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打診


夕食の後、珍しくお父様に執務室に呼ばれた。


「なんでしょうか?」


最近、お父様の機嫌はとても悪い。その原因は主に私だとわかっているので、少し緊張する。

お父様は椅子に座ると眉間にしわを寄せながらため息を吐いた後、口を開いた。


「おまえに縁談が来ている」


「縁談、ですか?」


妾ではなく?

その疑問が伝わったのだろう、お父様は頷いて繰り返した。


「縁談だ。相手は辺境のウェストン伯爵だ」


「伯爵!?」


ガタン!


思わず立ち上がってしまった。


お父様は私の反応を予想していたのか、「座りなさい」と静かに促した。

立っていてもしょうがないので、動揺しながらも大人しく椅子に座り直した。

でもなんで伯爵家なんて上位の家が、あの半月前の王子の婚約破棄以降、傷物として社交界の話題を席巻中の私に縁談を?


呆然としている私に、お父様が淡々と説明する。


「なんでもおまえのその、誰の子どもでもバンバン産みそうな気質を見込んでとのことだそうだ」


訂正。静かにすごく怒ってた。

唇の端が震えているし、手に持ったペンがミシリと音を立てた。


まぁちょっと、縁談を持ち込む際の台詞ではない。


というより、その言い草だと揶揄われている可能性が高い。伯爵家と男爵家という立場なら、それも許されてしまう。


この前、執事達が噂しているのを偶然聞いてしまったところによると、お父様はあの婚約破棄以降、他の貴族の方々に色々当てこすられているらしい。面と向かって、おたくの娘を妾にもらってやろうと言ってくる人もいるんだとか。お父様は一番爵位の低い男爵家なため、言い返すこともできずに愛想笑いで耐えているらしい。

それなりに大事に育ててもらった自覚があるため、それを知って申し訳なくなった。頑張って働いてくれている使用人達も、他家の使用人に嫌味を言われているらしい。


「詳しい話を聞いてみるが、万が一相手が本気なら伯爵家相手では断ることはできないだろう。覚悟しておきなさい」


「はい」


静かに頭を下げて、お父様の執務室から出た。


お父様は、あの一件について私を怒鳴ったりしなかった。

もちろん軽率さは叱られたけど、腹いせに怒鳴ったり、ましてや手を上げるなんてことはなかった。「結婚する気もないのに手を出す男も悪い」そう言って拳を握りしめていた。


もし本気で伯爵、しかも辺境を任されているような家が私を欲しいというのなら、よほどひどい条件がついているに違いない。それでも断れない。これはそういう話なのだ。だから覚悟をしておきなさいと、お父様はそう言ったのだ。



あの王子の婚約破棄騒動の後は散々だった。

未婚なのに体を許すなんて、誰の子を孕むともしれない尻軽だとレッテルを貼られて、王子とはすぐに引き離された。たとえ妾でも生まれた子はすべて王子の子として認めざるを得ないため、托卵の可能性がある女は無理とのことだった。別れの挨拶さえできず、使者から王子からのおざなりな内容の短い手紙を一通渡されただけだった。


そこまで好きってわけではなかった。

ちょっとおだてればなんでも買ってくれるし難しいことは言わないし、このまま望まれるまま適当に身体を許しながら付き合っていれば一生楽に過ごせるんじゃないかなんて思ってた私も私だけれど、ここまで簡単に捨てられるとは思っていなかったからショックだった。


せめて身ごもっていれば、そう思ってももう遅い。未婚で妊娠はさすがにマズいだろうと避妊薬を飲んでいたのが裏目に出た。


婚約破棄から一週間もすれば、私が処女でないことは、国内の貴族中に知れわたっていた。あれだけの人の前でバレてしまっては、当然のことだった。


この国では、未婚の女性が処女でないのは異常なことだ。

それを知ってはいたけれど、王子を逃すのは惜しかったし、私には特に重要なこととも思えなかったので、特別好きというわけではなかったけれど、誘われるままに王子のベッドに入ったのだ。


一度してみて、やっぱり大したことではない、と思った。だからその後も、王子が求める度に身体を任せた。そうすると王子の機嫌がよくなるし、もっと色々な物を買ってもらえたから。

こんなことで何でも手に入るなんて、女は楽でいいなぁ、なんて思ってた。


でも状況は変わってしまった。


今や、夜会に出れば、50、60、果ては80歳くらいのいかにも性欲旺盛そうな顔をした男達から、下品な言葉で誘われた。お気に入りだという道具や薬をこっそり見せてくる人もいた。40代のさえない中年からも冷やかし混じりに声をかけられた。

そのうちの幾人かにエスコートされて来ていた愛人の女性達には、早くも仲間認定されたのか、閨や日頃の愚痴などを聞かされた。

ひどい内容だった。


適齢期の独身男性からは、遠巻きに冷ややかな視線を感じるだけだった。

家には、どんな目にあわされても構いませんという誓約書付きの妾への誘いがいくつも届いた。


まともなお見合いの話は一件も来なかった。


もう、この妾の誘いの山の中からまだマシなのを選ぶしかないのかと絶望していた時に、その話が来たのだった。


子どもさえ産んでくれれば、誰の子でも構わない。君のその尻軽さを見込んで正妻として迎えたい、と。


ケンカを売っているのかと思った。


でも、相手の方が身分が高いため無視もできず、お父様が仕方なく当の伯爵家と何度かやり取りをした結果、どうやら相手は本気らしいとわかった。

何でも当主のウェストン伯爵は男色家な上、小さい頃に高熱を出したせいで種がないと。というか巷の噂では種がないから男に走ったらしいけど。そして伯爵には兄弟も血の近い親戚もいないため、ならばいっそ、尻の軽い女を娶ってその女の産んだ子どもを跡継ぎとして育てたらどうか、ということになったらしい。ちょうどそこへ私の噂が届いて今回の打診につながったのだと。


バカかな?


って思ったけど、相手が本気なら私にとって悪い話ではない、というかこれ以上の条件は望めないだろう。妾のうちの一人として飼い殺しの玩具にされたり行き過ぎたプレイで事故死するより遥かにマシだ。

それにそもそも断れる話ではない。

ということで、私は件の伯爵家に嫁ぐことになった。



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