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スタート

結婚式と披露宴が無事に終わり、まだ日が高いうちにフォレス子爵邸に帰って来た新婚夫婦は、苦虫を噛みつぶしたような顔をしたガルムの出迎えを受けていた。


普段は作業着を着て庭仕事をしているガルムが、いっちょうらを着て屋敷の玄関に立っている。

マイルズは、今まで見たことがないガルムの姿に驚いていた。


「え? ガルムじい、なんでこんなとこにいるんだい?」


「オホン、坊ちゃまお帰りなさいませ。本日は、結婚おめでとうございます。奥様、初めまして。私、外回りの仕事を請け負っておりますガルムと申します。よろしくお願いいたします。……ふん、こう言えとあの女とタバサがうるさいんだ。あ、馬車はそのままで。わしが後で厩にかわしておきますからな」


形式ばった挨拶の辺りは、完璧に棒読みだった。

一体全体、ガルムはどうしてこんなことをしているんだろう?


本人としては、女二人に押し付けられたことを、しぶしぶとではあったが、いたって真面目にやったつもりらしい。


なぜこんなことをしたのか、ガルムにわけを聞いたのだが、どうやらこの子爵家に雇われている人間が、女中のタバサと外回りの仕事をするガルムの二人だけだったことが原因らしい。


ここの子爵邸には執事がいない。


そこで、公爵家から来たルタと通い女中のタバサが喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を戦わした結果、代表してガルムが出迎えることになったようだ。


前途多難……いや、話し合いができたんだから、いいことだよな、うん。

マイルズはそう自らに言い聞かせることにした。


「失礼しました、ミリア様。狭い家ですが、どうぞお入りください。タバサ、いるかい?」


マイルズが家の中に声をかけると、すぐそこに隠れていたとでもいうように、タバサとルタが飛び出してきた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「……ああ、ただいま。おいタバサ、その旦那様っていうのはなんだい? なんか気味が悪いな」


「もう、坊ちゃんったら台無しじゃないですか。公爵家出身の若奥様をお迎えするんですよ。そ・れ・な・りのお迎えをしなければ!」


「な、なるほど」



主人であるマイルズと女中のタバサのやり取りを、後ろにいたルタは冷ややかに見つめていた。


ペンデュラム公爵家のお嬢様が、こんな田舎臭い子爵家にお嫁入りされるなんて……なんてなんて、嘆かわしい。こんな家に大事なお嬢様を嫁がせるなんて、うちの旦那様はいったい何を考えていらっしゃるんだろう。

私がしっかりとお嬢様をお守りしなければ!


どうやらルタの方は、違った意味で決意を新たにしているようだ。


「お嬢……いえ、奥様、お疲れでしょう。ささ、お部屋の用意ができております。お二階ですわ」


「ちょっと、ルタさん。私がまだ挨拶をさせていただいてません」


口を挟んだのは、さっきまでマイルズと話をしていたタバサである。

けれど家の中で振り返ったルタは、主人への言葉遣いもなっていないタバサのことを(さげす)んでいた。


「あぁ、ミリア様、あの人は奥向きの仕事全般をしていらっしゃる家政婦さんだそうですわ」


「なんてこと! 私は女中頭をしておりますタバサです。家政婦ではありません!」


「まあ、一人だけなのに女中()っていうのかしら?」


「なんですってぇええーー!」



「ぷっ、ククククク……」


女二人のバトルに割って入ったのは、涼やかな淑女の笑い声だった。


「二人とも、もうこんな言い合いができるほど仲良くなれたのね。でもねルタ、私たちは今日からフォレス家にお世話になる身よ。昔から仕えていらっしゃる方を一番に考えなくてはいけないわ。タバサさんとおっしゃるの? 私、ミリアと申します。これから、よろしくお願いしますね」


ミリアの聖母のような微笑みに、頭から湯気を出して怒っていたタバサも毒気を抜かれたようだ。


ミリアはルタに向き直った。


「ルタ、タバサさんに謝りなさい」


「お嬢様ぁ~ クッ、申し訳ございません、タバサ様。私が言いすぎましたわ」


「あ、ええ、わかっていただけたら、それでその、よろしいです。私もムキになり過ぎました。奥様、せっかく歓迎の意を示そうとしておりましたのに、お恥ずかしいところをお目にかけてしまいました。あの、これからもよろしくご指導くださいませ」


「わかりました。でもこの子爵家に詳しいのはタバサさんでしょ? 今日は疲れているから、夕食の後は早めに休みたいと思っています。明日にでも、家の中を案内してくださるかしら?」


「はい! 喜んでご案内します」



ミリアの鮮やかな掌握術に、マイルズは口を開けて見ているしかなかった。


すげーな。まだ若いのに堂々たる女主人ぶりだ。

それに我儘娘なんかじゃなさそうだ。高慢ちきでもない。

二人の喧嘩を収めた手際は、公平性のあるものだったし、暗に含めて二人の立場を思い出させるように諭していた。この令嬢、只者ではないな。やっぱりあの公爵閣下の娘ということか。




着ていた外出着を家用のドレスに着替え、食事室に下りて行ったミリアは、早くもテーブルについて新聞を読んでいたマイルズの姿を見て慌てた。


「申し訳ございません、マイルズ様。お待たせしてしまったでしょうか?」


「いえ、私もさきほどこちらに来たばかりですから」


マイルズが立ち上がって、ミリアが座る椅子を引いてくれる。

どうやら給仕がいないので、椅子を引いてエスコートをするために、早く来て待っていてくれたらしい。

ミリアは、申しわけなくて身が縮む思いがした。


これは、私が子爵家のやり方に合わせていくべきね。

旦那様にこんなに気を使わせていたら、いつまでたってもお客さん扱いだ。

私はもうこの人の妻になったのだし、この家の女主人にもなったのだから。


「ありがとうございます、マイルズ様。でも、学園では食堂で自分で椅子を引いて座ります。今後は、側にいらっしゃる時だけでいいですから」


へぇー、やっぱり高慢ちきじゃなさそうだ。

マイルズは自分の見立てが間違っていなかったことを確信した。


「わかりました。じゃあこれからはそうさせてもらいます。んー、そうだな。それじゃあ話し方やお互いの呼び方も変えませんか? 普段、友達やご家族と話しているように喋ってください。呼び方もできれば、マイルズと」


「え、いきなり呼び捨てですか?」


「ええ」


「マ、マイルズ……」


「ふふ、よろしい。私もミリアと呼ばせてもらいますね」


なんだろう。

この人は、急に性格が変わったみたい。

えらく余裕が出てきたように見えるマイルズの様子に、ミリアは戸惑いを感じた。


マイルズはといえば、さっきタバサたちの喧嘩の仲裁をしたミリアを見て安心したというのが大きい。

最初から諦めていたこの結婚生活についても、もしかしたら希望が持てるのかもしれないと思い始めていた。

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