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草木愛ずる姫君  作者: 高田 朔実
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 昼休み部室へ行くと、有泉は先に来て畑で何かを摘んでいた。

「何摘んでるの?」

「ルッコラーとイタリアンパセリ。私が好きな野菜。これでいいかな?」

「いいって?」

「サンドイッチに挟むの」

 サンドイッチ? 何故僕も食べることになっているのか。きっと僕がここんとこ毎日来ているから、そしてパンの耳をみみっちくかじったりなんてしてるから、僕の分の昼食も作ってくれることにしたに違いない。なかなか親切じゃないか。

「はい、部長にお任せします」

 有泉はちょっと笑って頷いた。少しは接し方がわかってきたのかと、うれしくなる。

 アボガドを潰し、塩、胡椒と何かのスパイスが入っている調味料を振りかける。机の上には、他にハム、チーズが置いてある。

「好きなのを挟んで食べてね」

「おお、アボガド挟むなんて、外国人みたい。粋だねえ」

「友達がやってるのを見て真似してんの」

「友達、いたんだ?」  

 有泉はちらっと僕に視線を向ける。確かに、あんまりな発言だった。どうなだめようかと考えていると、

「高校のときのね。庭にあるハーブもその人にもらったの」

 彼女はぽつりとつぶやいた。

「男? 女?」

「どっちでもいいでしょう」

 少し声のトーンが変ったのを、僕は見逃さなかった。

「それより、今日は何限まであるの?」

 うまく誤魔化されてしまったようだ。

「三限」

「じゃあさ、その後、ちょっと足を伸ばして、野いちごを摘みに行かない?」

「野いちご?」

「学校から少し離れたところ。去年木を発見したんだけど、もう季節が終ってて。今年は絶対行こうって思ってたの」

「すげえ、どうやってそんなの探すわけ?」

「どうやってって、そんなの歩いてたら自然と目に入るでしょう」

「だって、見つけたとき、実はついてなかったんだろ」

「葉っぱがついてるじゃない」

「さすが農学部だね」

「そういう問題じゃないし。要は何を求めて生きているかってことよ」

 じゃあ君は野いちごを求めて生きているのか。と思ったが、あまり吟味しないで発言するとまた怒られそうなのでやめておく。

「そういえば、有泉さん、去年の秋ごろ、突然藪の中に入っていったよね」

 彼女は訝しげな視線を僕に向ける。

「そういえばアケビ取りに行ったかな」

「アケビを、どうするつもりだったの?」

「食べるつもりだったに決まってるでしょう。わかりきったこと根掘り葉掘り聴かないでくれる? 疲れるから」

 確かにアケビを採る目的で最もそれらしいのは、ずばり食べることである。有泉がそれを儀式に使うなんてことはありえない。そんなの十分わかっているではないか。僕は未だに有泉のことを信用していないというのか?

「ごめん、有泉さん、僕が馬鹿だった」

 僕は頭を下げた。

「まあ、いいけど。でもさ、もうちょっと考えてから話してくれる?いちいち質問の意図を考えるの疲れるから。こっちは、一応あなたを一般的な大学生だと思って接してるんだからさ」

「本当に、君の言うとおりだ。悪いのは全部僕だ」

 有泉はまた本を取り出して読み始めた。彼女はそれからずっと口をつぐんだままだった。

 三限が始まるぎりぎりになって、僕は席をたった。無言で去ると後に引くと思い、何を言おうか懸命に考えた。

「野いちご摘み、楽しみにしてるから」

「ええ」

 三限が終って戻ってきたとき、果たして彼女はここにいるのだろうか。不安を覚える。

「やっぱ、今から行こう」

「いいよ、まだ暑いでしょう? 日焼けしたくないんじゃなかったっけ。三時くらいが丁度いいよ」

「いや、今すぐ行きたいんだ」

 今までそっぽを向いていた有泉は、やっと僕の顔を見た。

「ちゃんと連れてってあげるから、安心して講義受けてきな」

「絶対だよ」

「はいはい」

 やっと彼女に笑顔が戻った。


 野山を駆け回っている彼女は、まさに水を得た魚だった。

「こんなに採っちゃった」

 子供みたいにはしゃぎまわっている。

「そんなに採って、食べきれるの?」

「ジャムや果実酒を作るの。あとは全部食べる。でも、やっぱり収穫してる瞬間が楽しいんだよね」

「きっと前世は猿だったんだよ」

「まあ、何でもいいや」

 そう言いながら、急斜面をどんどんよじ登っていくのだ。

 はしゃぎすぎたせいか、木にペンダントが引っ掛かり、紐が切れてしまった。下で待機していた(というよりついていけなかった)僕のところに、青い石がころころと転がってくる。さらに転がっていく前に、僕が慌ててキャッチする。危ないところだった。下には小川が流れているのだ。

「よかった、平林君を連れてきて」

 急に女の子みたいなこと言っちゃって、調子がいいんだから。

「これ、直そうか?」

「いいの?」

「うん、こういうのは得意なんだ」

「よかった。私こういうの苦手なの」

 有泉が僕に大切な石を預けてくれるのが意外だった。彼女はひょっとすると、僕のことを徐々に信用しているのかもしれない。作戦としてはありがたいことだ。しかし、彼女を騙しながらも少しずつ仲良くなってきている僕にとっては、ほんの少し辛いことでもある。

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