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草木愛ずる姫君  作者: 高田 朔実
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「そんな……」

 そうこうしているうちに、酒井君、いや、宴会部長が戻ってきた。

「これから三週間は、ここ、マンドリン部室を使わせてもらえることになった。ただし、朝八時から昼三時までだ。三時以降はマンドリン部員が練習するし、深夜・早朝は近所からの苦情がくるから、基本的に音出しはできない」

「それって、まさか」

「そうだ。さぼれる講義は全部さぼれ。死に物狂いで練習しろ」

 なんてこった、そんなことしたら、僕達みんな留年しちゃうじゃないか!

「投げ銭でずるするんなら、練習なんてしなくていいだろう!」

「馬鹿が。曲にもなってないのに投げ銭が入ったら、あの女、いや、有泉さんも黙っちゃいないだろう? 気づかれない程度にずるしないと、我々は暗殺されるかもしれないぞ。なにしろあいつは、魔女だからな」

 そうだった。あの女は魔女だった。同情無用。リーダーは正しい。

「マンドリン部もさ、よく部室貸してくれたよな」

 No2が不思議そうに言った。

「部長の美幸さんに、話をつけたからな」

「へえ、リーダー、友達なの?」

「そんな大それた関係ではないが、一応面識はある」

「へえ、どこで知り合ったの?」

「どこだっていいだろう!」

 リーダーの怒鳴り声に、No2は飛びのく。

「すまん、少々動揺してしまったようだ。おかしいな、もう終ったことなのに。まあいい、お前らには話しておく必要があるだろう。この間の、二月十四日にケーキをお渡しした。ケーキは受け取れるが、俺の気持ちは受け取れないと言われた。それだけだ」 

 美幸さん、強すぎだ。しかも、どこにも僕達に話す必要性が見出せない。

「部室を使わせていただく代わりに、毎日ケーキを焼いてくるということで話がついた。ちなみに、宴会部長も美幸さんがあてがってくれたものだ。一番優秀な部員を貸していただけないでしょうかとお願いしたところ、この男が連れてこられた。だから、No2、No3、徹底的にこき使ってやれ」

 宴会部長とリーダーとは、今まで直接面識がなかったはずだ。よく平気でこんな扱いができるものだ。そして、見知らぬおかしなやつにこの男呼ばわりされて、それを逆に楽しんでいる宴会部長もなかなかやるものだ。さすが、美幸さんの推薦ということだけある。美幸さんと面識はないが。

 それから、猛特訓が始まった。リコーダーなんて、中学校を卒業して以来一度も吹いていない。「妥協はしない! できるまで寝るな、食うな、トイレにも行くな!」とめちゃくちゃな要求をつきつけるリーダー。リーダーにばれないように、何度も譜面を書き直してくれたのは宴会部長。

「お前は演奏部長じゃない! 宴会部長だ!」

 怒りのあまり、我を忘れたリーダーに、

「ああ、ごめんよ」

 と口先だけは謝りながらも、手では譜面を書き直す。すごいやつだと僕はつくづく関心するのだった。

「リーダーのギター、こうしたほうが格好いいんじゃない」

「ここでリーダーの歌がほしいな。ほら、リーダーが一番歌うまいからさ。声もいいし」

 などとリーダーを持ち上げながら、どんどん彼に演奏を押し付けていく。自分のパートも、華やかに、ソロが多くなるように書き直しているようだ。

 宴会部長は、一番優秀だと言われるだけあって、どんな演奏もできた。そして彼はまた、ナルシストでもあった。

「いっぱい演奏してもらって悪いね」

 という僕に、

「いいよ、この方が俺目立つし」

 と言ってのけるのだった。

 そうして、同じく自分の演奏に聞きほれているリーダーは、ほとんど宴会部長とリーダーの二重奏になっていることに気がつかないのだった。

 意外に音楽センスがあったリーダーと、現役マンドリン部員、宴会部長の涙ぐましい努力により、僕らNo2・No3コンビも、段々と曲らしい演奏ができるようになってきた(最も僕らの演奏は、平均的な中学生より下のレベルだったんじゃないかと思うが)。どう考えても一万円の演奏ではなかったが、それにはこの際目をつぶることにしよう。

 卑怯でずる賢いが、何故か憎めない奴、それがリーダーだ。部室が使える時間は目一杯練習し、練習が終るとリーダーのアパートへ行き、ケーキを焼く日々が続いた。宴会部長はマンドリンの練習もあるため、ケーキ作りには参加しなかった。

 リーダーやNo3と一緒にいる日々が戻ってくると、ほんの数週間前のことなのに、園芸部にいた頃が遥か遠い昔のことのように感じられた。

 あのハーブたちは、相変わらずいい香りを撒き散らしているのだろうか。僕に摘まれることを待ってやしないだろうか。

 庭にある木、毎日水を与えていた僕がいなくなって、寂しがってはいないだろうか。主は、もう僕を恋しく思ってくれないのだろうか。ミミズやダンゴムシも、僕の足音が聞こえなくて、寂しくて泣いたりしないのか。誰でもいいから、僕を呼び戻してくれないのだろうか……。

 もう戻れるわけないじゃないか。僕は馬鹿だ。



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