自動車が駐車場へ入る。マンションの駐車場は四割ほど埋まっているだろうか? しかし、他県ナンバーはこの一台だけだ。


 両親は既に何度か訪れているが、姉妹はこれが初めてだ。

 エントランスでインターフォンらしき台にカードをかざすと扉が解錠される。

 このマンションでは、入門はカードキーか暗証番号で解錠する、或いはインターフォンで目的の部屋を呼び出し、内側から解錠してもらう必要がある。

 知子は、トイレに急いでいるときは不便だなと、女子らしからぬ印象を持った。




 エレベータで二階へ行く。部屋は4LDKだが、やはり都市近郊だからだろう、各々の個室となる部屋は八畳を切る。と言うより、感覚的には六畳より少し広いぐらいか。

 クローゼットが各部屋にあるため、部屋を広く使えるのが救いだ。


 リビングダイニングはそこそこ広いが、北陸で住んでいた家の、台所兼食卓と居間を足した面積には及ばない。

 リビングエリアのローボード前には、梱包を解かれていないボール箱が並んでいる。作り付けのローボードには既に、真新しい大型のテレビが置かれていた。




「母さん、これは?」


「竹内さんと高橋さんから。洗濯機にオーブンレンジに炊飯器、知にはノートパソコンも」


 洗濯機は大きいドラム型、オーブンレンジは大型のスチームオーブンだ。洗濯機は分からないが、オーブンには高級感がある。


「比売神子って、儲かるのかな?」


「それは分からないけど、高橋さん、あの銀髪のきれいな子だけど、大きい会社の若奥様らしいわよ。

 将来は社長令夫人だって」


「美人は、すごいな」


「あら、(とも)も将来は美人さんよ」


『美人さん』か……。知子の表情が一瞬曇った。が、それを悟らせないように話を変える。


「ところで、新居に引っ越し、そして転職だけど……。(うち)のお台所事情はどうなの?」


「知は余計な心配しなくていいわ。

 引っ越し費用と当座の生活費、それにこのマンションも三分の二は国持ち。

 前の家は中古だから上物には値段がつかないけど、取り壊し費用も国持ちだから、更地にして土地が売れればトントンぐらいかしらね。

 それに、知自身も新しい戸籍と口座ができ次第、神子としての支度金と月々のお手当てが入るのよ」


「そう」


 どうやら『経済的援助』は、自分が想像していたものより大きいようだ。


「いいなぁ」


 美貴(みき)が口を挟む。羨ましいなら、いくらでも代わってあげたいところだ。

 知子は、当座の心配が無いことに安心すると同時に、自分が神子としてちゃんとしてなきゃ、分かってるよね、と財布を抑えられた気がした。




 荷物を解き始めるが、知子のそれは殆ど無い。服も含めた日用品はほぼ全て、学用品も新たに買い揃えることになる。

 ボール箱の中身は、かつての自室で本棚に入っていた書籍やCD、ゲームソフトが主だ。


「母さん、卒業文集とかは?」


「それはアルバムと一緒に、お父さんの荷物の中よ。昼過ぎには着くはず」


 そういうことか……。『知治(ともはる)』は故人というわけだ。

 知子は肩を落とす。それを見て母親は「少しぐらいなら立ち止まるのも良いし、家族として見る分には構わないけど、知には後ろより前を見て欲しいの」と付け加えた。




 昼は母親と娘二人で軽めの食事、国道沿いのパスタ屋さんだ。この辺の店を知らないので、チェーン店を選択する。

 母親は和食党だが、北陸基準の味覚だと、他の土地、特に都市や内陸では、がっかりすることになることが多い。退院当日にケチがつかないよう、当たり外れの無い選択だ。


 メニューを見る。

 母親はキノコの醤油味パスタで大葉が沢山乗ったもの、美貴は梅肉ときのこのオイルソースを選んだ。

 知子はドライトマトのペペロンチーノを選ぼうとして、母親に止められる。病み上がりに刺激物は避けるべきと言われ、蒸し鶏とナスのトマトソースに。


 サラダとスープが来たところで、交互にパンを取りに行く。


「知、改めて退院、おめでとう。もうしばらくは『療養』だけど、ようやく家族が揃うわね」


