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草木愛ずる姫君  作者: 高田 朔実
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 間違いなく昭和に建てられたであろうその建物の壁には、ところどころ蔓が這っていた。藪の中の一軒家という風情だ。ドアの前まで、人一人がようやく通れる幅で草が刈ってある。嫌々ながら作業している様子が目に浮かぶ、いい加減な仕事だ。 キャンパスのはずれにある、廃屋のようなその建物は、僕らの間では密かに魔女の小屋と呼ばれていた。

 僕は生つばを飲み込むと、そっとドアノブに手をかけた。電流が流れたらどうしようかと心配していたのだが、なんとか大丈夫なようである。

 ドアノブをひねろうとした瞬間 はっと我に返り、ここは他人の棲家であることを思い出す。しかも所有者は一応女性だ。危うくノックをし忘れたことに気づき、ドアを二回叩いた。

 中で椅子を引く音がする。淡々とした足音が、こちらに近づいて来る。

 頭の中が真っ白になりそうだ。いっそそうなってくれたらどんなにいいだろう。気絶するのはちょっと情けないが、これから繰り広げなければいけない戦いに、始める前から勝ち目はないと確信しているのだ。僕がこれから言おうとしていることは、ただの言いがかりに過ぎないのだし、相手はあまりに得体の知れない人物なのである。

 初めて彼女を見たのは、半年ほど前のことだった。僕は大学の一年生だった。講義が終わり、友人らと連れ立って、「さえねーな」などと言いながら、ぶらぶら歩いていた。すると向こう側から女の子が歩いてきて、突然藪の中へ消えていったのだ。それは僕らのすぐ目の前でのことだった。藪にはもちろん道なんてついていない。ここは大学の敷地内であって、くまさんがのっしのっしと歩いている山の中ではない。

 笹を掻き分ける音がしばらく続き、やがて音は止んだ。

「なんだ、今のは」

「あれ、女だったよな? うちの学生か?」

「年齢から察するに、その可能性は高い。しかし……」

「こんな藪の中で何するんだ?」

「生け贄、でも捧げてたのかな……」

 そのときの彼女の服装は、色あせたジーンズと着古した灰色のパーカーという簡素なものだったが、それ以降、たびたびキャンパス内で目にするようになった彼女は、ロングスカートやポンチョ、その他まるで民族衣装のような服をとっかえひっかえ身につけていた。僕たちはそんな彼女を見るたびに、「今日は正装のようだ」などと噂した。

 また、彼女はいつも首から青い石をぶら下げていた。その装飾品は、益々どこかの先住民のような雰囲気を醸し出しているのだった。藪の中で何をしていたのかは結局わからなかったが、誰ともなくその女を「魔女」と呼ぶようになっていった。

 やがて、友人の一人のリサーチにより、魔女は農学部生で、僕らと同じ学年だということが判明した。彼女は学部内でもいくらか有名人のようだった。

「ああ、あいつだろ。図書館の裏で、毒きのこを摘んでたよ」

「道端で雑草に話しかけているのを見た。嫌いな奴を転ばせるよう、命令していたとの話だ」

「ドクダミを袋にいっぱい詰めてたな。あれで悪魔祓いでもするんだろうな」

 みんな何かと魔女の行動を観察しているようで、話題には事欠かなかった。そうしていつしか僕の中で、彼女が魔女であることは、疑う余地のない事実となっていたのだった。

 ドアノブがガチャリ、と音を立てる。後ずさりする間もなく勢いよく開いた

ドアに突き飛ばされる。僕を見下ろす、不審者でも見るかのような、女の顔。「何をしに来た?」というしわがれ声が聞こえてきそうだ。

「……大丈夫ですか?」

 意外と優しい声だった。そしてかけられたのは、優しい言葉だった。

「はい、なんとか……」

 こんなことではいけない。僕はスマートな交渉係を務めなければならないのだ。気を取り直し、ぱっと起き上がる。

「あの、園芸部部長の有泉さんでしょうか」

「はい」

「僕は教育学部二年の、平林といいます」

「もしかして」

 もしかして? 魔女は、僕が来ることを察知していたのだろうか。さすがだな。机の上を見ると、タロットカードが置いてある。魔女、恐るべし。

「入部希望者ですか?」

 拍子抜けして、十数秒間言葉を失う。

「入って。お茶でも淹れるから」

「いいえ、あの……」

 しかし魔女は、お茶を淹れるべく、薬缶をガスコンロにかけている。そして外に出る。

 何故外に出るのだ? お茶を淹れるのに、何故……?

 魔女は庭に入ると、その辺に生えていた草を摘み始めた。煎じて薬でも作るのだろうか。自白剤? それとも催眠剤? もしくは幻覚剤だったりして? 

 草を摘み終えると、それを水道で洗い、さっと水気を切る。

「これ、慣れていない人にも飲みやすいと思うから」

 お湯を注ぐと、スーッとしたいい香りがあたりに漂った。普通の飲み物のようである。

「おいしいです」

 思わず出てしまった言葉は本心だった。

 いけない、目的を失念するところだった。

「有泉さん」

「はい」

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