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草木愛ずる姫君  作者: 高田 朔実
6/15

6

 突然雨が降ってきた。

「雨宿りしよう」

「だめ、私、寝袋干してきちゃったから、取り込まないと」

「もう間に合わないよ」

「間に合う!」 

 そう言うと、有泉は自転車に飛び乗って、一目散に漕ぎ始めた。僕も続いて後を追う。すごいスピードでつっ走る彼女に追いつくだけで精一杯だ。

 案の定寝袋はびしょぬれだった。

「なんで、寝袋なんて、干してたのさ」

 僕は息も絶え絶えに呟いた。不思議なことに、有泉は全く疲れた様子がないのだが。

「昨日、その辺に寝そべって流れ星を見ていたの。寒かったから、寝袋に包まっていたの」

「そうか、それで、おねしょしたのか」

「馬鹿じゃないの。朝露がついただけよ」

「誤魔化しちゃって」

 有泉は怒ったような顔をしていたが、僕の顔を見ると、突然笑い出した。

「何がおかしいんだ?」

「だって、髪型が……」

 部室にあった鏡を見ると、髪が寝そべって、随分と可愛らしいことになっていた。

「女の子みたい。それに、息切れしすぎじゃない? そんなに疲れたの?」

「だって、君があんまり早くこぐから……」

「あれくらいで疲れないでよー」 

 何がおかしいのか、彼女は笑い続けた。そんな彼女を見ていて、僕も笑い出してしまう。

「そっちこそ、何がおかしいの?」

「だって、なんで僕たちこんなにびしょぬれで、震えてんのに、笑ってるんだよ」

「だって、こんな状況、笑うしかないでしょう」

「説明になってないよ」

 そうして僕たちは、気の済むまで笑い続けるのだった。 

 主も、「にゃあお」と鳴いて避難してきた。

「おお、よしよし」と有泉。

「先輩に向かって、よしよしなのか?」と僕。

「先輩、ようこそいらっしゃいました。これでいい?」

 そんなありきたりな会話を交わして、ゲラゲラ笑い続けるのだった。

 タオルで雨を拭い取った。彼女は、高級品だからと仕舞い込んであるスパイスを使って、体が温まるインド風ミルクティーを淹れてくれた。僕のために。

「訊きたいことがあるんだ」

「なあに?」

「君、去年園芸部の同級生をクビにしたのか?」

 有泉はきょとんとした。

「ああ、自分もクビにされるんじゃないかって、心配してたの? それで時々様子が変だったんだ。 あれは、あの子達が水遣り当番さぼって先輩の大事な木が枯れちゃったから、それで怒られてやめただけだよ。私は何もしてない」

 ほらみろ。彼女は悪い人なんかじゃない。

 そういえば、今日は五時からミーティングがあるから帰るように言われてたな。まあいいか、会議中で携帯使用禁止だったって言えば誤魔化せるだろう。 

 陽子は自分もコーラスのサークルで忙しいくせに、僕が会おうとしないといって、最近機嫌が悪かった。リーダーとNo2も、男のくせに、僕が自分たちと一緒にいないからといちゃもんをつけてきた。「俺達、友達っていえるのかな、こんな状態で」だなんて。誰のために僕が毎日園芸部室に通っているのだ、と言っても聞く耳持たないのだ。

 僕の周囲の人は、どうしてこんなにみんな聞き分けのない人たちばかりなのだ? 

冷静なのは有泉だけだ。しかし、有泉の前に出ると、彼女があまりに冷静なので、僕は逆に不安になる。「ごめん、明日用事があって来れないんだ」「ああ、そう」「何の用事か言ったほうがいいかな」「べつに」 僕のことに興味を示さない彼女には、僕のほうがイライラする。

「冷たいよね、有泉さんって」

「中学生の女の子じゃないんだから、そんなんでわざわざいじめたりしないって」 

 確かに、わざわざ理由を訊かれてたら、それはそれでうざったいと思ったことは間違いないのだが。雨も拭かずに笑い合い、何かが通じ合った気がしたのは、僕の勘違いだったのだろうか? 彼女に必要なのは部員としての僕であって、平林幸三としての僕には特に興味を持っていない様子に不満を感じていることを、僕はまだ知らないのだった。



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