「ありがとう、母さん」


「『知ちゃん』そこは『お母さん』だよ。

『ママ』でもいいけどね」


『姉』になった美貴は、ちょいちょい口を挟む。苦笑する知子に、母親は「その辺は追々ね」と笑顔を向ける。




 サラダとスープが空になる頃、メインのパスタがテーブルに置かれる。

 知子がタバスコを取り出すと、今度は美貴が止める。


「タバスコかけたら、シェアできないじゃない」


 そう言うが早いか、美貴は知子のパスタにフォークを入れた。

 知子は、美貴の意外な一面を見た気分だった。兄として接していたときと、口調も態度も明らかに違う。

 それにしても、家族でパスタのシェアなんて、何時ぶりだろう? そう思いながら、知子も自分のパスタを巻き取り、一口。


 味が濃い割に、少し物足りない。


 改めてパン皿にパスタを取って、タバスコを一振り。辛い! 味覚が変わったようだ。粉チーズで辛さを薄める。

 それ以後、パスタに足すのは粉チーズのみとなった。




 三人で話しながらの――知子は専ら聞くだけで、相づちだけだが――食事には時間がかかる。

 食べている最中に満腹中枢が刺激されたのか、知子の箸が止まる。

 どうやら、入院中に胃が小さくなったのか、あるいは身体の大きさ相応になったのか、食べられる量は減っている。バゲットを取り過ぎたのが失敗だった。

 結局残すことにした知子だったが、それでも一般女性よりは多く食べていることに、本人だけが気づかない。




 昼食を終えて帰宅すると、父親が荷ほどきをしているところだ。知子も、先ずは自分の荷物を整理する。

 本が入ったボール箱を運ぼうと試みる。持ち上がることは持ち上がったが、この重さ、自室まではとても運べそうにない。


 この程度の箱、以前(まえ)は、二段重ねでも運べたのに……。以前、横着にも腕力にものを言わせて運ぼうとして、箱の持ち手部分を千切ったことを思い出す。

 悔しいが、荷物をここで解いて、小分けにするしか無さそうだ。

 今までならこういう場面では、家族で一番活躍したのが知治だったのだが。




 部屋の本棚に、CDと本を並べながら、あることを思い出し、父親を呼んだ。


「お父さん」


「ん? 何だ、知」


 言いにくいが、言わなくてはならない。


「あのさ、ベッドの、マットの下のもの」


「心配するな。その辺は、母さんより先に片付けた。父さんの荷物に混ぜて持ってくるか?」


「ありがと。

 ……でも、多分、要らないから、処分しといて」


 自分で、言っておいて『要らないから』に赤面すると同時に、寂しさを覚える。

 入院中の風呂を思い出す。

 沙耶香、昌ともに、グラビアでもそうそう見られないレベルの身体だった。

 沙耶香の肉感的な身体は、中高生なら見ただけでも……。昌の身体も、全体は細身で締まっているのに、胸だけは不釣り合いに大きくて、とにかく二人揃って、身体の線がむしろ芸術的な美人だ。

 しかし、それを見ても自分は……。

 無論、鼓動は早くなるし、触れてみたいとも思う。でも、かつて感じた滾る感覚は殆ど無い。とにかく、男としての肉体感覚が失われている。




 表情の変化に何か感じたのだろう、父親は真面目な顔になった。


「今の知の気持ちは、父さんには想像することしか出来ない。

 その辛さを代わってやることも、肩代わりすることも出来ない。

 だから、月並みなことは言えない。


 だけど、親に頼って欲しい。辛かったら、それをぶつけてくれてもいい。多分、知が死ぬかも知れないって話に比べれば、どうということは無い、と思う。

 知が男だろうと女だろうと、父さんにとって、知は知だ」


「格好つけすぎだよ」


「格好つけたつもりは無かったけど、そう見えるか?」


「今までで、一番」


「そういう言い方は、少し複雑だな」


 やはり、互いに距離を測りづらい。

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